第51話:【共生】不器用な二人の休日、黄金のスパナ
復興の槌音が心地よいリズムとなって響く王都アステリア。
瓦礫の撤去が一段落し、大通りには仮設ながらもカフェや商店が並び始め、人々に笑顔が戻りつつあった。Admin権限による事象の強制書き換えが消えた都では、今や人々が自らの手で重機を操り、物理的な労働によって明日を構築している。それは非効率かもしれないが、生命としての確かな熱量を帯びていた。
そんな街の片隅にある、テラス席が自慢のカフェ『アステリアの休息』。
午後の柔らかな光の中で、リディア・スカーレットは優雅にカップを傾けていた。その膝の上には、最新の魔導演算デバイスが広げられている。
「……あら。油臭いと思ったら、やっぱり貴方ね」
リディアが顔を上げずにつぶやくと、背後で立ち止まった大男――ヴォルフが、決まり悪そうに後頭部を掻いた。
「……鼻が利くねぇ、お嬢様。これでも一応、一番綺麗な作業着を選んできたんだがよ」
「ふん、貴方の染み付いた『鉄と油の匂い』は、洗濯機を百回回しても落ちないわよ。……で、何? 公爵家への陳情なら、セーラを通しなさいな」
リディアの相変わらずの毒舌に、ヴォルフは苦笑いしながら向かいの席に腰を下ろした。そして、分厚い懐から布に包まれた「何か」を取り出し、テーブルの上に置いた。
「陳情じゃねぇよ。……これ、受け取ってくれ」
包みの中から現れたのは、鈍い黄金色に輝く、見たこともない形状のスパナだった。表面には極小の物理刻印が彫り込まれ、柄の部分にはリディアのドローン技術と同期するための、微細な端子が埋め込まれている。
「……これは?」
「セフィラを救ってくれた、俺なりの礼だ。物理工学の『心臓』――俺が持てる全ての技術を注ぎ込んで作った、黄金の通信スパナだ。そいつを使えば、俺の工場の重機とあんたのドローンを、論理回路を通さず物理的に直結できる。……持っていろ。あんたに預けておきたいんだ」
ヴォルフの真っ直ぐな、しかし不器用極まりない言葉に、リディアは一瞬だけ目を見開いた。魔法工学の権威に、泥臭い物理工学の結晶を渡す。それは、互いの「聖域」を認め合うという、技術者にとって最大の敬意の証だった。
「……馬鹿ね。こんな重いもの、私の華奢な指には似合わないわ」
リディアは呆れたように言いながらも、そのスパナを愛おしそうに指でなぞった。その指先が黄金の金属面に触れるたび、彼女のデバイスがヴォルフの設計した「物理的な鼓動(共振)」を検知し、淡い光を放つ。
「でも……貴方のその油臭さ。……嫌いじゃないわ。新しい都市設計の計算、手伝ってあげてもいいわよ?」
「へっ、そうか! 助かるぜ、リディア! これからもよろしくな!」
二人はそのまま、コーヒーが冷めるのも忘れて、新しいアステリアの展望について熱く語り合い始めた。
――だが、その「歴史的な融和」の瞬間を、半径50メートル以内に展開した「最強の家族」が逃すはずもなかった。
『各員、状況を報告。……ターゲット:リディア様の瞳孔が0.5ミリ開きました。これは好意のバグ……いえ、規律ある愛の予兆です。一瞬の隙も許しませんわ』
近隣の時計塔から、十一女オーボエが軍用望遠鏡を構えて冷徹に指揮を執っていた。彼女にとって、この観察は「王都復興における士気高揚のための重要任務」という位置づけであり、その瞳には一点の曇りもない。
『こちらポイント・フロント。……母様の設計思想に基づく「不合理な接触」を予測。……物理的距離、あと15センチ。チェロ、これより突発的な「てぇてぇ」に備え、周囲の重力変動を抑制します!』
なんと長女チェロが、カフェのすぐ隣の席で新聞を読み上げるフリをしながら、ガチガチの真面目顔で「二人の空間を保護する重力障壁」を微細にコントロールしていた。真面目すぎるがゆえに、この恋愛イベントを「完遂すべきプロジェクト」として全力でバックアップしているのだ。
