第60話:【延命】アダム・パッチ、そして旅立ち
診療フロアの白銀の光が、リュウガの全身を包み込んでいた。
ピッコが空中に展開した複雑なコード群が、流星のようにリュウガの胸元へと吸い込まれていく。
「緊急事態につき、システム・プロトコル『アダム・パッチ』を適用しますわ。……いいですわね、原始人メガネ。これは貴女の流した『不合理な情熱』を、論理の核として固定する禁忌の術式ですのよ」
『警告だお! ピッコ姉の演算回路が熱暴走寸前だお! このままだとピッコ姉の頭までショートするお!』
「うるさいわねファーファ! ……理屈はいいわ、ピッコ! あんたの優秀な頭脳がショートする前に、私が物理的に冷却液をぶっかけて冷やしてやるから、絶対にリュウガを繋ぎ止めなさい!」
ピッコの指先が最後の一行を確定させた瞬間、リュウガの肉体が眩い燐光を放った。消失していた右脚の境界線が強固な実体を取り戻し、失われた右腕の場所には、黒いノイズと光が編み上げられた仮想アームが形作られていく。
「……ふぅ。演算終了。存在維持率、99.9%まで強制復帰しましたわ」
ピッコが肩の力を抜くと同時に、リュウガがゆっくりと上体を起こした。その瞳には、今まで以上に深く、澄んだディープブルーの光が宿っている。
「エリー……。もう、大丈夫だ」
リュウガは私の顔を見ると、仮想の右腕で私を強く、壊れそうなほど抱きしめた。
「リュウガぁ……ッ! 本当によかった、本当に……!」
「喜びなさい、原始人メガネ。……ですが、いいですわね?」
ピッコが改めて、診療コンソールを指で弾きながら冷徹な声を被せてくる。
「さっき精神世界でも言いましたけれど、大切だからもう一度言いますわ。これはあくまで一時的な延命措置。……数週間もすれば、パッチは剥がれ、彼は再び崩壊を始めますわ。本当の修復は、帝都ガレリアの地下深くに眠る『メインフレーム』へ接続し、因果律そのものを書き換えるしかありませんわね」
「数週間……。十分よ。その間に帝都をブチ抜いて、あんたを完全に直してあげるんだから」
その時、塔を激しい震動が襲った。
ハインリッヒの飛行艇部隊が、要塞の残存兵力と共に、執念の総攻撃を仕掛けてきたのだ。
「しつこいですわね……。外の失敗作共だけでは、少々荷が重いようですわ」
「いや、ピッコ。……もういい。俺が行く」
リュウガが静かに立ち上がり、診療フロアのバルコニーへと歩を進めた。外では、セフィラが火花を散らし、ボーンやコルネたちが必死の抵抗を続けている。十隻の飛行艇が、塔を物理的に引き倒そうと次元貫通弾をチャージしていた。
「管理者(Admin)権限、部分的再取得。……領域内の重力定数、変更」
リュウガが仮想の右手を空へ向けて、指をパチンと鳴らした。その瞬間、世界から音が消えた。
ズゥゥゥゥゥンッ!!
ハインリッヒの飛行艇部隊、そしてアイアン・ウォールの残骸に陣取っていた帝国の地上部隊が、まるで見えない神の足に踏みつけられたかのように、一斉に地面へと叩きつけられた。重力100倍。物理法則を武器に変えた、神の如き蹂躙。
「な、何だ……今の光は!? 物理法則が……世界が壊れる!」
墜落し、ひしゃげた旗艦の中でハインリッヒが絶叫する。逃げ惑う兵士たちは、塔の頂上で光り輝くリュウガと、その傍らに立つピッコの姿を見て、武器を捨てて地面に平伏した。
「おお……論理の神よ……。あそこに立つのは、失われたはずの聖なる巫女様だ……!」
物理を信仰する彼らにとって、旧文明のクリーンウェアを纏ったピッコは、神話に語られる『巫女』そのものに見えたのだ。
『マスター復活だお(゜∀゜)! 最強のAdmin無双で帝国軍は戦意喪失だお! 今なら補給物資を接収し放題だお!』
ファーファが歓喜のログを撒き散らし、地上ではボーンが槍を掲げて叫び、リディアとヴォルフもモニター越しに快哉を叫んでいた。
「これより、帝都へ向かう。俺自身の意志で、この世界を……デリートしにな」
出発の準備が始まった。生き残った帝国軍の兵士たちは、リュウガの圧倒的な力とピッコへの信仰心から、震えながら自分たちの補給物資を差し出してきた。
「お父様ぁ! 一号車の在庫、これでもかってくらい補充しましたですぅ!」
長女チェロが接収した物資をテキパキと仕分け、四女ルーテが車内の「無菌状態」を維持すべく、床を磨き上げている。
「……汚物は、許さない。……帝都まで、清浄を保ちます」
そこへ、ピッコが堂々とアークの一号車に乗り込んできた。
「ちょっと原始人メガネ、私の部屋はどこかしら? 当然、貴女たちの『お姉様』として、最上級の設備を用意してくださるんでしょうね?」
「お、お姉様ぁ!? あんた、一番最後に起きたんだから、十三女でしょ!」
「失礼な。私はメンテナンス・ユニットですわ。貴女たちのナノマシン構成の雛形になった存在ですのよ。敬いなさいな、未熟な失敗作たち」
「失敗作って言いましたわね!? わたくしの芸術的な狙撃を失敗作と呼ぶなんて、万死に値しますわ!」
六女ヴィオラが蛇腹剣を鋭くしならせて抗議し、その傍らで七女クララが扇子を広げてパサリと仰ぎながら無言で同調する。アークの中はかつてないほどに騒がしくなった。
カイル隊長が地図を広げ、リュウガが座標を指し示す。
「……帝都ガレリアは、ここから西へ。海の途上にある」
「海の途上……。あそこは、かつての島国『ニッポン』の中心地、トウキョウと呼ばれた場所の成れの果てだ」
リュウガの言葉に、私は息を呑んだ。アリスの記憶の断片、鉄と蒸気に覆われたかつての巨大都市。
救済キャラバンは、新しい「家族」の喧嘩を乗せて、失われた文明の心臓部――帝都ガレリアへとその機首を向け、雪原を蹴り立てて走り出した。
ぜひご感想をお寄せください。
また評価とブックマークもしていただけると嬉しいです!!




