第61話:【帝都】潜入のメロディと要塞軍の壁
北の塔を出発した救済キャラバンは、旧文明の遺産である『海底メガトンネル』へと突入していた。かつての大陸と島国を結んでいたとされるその巨大な鉄の道は、今やマナの奔流に侵食され、奇怪な鍾乳洞のような姿に変貌している。陸路しか持たないアークにとって、荒れ狂う海を越え、帝都のある本島へと辿り着く唯一の『針の穴』だった。
「……暗いし、ジメジメするし、もう最高に最悪な新婚旅行ね……」
一号車のハンドルを握りながら、私は暗闇が続くトンネルの先を睨みつけた。
「贅沢を言わないでくださる、原始人メガネ。この『ユーラシア・ジャンクション』が崩落せずに残っていたこと自体、確率論的な奇跡なんですのよ」
助手席でピッコが毒を吐きながら、リュウガのバイタルをチェックする。
「……ああ。ここを抜ければ、本島の西端、かつてのフクオカだ。そこからは陸路で一気に帝都へ肉薄する」
パッチの痛みに耐えながら、リュウガが地図を指し示す。私たちは暗黒の底を駆け抜け、北の塔から3日。ついに帝都ガレリアの外縁へと辿り着いた。
『マスターの存在維持率、45%で微増中だお(゜∀゜)! でも帝国の監視網も1000%増量中だお! 見つかったら即デリート、結婚生活終了のお知らせだお!』
一号車のラボで、ファーファが空中に真っ赤な警告ログを撒き散らしながら、騒々しく私の周りを飛び回る。
「うるさいわねファーファ! 縁起でもないこと言わないでよッ!」
「原始人メガネ、吠えるエネルギーがあるなら、この演算処理の一つでも肩代わりしてくださらない? リュウガ様のパッチは保って数週間. メインフレームへ辿り着く前に彼が消えたら、貴女を一生『未亡人の原始人』としてアーカイブしてあげますわ」
ピッコが傲慢に言い放ち、コンソールを高速で叩く。彼女は相変わらず現代のシスターズを「欠陥品の妹たち」と呼んで見下していたが、その指先は時折、モニターに映る彼女たちの戦闘ログを見て微かに震えていた。
「全車両、完全沈黙! 1デシベルの排気音、1ケルビンの熱源漏れも許しませんわ! お父様とお母様の愛の逃避行を邪魔するノイズは、わたくしが許しませんわよ!」
十一女オーボエの冷徹かつ熱い指揮のもと、10台の『アーク』は死霊の船団のように音もなく進む。六女ヴィオラが蛇腹剣の感触を楽しみながら、ピッコの提供した旧文明コードを逆相解析し、キャラバンを「背景ノイズ」へと書き換えていた。
「ヴォルフ! 三号車のデフが鳴ってるわよ。油差しなさい! リディア、ドローンの高度が高すぎる。衛星に引っかかりたいの!?」
私が無線で怒鳴ると、後方車両から不機嫌そうな返信が返ってきた。
「へいへい、わかってるよ嬢ちゃん! だがこっちのエンジンの悲鳴は、ピッコとかいう嬢ちゃんが持ち込んだ高密度燃料のせいだぜ。こいつはじゃじゃ馬すぎて、整備士泣かせだ!」
「私のドローンは背景ノイズに同期させてるから大丈夫よ、エリー。……ただ、気になるわね。前方15キロ、帝国軍の熱源反応に『意志』を感じる。……姿の見えない何かが、網を張ってるわ」
リディアの冷静な警告。その正体――帝都中央塔の最上階にいる特務解析官エグゼを、私たちはまだ知らない。ただ、0.0002%の論理的逸脱さえ見逃さない「執念深い悪意」だけが、冷たく私たちを追っていた。
帝都への入り口、第零関門。
七女クララが鉄扇をパサリと閉じ、偽造された書類をゲートにかざす. だが、不可視の監視網は、その完璧な偽造の裏側にある「わずかな空気の乱れ」を解析し始めていた。
「ハープ、ルーテ、今よッ!」
車外に潜んでいた九女ハープが超音波で監視兵の脳波をジャックし、四女ルーテが影から影へ跳躍し、光学レンズの死角を突いて監視カメラを物理的に焼き切る. その緊張感の中、無線にボーンの怒鳴り声が飛び込んできた。
『ヒャッハー! 監視の薄い廃村ルート発見だお! 母様、みんな、お宝の山も見えてるのぉおお!』
「ボーン! 今は強奪作戦じゃないって言ってるでしょ! 静かにしなさいよ!」
叫んだ直後、世界が悲鳴を上げた。空に巨大な立方体の亀裂が走り、地面が剥離するように消滅し始める。
「……次元震!? こんな時にッ!」
二号車が奈落へ滑り落ちそうになる。
「……っ!」
八女テューバが音もなく車外へ飛び出した。彼女は一言も発さず、落下しかけた数トンの車両をその華奢な腕で掴み、強引に繋ぎ止める。地面を蹴る脚がアスファルトを粉砕する。
「ヴォルフ、二号車の牽引フックを射出! 補強して!」
「応よ! 壊すなよ、テューバ!」
ヴォルフが放ったワイヤーが車体と地面を繋ぎ、十女ボーンが高熱の突撃槍を地面に突き立て、ブースターを全開にする。その猛烈な推進力とテューバの怪力が、二号車を力ずくで奈落から押し戻した。
「(……うんうん)」
無事に車体を戻したテューバが、静かに頷く。ピッコがその光景をモニター越しに注視し、驚愕の声を漏らした。