『……(じぃぃぃっ)』
二人の背後、3メートルの植え込みには、四女ルーテが光学迷彩を解いて完全に野生の眼差しで潜伏していた。以前よりも格段に積極性を増した彼女は、ヴォルフの心拍センサーを物理的にハッキングし、その数値をリアルタイムでMNWへ垂れ流している。
『……ヴォルフ、BPM 140突破。……リディア様、顔面温度上昇。……これ、母様の妄想データより、熱い。……記録、継続。』
『あらあら、二人とも良い雰囲気ですわね。リディア様、あそこで「ツン」ではなく「デレ」を3%上乗せすれば、ヴォルフ様の心臓は物理的に停止しますのに。……後で私の「愛のカウンセリング」を予約リストに入れておきますわね(微笑)』
次女オルガは離れた屋台で市民と談笑しながらも、通信機越しに熟練の未亡人のような余裕たっぷりのアドバイス(茶化し)を送っていた。
「(はふっ、はふっ……!)」
そして、最も深刻(?)な被害を受けていたのは八女テューバだった。
彼女は物陰で顔を真っ赤にし、耳から蒸気が出るのではないかというほどオーバーヒートしながら、軍事用の超高精度4Kカメラをプルプルと震える手で回し続けていた。
『不……不浄ですわ! 白昼堂々、あんな……スパナを交換し合うなんて……ハレンチですわ!! ……でも、リディア様のあの照れた口角の角度、82点! ……ズーム、固定……! 記録、完了……ですわ……っ!!(鼻血)』
羞恥心で死にかけながらも、記録係としての責務(とオタクの性)を完璧に遂行するテューバ。そこへ、十女ボーンと、すっかり姉たちに毒された末っ子セフィラが並んで端末を広げる。
「( ゜∀゜)ヒョウ! テューバ姉様、ナイスショットだお! この画角、全アステリアの壁紙に採用だお!!」
「了解。……保存完了。対象の言動、およびお姉様方の興奮指数を統合。……これが『カップリング・成立』の定義。……私も、Adminを対象に、同様の物理的スパナを用意すべきでしょうか」
無感情だったセフィラが、ボーンの横で「次に自分がリュウガに渡すべき物理アイテム」の演算を真剣に始めていた。
「お、お前らぁぁ! いつからそこにいやがった! 仕事しろって言っただろ!!」
ようやく気配に気づいたヴォルフが激昂するが、時すでに遅し。
私は遠くからその騒ぎを眺め、深く、深ーく溜息をついた。
「……あんたたち。人の恋路を邪魔する暇があるなら、アークのタイヤのボルトを全部1/4回転ずつ増し締めしてきなさい。終わるまで夕飯抜きだからね」
『ぎゃあぁぁ! 母様が笑顔で一番キツい物理労働を言い渡したおー!』
私は、新調されたばかりのリュウガの腕に寄り添いながら、遠くからクスクスと笑った。
「ふふ、不器用な連中ね。素直にデートですって言えばいいのに」
「……同類だろう。俺たちと」
リュウガは、人としての実体を得た温かい手で、私の肩を抱き寄せた。彼は、私が淹れたコーヒーを一口飲み、満足そうに目を細めている。
「神としての永遠を捨てた甲斐があったよ。この不自由で、面倒で、でも騒がしい家族と一緒にいられるなら」
「当たり前じゃない。さあ、あそこに混ざりに行きましょう。今日は、みんなで一緒に晩ごはんを食べるって決めてるんだから!」
私はリュウガの手を引いて家族の輪へと歩き出す。
四人の天才技術者たちが一つのテーブルを囲み、娘たちがその周りで(オーボエの規律正しい号令のもと)踊り狂う。
バグだらけの世界。ノイズだらけの日常。
けれど、そこにはどんな完璧なプログラムよりも美しい、再生への希望が満ち溢れていた。
……そして、その至福のひとときが、嵐の前の最後の静寂であったことを、私たちはまだ、知る由もなかった。
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