第53話:【誓音】鋼のウェディング、北への旅立ち
地平線を埋め尽くす黒煙と、空気を震わせる巨大な内燃機関の重低音。
ガレリア帝国が突きつけた一時間の猶予は、王都アステリアにとって、2000年の安眠を強制的に叩き起こす無慈悲な目覚まし時計だった。
新設されたアルテミシア工房のテラスで、リュウガは遠くの鋼鉄艦隊を静かに見つめていた。その瞳はAdminの青い光を失っていたが、一人の男としての、深い決意の光が宿っていた。
「……エリー。君に話しておかなければならないことがある」
リュウガが静かに口を開いた。迫りくる帝国の足音を背景に、彼は2000年前に封じられた自身の「名」の由来を語り始めた。
「アリスたちが俺を作ったのは、システムの維持のためだけじゃない。……かつてこの世界が滅びかけた時、彼女たちは未来に絶望した。それでも、いつか『愛』を知る誰かが、この凍りついたシステムを解かしてくれることを祈ったんだ」
リュウガ・アスカ。それは、アステリアの守護者である「リュウガ」という称号と、アリスの最愛の弟の名である「アスカ」を繋ぎ合わせたもの。世界を守る盾でありながら、一人の人間として愛されることを願った、アリスの重すぎる「祈り」という名の呪いだった。
「俺は自由を知らず、ただの管理プログラムとして生きてきた。……だが、君に拾われ、この子たちに『お父様』と呼ばれ……。今、初めて俺は自分の意志で、アリスの祈りを超えたいと思っている」
「……バカね」
私は、リュウガの言葉を遮るように、彼の胸ぐらをつかんで自分の方へ引き寄せた。
「アリスだか何だか知らないけど、そんな昔の人がかけた呪いなんて、私が何倍もの愛で上書きしてやるわよ! 貴方はもう、誰かの祈りの道具じゃない。私の第一助手で、この子たちの不器用なお父様で……。そして、私の、たった一人の大切な人なんだから!」
私は、戸惑う彼の顔を両手で包み込み、そのまま額を力強く押し付けた。
「論理で語らないで。……私の心で、あんたを再定義してあげる。……いいわね?」
「……ふ。君には、一生勝てそうにないな。……ああ、よろしく頼むよ、エリー」
リュウガが穏やかに微笑み、私の腰を引き寄せようとしたその時――。
「「「「「お父様ぁー! お母様ぁー! てぇてぇが限界突破だよぉーーー!!」」」」」
工房のカーテンの隙間から、12人の娘たちが鈴なりになってこちらを覗き込んでいた。十女ボーンがちゃっかり録音機を回し、四女ルーテと末娘セフィラがリュウガの左右の裾を既にキープしている。
「あんたたち! 雰囲気台無しじゃないのよ!!」
私が怒鳴り声を上げた瞬間、外の世界が「物理的な衝撃」によって崩壊した。
ドォォォォォォン!!
地響きと共に、王都の外郭城壁の一部が派手に砕け散る。ガレリア帝国の巨大移動要塞『ガルム』による、宣戦布告代わりの主砲射撃だ。
「……始まったか。魔法を否定する、物理の暴力が」
リュウガが鋭い視線を向けた、その時だった。
「――何を弱気なことを言っているの、管理者様?」
凛とした声と共にテラスに現れたのは、セーラだった。彼女の傍らには旅装を整えたカイル、そして――その後ろに控える重厚な影に、私は息を呑んだ。
「……アルフレッド!?」
そこにいたのは、エリーが心血を注いで修復した新素体、魔導オートマタの肉体を得て復活した聖騎士アルフレッドと、七人の騎士たちだった。彼らの鎧にはかつての教団の紋章はなく、代わりにアステリアの自由を象徴する新たな紋章が刻まれている。
「エリアーナ殿。そしてAdmin……リュウガ様。かつては傀儡として剣を向けた不忠、お許しいただきたい。……今この時より、我ら八人は貴女が与えてくれたこの『鋼の命』を懸け、王都の盾となります」
アルフレッドが重厚な金属音を響かせて跪く。その瞳には、プログラムではない、自らの意志による強い忠誠が宿っていた。
私は、これが彼等の本当の姿であると思った。本来の聖騎士は、こういうものなのだ!
