第52話:【予兆】シスターズの夢、ガレリアの鋼鉄
新しく建設されたアルテミシア工房のテラスから眺める王都は、数ヶ月前には想像もできなかったほど活気に満ちていた。
かつての魔法による自動化は失われつつあるが、代わりに人々は自分たちの手で瓦礫を片付け、新しい家を建て、不自由さを楽しむかのように笑い合っている。Admin権限という「絶対的な正解」を失った世界は、泥臭く、けれど人間らしい試行錯誤の熱量を取り戻していた。
そして、その中心で最も「不自由」を楽しんでいるのは、私の愛する娘たちだった。
「はい、こちらアステリア・ボーン・ラジオ! 今日も元気に地獄の果てまで、あーしの『てぇてぇ』ログを届けるお! 最初のコーナーは……『復興現場で見つけたイケメン騎士様特集』だお!!」
街頭のスピーカーから、十女ボーンの弾けた声が聞こえてくる。彼女は復興の記録係という名目で、王都初の「ラジオDJ」としての地位を確立していた。彼女の爆音スピーカーは、今や人々を鼓舞するための希望の象徴となっていた。
一方で、大通りでは十一女オーボエが、新生アステリアの警察機構の顧問として、鋭い眼光を光らせて警備の配置を指示している。
「……第3区画の警備が甘いです。死角を埋めなさい。……安全はAdminから与えられるものではなく、自分たちの手で守るものです。規律なき自由は、ただのバグに過ぎませんわ」
彼女たちの行動は、もはや私が設定した「疑似人格」の範疇を大きく超えていた。
自分のやりたいことを見つけ、自分の言葉で話し、人々と関わっていく。それは、プログラムが導き出した最適解ではなく、彼女たちの内側から溢れ出した、紛れもない「意思」だった。
「……みんな、本当に大きくなって」
私は独り、工房の窓辺で鼻をすすった。
ただのジャンクから作り上げた人形たちが、魂を持って街を歩いている。技術者として、および「母」として、これ以上の報酬はない。
「……泣いているのか、エリー」
いつの間にか背後に立っていたリュウガが、優しく私の肩を抱いた。
生身の身体に馴染んだ彼の足音は、以前よりもずっと重みがあり、温かい。
「泣いてないわよ! ……ただ、ちょっとだけ。……あの子たちが、あんなに楽しそうにしてるのを見てたら、ね」
「……俺には、作れなかった。2000年の間、俺が見てきたのは完璧なデータだけだった。……だが、君が彼女たちに与えたのは、データじゃない。『愛』という名の不条理なバグだ。……そのバグが、彼女たちに魂を宿らせたんだな」
リュウガは窓の外、医療班として聖騎士たちのリハビリを献身的に手伝う次女オルガと九女ハープ、および彼女たちの横で一生懸命メモを取る末っ子セフィラの姿を見つめた。
「エリー。君は本当に、最高の創造主だ。……および、最高の女性だよ。改めて……君に惚れ直した」
「な、何言ってるのよ、急に……!」
不意打ちの告白に、私の顔は一気に沸騰した。
彼はそのまま、私の手を引いて自分の胸元へと引き寄せた。
「これからは管理者としてではなく、一人の男として、君とこの子たちの未来を守っていく。……約束するよ」
「……リュック。……うん、私も――」
いい雰囲気になりかけたその時。
「「「「お父様ぁぁぁ!!!」」」」
突如として、工房の扉が吹き飛ぶ勢いで開いた。
外仕事を終えたシスターズたちが、汗(冷却液)を流しながら雪崩れ込んできたのだ。
「お父様! 今日の警備報告を聞いてください!」
「父様、三馬鹿特製の焼きそば、食べてほしいの!」
「パパ! ……あ、間違えました。お父様、抱っこしてください!」
「……却下です。セフィラ、それは私の役割です」
どこからともなく現れた四女ルーテが、音もなくセフィラの後ろ襟を掴んで引き剥がした。無表情ながらも、その瞳には強い独占欲がうかがえた。
セフィラまでもが全力でリュウガの腰にしがみつき、それをルーテが阻止しようとする泥沼の様相。リュウガは幸せそうな、しかし困り果てたような顔で「お、おい……一人ずつだ」と押し潰されている。
「……ちょっとあんたたち!! 今は夫婦の……大事な時間だったのよ! 離れなさい! その男は私のお父様……じゃなかった、私の夫なのよ!!」
「母様。……厳密な事実確認ですが、お二人はまだ『結婚式』を挙げておられませんわ。法的にはまだ、ただの同居人に過ぎません」
長女チェロが眼鏡のブリッジを押し上げながら、無慈悲な正論を突きつける。
「そうだお! 指輪もドレスもまだだよ! 母様、勝手に奥様気取りは早すぎるよー!!」
ボーンの追い打ちに、私の顔はさらに真っ赤に染まった。
「なっ……! そ、それはこれからよ! いまは復興で忙しいから後回しにしてるだけなんだから!!」
私が頬を膨らませて割って入る。いつもの、最高に騒がしいアルテミシア家の漫才。
魔法が衰退し、自分たちの足で歩み始めたこの世界は、不自由だけれど、こんなにも愛おしい幸せに満ちていた。
――だが。
ボーンが流していたご機嫌なラジオ音楽が、突如として耳を劈くような激しいノイズに上書きされた。
『……アステリアの民よ、聞くがいい。我らはガレリア帝国。科学を尊び、物理を極めし真の支配者である』
冷徹な声が、王都中のスピーカーをジャックした。
工房のモニターが勝手に起動し、そこに映し出されたのは、若き皇帝ガレリアの不敵な笑みだった。
『2000年前の遺物、Adminの生き残りである「リュウガ・アスカ」……。並びにその不滅の技術を独占する「エリアーナ・アルテミシア」。……貴様らを速やかに帝国へ引き渡せ。さもなくば――』
皇帝が指を鳴らす。
直後、王都の地平線の彼方から、重低音が空気を震わせた。
マナを一切感知させない、純粋な内燃機関の排気音。それはAdmin権限の干渉さえ受け付けない、物理的なエネルギーの塊。黒煙を上げて空を覆い尽くす、巨大な鋼鉄の空中艦隊。
それらは、アステリアの魔法障壁など通用しないことを証明するかのように、無骨な主砲の銃口を王都へと向けた。
『……旧時代の魔法など、我ら帝国の物理兵器(鉄)の前には無力。猶予は一時間だ。……アステリアを火の海にされたくなければ、賢明な判断を期待するぞ』
通信が切れる。
静まり返る工房の中で、リュウガの瞳が、かつての管理者の鋭さを取り戻した。
「……魔法の時代の終わりを告げる、本当の『物理』が来たか」
窓の外を見れば、雲を裂いて現れた巨大な飛行戦艦から、無数の「鋼鉄の怪獣」――魔導回路を一切持たない純粋なエンジン駆動の重装甲兵器が、パラシュートなしで王都へと自由落下を開始していた。
「……ふん。上等じゃない。……リュック、娘たち。……私たちの『意思』が、あんな無骨な鉄屑に負けるわけないってことを、教えてやりましょう!」
私は震える拳を握りしめ、かつてのジャンク屋としての意地を、その瞳に宿らせた。
新生アステリア。最初にして最大の危機が、鋼の嵐と共に訪れようとしていた。
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