「……信じられませんわ。Admin権限による法則の書き換えではありませんのに……純粋な物理出力が、私の知るどの自律型戦闘兵器よりも300%以上高いですわ。この欠陥品共、論理を超えたデタラメな出力を出しおって……」
「ふふ、ふふふ……! 見た、ピッコ!? これが私のシスターズよ! あんたの旧文明の知識じゃ一生かかっても作れない『愛のハンダ付け』の結晶なんだから! どーお、参った!?」
私が鼻を高くして詰め寄ったその時、後ろから柔らかい手が私の両頬を挟み込んだ。
「……母様。ピッコさんはお客様ですよ。そんなに図に乗って、原始人みたいに吠えてはいけません。……ね?」
二女オルガが、聖母のような微笑みを浮かべたまま、私の頬を「みちっ」と握りつぶす。
「ふ、ふがっ……! オ、オルガ、手が痛いわよぉ!」
「お静かに。……ピッコさんも呆れていますよ。いいですね?」
「……はい、すみませんでした……」
オルガの底知れないオーラに屈し、私はシュンと項垂れた。
その直後だった。
「……ッ!? ハープ、散れッ!」
オーボエの叫びと同時に、キャラバンの周囲360度を囲む闇が、情報の死角から一気に実体化した。
「ウソ……。アサシンの私が、背後を取られた……!?」
九女ハープが両手に装備した鋭い「かぎ爪」を構え、驚愕に目を見開く。
「わたくしとしたことが……接近されるまで、解析に引っかからないなんて……!?」
六女ヴィオラも蛇腹剣を握りしめ、顔色を失った。
いつの間にか、アークを取り囲んでいたのは数十体もの単眼の影。情報の隙間を縫うようにして現れた彼らは、もはや完璧な包囲網を完成させていた。帝都特務電脳猟兵――コード・ハンター。
「排除対象……12。……デリート、開始」
一切の抑揚を欠いた合成音声が、不気味な合唱となって重なる。
「全機、機動防衛陣形! お父様とお母様を死守なさいまし!」
十一女オーボエの号令一下、キャラバンの外周にシスターズが一斉に展開した。
まず動いたのは長女チェロだ。車両に固定された多連装ガトリング砲が火を噴き、猛烈な弾幕で接近するコード・ハンターを足止めする。
「おーっほっほっほ! 泥棒猫のように這いずる単眼共、わたくしの蛇腹剣で躾けて差し上げますわ!」
「三馬鹿、行くおッ!」
ガトリングの制圧射撃の隙を突き、十女ボーン、三女コルネ、五女ユーフィの「三馬鹿」トリオが突撃を開始した。
ボーンの熱槍が敵を貫き、コルネの炎が焼き、ユーフィの長刀が残骸を両断する。さらにその混沌を切り裂くように、四女ルーテが双剣を抜き放ち、目にも止まらぬ速さで敵の首架を次々と撥ね飛ばした。
「……(……しゅんしゅん)」
ルーテが双剣を鞘に納める間もなく、七女クララが静かに歩を進めた。彼女が手にした鉄扇を鋭く翻すと、目に見えぬ真空の刃が敵を切り裂く。さらに彼女が扇を大きく仰げば、猛烈な突風が巻き起こり、敵の陣形を瓦解させた。
「……(……ふぅ)」
クララは鉄扇で口元を隠し、冷徹な瞳で残骸を見つめる。
「……何ですの、あの扇。あんな非効率な形状で、大気の流体制御を完璧に行うなんて……。原始人メガネ、貴女、一体何をハンダ付けしたの――」
「ハンダ付けっていうか、ただの意地と偏執狂の産物よ。……あんまり褒めるとこの原始人、すぐ鼻の下伸ばすから無視しなさい、ピッコ」
リディアが通信越しに、バッサリと冷たいツッコミを投げ込んできた。
「リ、リディアぁ! あんなに一緒に修羅場を越えたのに、ちょっとは優しくなってくれたと思ったのにぃぃ!」
「優しさと事事実は別物よ。あんたの弛んだ鼻の下を引き締めてあげるのが、副官としての私の『最大級の慈悲』だと思っておきなさい。さっさと前見て運転して、この原始人」
「ひどぉぉいっ!」
ラボのピッコは、通信機越しの罵り合いに心底呆れたように肩をすくめた。そして、隣で苦痛を堪えるリュウガの仮想アームに触れ、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「……リュウガ様、よくこんな支離密烈な集団を率いておられますわね。……ふん、まあ、論理的には説明のつかない『退屈しないデータ』ではありますけれど」
ピッコの金色の瞳が、ほんの一瞬だけ柔らかい光を帯びた。
やがて夜が明け、霧の向こう側に、天を突く白亜の巨塔と、コンクリートに侵食された緑の迷宮が見えてきた。
「……帝都ガレリア。ついに来たのね」
かつて「シブヤ」や「シンジュク」と呼ばれた場所の成れの果て。ビル群の骸が墓標のように並ぶその外縁部、捨てられた人々が住まう地下スラムへと、アークは騒々しい家族の喧嘩を乗せたまま、深く潜り込んでいった。
「……生き残るわよ、リュウガ。あんたを『デッド・コピー』になんて、絶対にさせないんだから!」
ぜひご感想をお寄せください。
また評価とブックマークもしていただけると嬉しいです!!




