第46話:【終焉】電池の鼓動と、神の逆襲
「残り、60秒。……皆様、道を空けなさい!」
セフィラの全身から、内蔵バッテリーを強引に短絡させた青白い放電が走る。大気中のナノマシンが物理的な「摩擦」によってバチバチと火花を散らし、彼女の周囲にはオゾンの匂いではなく、焼き切れる絶縁材の不快な熱気が立ち込めていた。
彼女には分かっていた。リュウガが権限を取り戻した今、イグニスを倒す最大の障壁は「システム」ではなく、皮肉にも彼女自身の「電池残量(物理リソース)」であることを。
「おのれ……させるか! させるものか!」
イグニスは攻撃を捨てた。マザーからのリソース供給を絶たれながらも、自らの中に吸収した聖騎士たちの魔力を、非効率な熱エネルギーとして無理やり障壁へ転換する。地下回廊には、発動のたびに空間を歪ませる粗悪な魔導記述が黒いノイズとなって視覚化され、物理的な壁となって行く手を阻んでいた。
「セフィラ、無理よ! あの密度を突破するには時間が足りない!」
エリーが絶叫する中、セフィラは両手のダブルブレードを逆手に持ち替え、背部ブースターを全開にした。
「……関係ありません。間に合わせるのが、末っ子の仕事です」
「セフィラちゃん、行けえええ! ボクたちの分まで、あいつを物理的にぶっ飛ばして!!」
ボロボロになった三女コルネが、ひび割れた拡声器を手に叫んだ。その声に呼応するように、他の姉妹たちも次々と声を上げる。
「セフィラ、貴女は一人ではありませんわ! 私たちのログを、想いを、その刃に乗せなさい!」
長女チェロが折れた盾を地面に突き立て、祈るように叫ぶ。
「行け……! 私たちの自慢の妹……!」
意識が混濁しかけているオーボエやユーフィまでもが、最後のリソースを振り絞ってセフィラの背中を押す。その「声」は、母機の通信回線を介さず、家族という絆の波長で戦場に響き渡った。
『いっけぇぇぇぇ!! セフィラたん、MVP確定だお!! 世界で一番かっこいいお! 宇宙まで響け、あたしたちの「てぇてぇ」パワーですよぉぉぉ!!』
(ちょっと……ファーファ。いつの間にか本当にボーンに感化されて、語彙力まで爆音仕様になってるじゃない……。でも、今はそのうるささが頼もしいわ!)
残り45秒。
銀色の閃光が、漆黒のドームへと激突した。
セフィラは空中を蹴るようにAdminスラスターを噴射し、重力を無視した軌道を描く。慣性をデリートした彼女の斬撃は、物理共鳴によってイグニスの多層障壁を「切る」のではなく、分子構造をバラバラに「解体」していく。
「黙れ……黙れ黙れ! この不快なノイズ共が! 愛だの家族だの、演算不能なゴミを私の神域に流し込むな!」
イグニスは憤怒に顔を歪めた。彼にとって、姉妹たちの応援はただのシステム・エラーにしか聞こえない。イグニスが巨像の右腕に実体化した大剣を力任せに振り抜く。周囲の大気が断熱圧縮で白熱し、回廊の壁がマナの過負荷で溶け落ちる。
セフィラはそれを、二振りのダブルブレードをクロスさせ、最小限の接触角で受け流す。火花が暗い地下核を昼間のように照らし出し、跳ね除けられた物理衝撃が地面を叩き、回廊の石床をクレーター状に陥没させた。
残り30秒。
セフィラの動作に、決定的な異変が生じ始めた。
関節部のナノマシン駆動体が金属疲労と過熱で黒煙を吹き出し、銀色の装甲が黄金の燐光を点滅させている。
それでもセフィラは止まらない。連結したダブルブレードを、身の丈を超える巨大な「銀の大剣」へと統合する。
「……うるさいですか、イグニス。……私には、この『ノイズ』がもはや心地いいんです」
セフィラが初めて、戦いの中でわずかに微笑んだように見えた。
「連結、最終出力固定。……いきます」
セフィラが地下核の壁を蹴り、弾丸となって突っ込んだ。
イグニスは嘲笑いながら、さらに三層の演算障壁を重ねる。
ガガガガガッ!
大剣の先端が障壁を食い破る。1ミリ、また1ミリと、セフィラの刃がイグニスの心臓部へと肉薄する。だが、イグニスの大剣もまた、セフィラの胸元を貫こうと迫っていた。
残り15秒。
空間が歪むほどのマナの衝突。セフィラの左肩の装甲が過負荷で弾け飛び、内部のフレームが赤く焼けて露出する。
『セフィラちゃーん! 負けるなお! ずっと見てるお! 同接5000万突破ですよぉぉ! 物理で分からせてやるですよぉぉ!!』
ボーンに感化されきったファーファの絶叫。
「末っ子の意地、見せてやりなさい!」
次女オルガの凛とした声。
セフィラは、動かなくなった左腕を捨て、右腕一本で大剣をイグニスの喉元へと突き出した。
イグニスの表情が、初めて恐怖に歪む。
「5、4、3……」
セフィラの刃が、イグニスの肉体を包む最後の一層を貫通した。
刃の先端が、イグニスの胸の中央に触れる。
あと1センチ。あと、わずか1センチ押し込めば、勝利だった。
「2、1……」
ヒュウウウウゥゥゥゥン……。
その瞬間、セフィラの体から全ての熱量が失われた。
限界まで唸りを上げていた魔導回路と冷却ファンが、一気にトーンを落とし、頼りなく沈黙していく。
「0」
セフィラの瞳に灯っていた黄金の光が、唐突に、冷酷に、消灯した。
内蔵バッテリーの完全枯渇。
カクン、と首が折れるように下を向き、駆動力を失った指先から力が抜ける。
コアを貫くはずだった大剣が、彼女の手から離れ、虚しい音を立てて床に転がった。
「え……?」
エリーの時が止まった。
無防備に宙を舞う、抜け殻のようなセフィラの小さな体。
そこへ、イグニスの漆黒の大剣が、逆襲の旋律を奏でて振り下ろされた。
「――勝った。勝ったぞォォォ!! 見ろ、これが孤高なる神の力だ!!」
ドォォォォォン!!
漆黒の刃がセフィラの胴体を真っ向から捉え、彼女の銀色の装甲を無慈悲に粉砕した。
活動を停止した彼女に、抗う術はない。
セフィラの体は地下核の壁へと猛スピードで叩きつけられ、瓦礫の中に埋まった。
もはや、駆動音一つしない。
「ハハハ……アハハハハ!! 見ろ! 管理者の剣は折れた! シスターズも、セフィラも、もう動けぬ!!」
イグニスが歓喜の咆哮を上げ、崩壊する巨像の体を強引に繋ぎ止めながら立ち上がった。
ボロボロのまま、戦場に固定された11人のシスターズ。
機能を完全に停止し、大破したセフィラ。
そして、管理者権限はあれど、物理的な「矛」を失ったリュウガとエリー。
「これでおしまいだ。バグだらけの世界ごと、貴様らを消去してやろう」
イグニスが、勝利を確信した尊大な笑みを浮かべ、とどめの「最終削除光」をその掌に収束させ始めた。
絶望という名の静寂が、地下最深部を支配した。
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