「エリー、リュウガ様。帝国は本気よ。でも、私たちも座して死を待つほど愚かじゃないわ」
「そうね、セーラ。私たちもここに残って戦うわ!」
「いいえ、エリー。あなたたちは、ここから別動隊として動いてほしいの」
「別動隊? どういうこと?」
セーラの目線が厳しくなる。私は、ただならぬ迫力に圧倒された。
「これは帝国との戦いを左右するかもしれないわ。まずは、帝国の包囲網を抜けて、北の地を目指しなさい」
「北の地?」
「リュウガが地下でアリスの記憶から読み取ったらしいのよ。そこに私たちに必要なものが眠っている、と」
「……具体性がないわね。でも、この状況打破のために、行くしかなさそうね……。」
「ええ、カイルを中心に、信頼できる配下とオートマタの精鋭を揃えたわ。この10台のキャラバンが、貴女たちのエクソダスを全力でサポートする」
セーラが指し示した広場には、圧倒的な威容を誇る鋼鉄の船団が、重低音を響かせながら待機していた。
1号車から3号車は、長旅を支える快適な居住トレーラー。
4号車と5号車は、生命線となる巨大な水輸送タンク。
6号車から8号車は、食料と資材を積載したハーフトラック群。
そして、9号車には私たちの拠点となる『Labメイン』、10号車にはバックアップの『Lab2』が、最新の魔導工作機械を載せて鎮座している。
さらに、それらを先導するのはリュウガが指揮を執るための戦闘バギー。そして、12人の娘たちとセフィラが自由自在に戦場を駆けるための、特製バイクが複数台、鈍い銀光を放っていた。
「……セーラ、これだけの陣容を……」
「これだけじゃないわ。ヴォルフとリディア。貴方たちも、エリーをお願いね」
セーラの言葉に、工房の影から二人の人影が進み出た。
「応よ! セフィラ嬢ちゃんのメンテナンスは俺のライフワークだからな。どこまでだってお供するぜ!」
ヴォルフが黄金のスパナを肩に担ぎ、鼻息荒く宣言する。
「そうね、私も同行させてもらうべきだわ。ドローン部隊の指揮はもう優秀な後輩たちに引き継いできたし、私の頭脳がなければ貴方たち、北の地の高度な封印なんて解けないでしょうから。……べ、別に、この大男の身の回りが心配とか、そういうわけじゃないからね!」
リディアがツンとそっぽを向く。そんな彼女を、ヴォルフが「ははっ、心強いぜ!」と豪快に笑い飛ばした。
「セーラ、でも、本当に大丈夫なの? 私たちがいなくて、王都はどうなるの……!?」
「安心なさい。復活したアステリアの守護騎士団とリディアの育てたドローン網、そして私の全軍が前面で帝国を食い止めるわ。……貴女たちが動くことで、帝国の戦力を分散させ、同時にこの国の未来を繋ぐの」
セーラは私の手を強く握り、親友としての断固とした瞳で見つめた。
「必ず戻ってきなさい。……そのためにも、一つだけやり残したことがあるでしょ? あんたたちの結婚式、今ここで見届けさせなさい!」
「ええっ!? 今から!?」
「当然よ! 絶望に震える市民たちに、最高に縁起のいい光景を見せなさい! 12人の娘たちの、お母様とお父様になるんでしょう!?」
セーラの号令が飛んだ瞬間、セフィラを含むシスターズ12人の空気が一変した。
「各員、ウェディング・プロトコル、フェーズ1始動!」
長女チェロの指示が飛ぶ。
驚異的な手際だった。
二女オルガが慈愛の微笑みを浮かべながら、私の髪とメイクを秒速で整えていく。長女チェロはどこに隠し持っていたのか、純白のドレスを瞬時に私に着せつけ、四女ルーテと九女ハープが音もなく移動して、瓦礫の広場に真白な絨毯と花々に彩られた祭壇を「設置」ではなく「出現」させた。
「( ゜∀゜)ヒョウ! BGMはあたしに任せて! 全王都のスピーカーに幸福の旋律を強制出力だお!!」
十女ボーンが奏でる祝福の音楽。三馬鹿のコルネとユーフィは「火力の無駄遣い」とばかりに、空へ七色の魔導花火を次々と打ち上げる。
末っ子セフィラは、Adminの演算能力をフル回転させ、全方位の「シャッターチャンス」を計算。
「……お父様、お母様。一番美しく映る仰角は15.4度です。静止してください」
クララの指導のもと、彼女は淡々と、しかしどこか嬉しそうに「家族の歴史」を記録し始めた。
数分前まで戦場だった瓦礫の山。そこは今、王都最強の守護者たちと、愛する12人の娘たちによる、世界で最も騒がしく温かい結婚式場へと変貌していた。
「……エリアーナ。俺は今まで、世界を守ることだけが自分の存在理由だと思っていた。……だが、今は違う。君の夫として、この家族を守るために俺の命はある。……生涯、君の助手として隣にいてもいいか?」
Adminの権限を捨てた、一人の男としてのプロポーズ。
私は涙で視界を滲ませながら、力強く頷いた。
「……当たり前じゃない。……死ぬまで、オーバークロックで愛してあげるわよ!」
市民たちの地鳴りのような歓声と、カイルたちが鳴らす10台のキャラバンの、魂を震わせるような重厚な警笛。
そしてシスターズたちの「てぇてぇ」コールが響く中、私たちは誓いのキスを交わした。
「よし! 夫婦の契りは完了よ! 全車、エンジン始動! 新婚旅行の始まりよ!!」
エリーの号令と共に、バギーを先頭にしたキャラバン隊が黒煙を上げて加速を開始する。シスターズたちはそれぞれ自慢のバイクに跨り、風を切って艦隊を護衛するように走り出した。
それと同時に、アルフレッドが咆哮を上げた。
「聖騎士団、前進! 敵は鋼鉄の軍勢! 我らが王都の壁となり、希望の旅路を守り抜くぞ!!」
銀色の重装甲を纏った聖騎士たちを中心にした人間の兵士たち5万人、さらに10万体以上のオートマタたちが地響きを立てて前線へと走り出す。上空ではリディアの後輩たちが操る無数のドローンが展開し、魔法と意思が融合した王都の防衛線が構築されていく。
「必ず戻ってくるわ! セーラ、みんな!」
世界の最北、真実の眠る地へ。
背中を最強の騎士たちに預け、最強のプロフェッショナルたちを乗せて、救済キャラバンは新たな嵐の中へと突き進んでいった。
――第2章 完
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