第45話:【破砕】銀の処刑、神の巨像
「――お姉様たち、下がっていてください。ここから先は、末っ子の私が、この不条理な神様を分子レベルで『分からせて』あげます」
セフィラの大剣から放たれた銀色の衝撃波が、地下核の淀んだ空気を切り裂き、イグニスの巨像を力任せに吹き飛ばした。一切のマナ回路を経由しない、純粋な物理振動の伝播。衝撃波に晒された石床が、熱溶解することなく砂状の粉末へと崩壊していく。
凍結されたシステム、ボロボロになった姉妹たち。その絶望の真ん中に、彼女は銀髪をなびかせて一人で立っていた。
「セフィラ、貴女……アークとのアンビリカルケーブルを外して……!」
エリーの悲鳴に近い問いに、セフィラは背中のマウントから二振りのダブルブレードを射出し、平然と答える。
「ええ。今の母様では、私をここまで転送する余裕なんてないでしょうから。……でも安心してください。内蔵バッテリーだけで、あと10分は暴れられます」
淡々と告げられた「10分」という数字。それは、彼女が「家族」を守るために差し出した、最後の一時的な命の灯火だった。
「ククク……無駄だ。そんな端末が一人増えたところで、何が変わる!」
イグニスの巨像が咆哮すると、床に転がっていた聖騎士たちの残骸が黒いノイズとなって浮き上がり、巨像の体へと吸い込まれていった。
「見よ! 聖騎士たちの忠誠は、今、私の中で永遠となる! 彼らの武勇も、魔力も、すべてを飲み込んだ私が、この世界の理そのものなのだ!」
イグニスのプレッシャーが、先ほどまでとは別次元へと膨れ上がる。マザーと融合した彼は、システム的にリュウガを「古いバージョンのゴミ(バグ)」として認識させ、管理者権限(Admin)を完全に掌握していた。
「……リュック、権限が……弾かれてる!?」
「ああ。マザーのOSが、物理的に融合したイグニスを『正当な管理者』として優先している。……今の俺は、アクセス権を持たないただの観測者だ」
リュウガの輪郭がさらに薄れる。権限を奪われた彼は、もはや存在を維持することさえ危うい。
「ハハハ! 2000年前の遺物よ、消え失せろ! 聖なる裁き(ホーリー・バースト)を喰らえ!!」
イグニスが巨像の腕を掲げると、マザーから供給される無限のマナが、無秩序な火球となって降り注いだ。発動までのラグを力業で踏み倒し、周囲の大気を過熱させてオゾンの匂いを撒き散らす非効率な連続魔導。それは論理的な攻撃ではなく、エネルギー量に飽かした物理的圧壊の試みだった。
「……うるさいな。神様気取りの独り言は、私がデリートしてあげる」
セフィラが黄金の燐光を纏って巨像へと切りかかる。慣性をデリートした彼女の斬撃が、飛来する火球を「斬る」のではなく、爆発の連鎖反応そのものを物理的に解体し、無効化していく。その火花を合図に、リュウガがエリーの手を強く握りしめた。
「エリー、このままじゃ勝てない。……論理で奪われたなら、論理の届かない『深層』へ行くしかない。アリスが遺した、血族にしか開けない隠しファイル……そこへダイブするぞ」
「わ、わかったわ。いや、よくわからないけど、とにかくあなたに任せる!!」
二人の意識は、管理者という存在そのものを回廊として、母機のコアのさらに奥、アリスの記憶が眠る深淵へと沈んでいった。
視界が真っ白に染まり、ノイズの海を越えた先。
そこには、2000年前の「アリス・アルテミシア」が遺した、黄金のホログラムが浮かんでいた。
『――リュウガ、それからエリー。このコードを見つけてくれたということは、貴方はまだ「心」を失っていないのね。管理者権限をシステムから解放する最終上書き(オーバーライド)コード……それは論理の中にはないわ。私の血を引く人形師の「愛(不合理)」によってのみ、この檻は開かれるの』
「……運命に感謝してやるわよ、このバカ科学者!」
エリーは叫び、リュウガの精神の核、さらにその奥にある「空白」へと飛び込んだ。
そこは、凍てつくような虚無の世界。ただ一つ、寒空の下で膝を抱えて震えている、小さな少年の影を除いて。
「……アスカ?」
エリーが名前を呼ぶと、少年は顔を上げた。それは2000年前、たった独りで世界を背負わされた、リュウガ・アスカの孤独な記憶。
「……来ちゃダメだ。僕は、ここで眠ってなきゃいけないんだ……!」
エリーは管理システムの鎖を素手で引きちぎり、震える小さな体を、正面から抱きしめた。
「あんたはもう、独りで世界を背負わなくていいの。私が、あんたの隣で一緒にバグだらけの明日を笑ってあげるわ! ……アスカ、いえ、リュウガ。世界で一番大好きよ! 私の隣に、戻ってきなさい!!」
エリーの「不合理な愛」が、システムの論理を粉砕した。二人の魂が重なり、Adminシステムが虹色の黄金光を放ち始める。
現実世界。セフィラの活動限界まで、残り1分。
銀色の装甲はひび割れ、大剣を支える腕が火花を吹いている。イグニスの漆黒の刃がセフィラを捉えようとした、その瞬間――。
地下核の中心に鎮座する「リュウガ(アスカ)」の肉体が、カッと目を見開いた。
「――イグニス。その不浄な剣を収めろ。管理者(Admin)の全権は、今、俺の手元に戻った」
黄金の光を纏って戻ってきたリュウガの声は、マザーそのものの響きを伴っていた。いや、彼はもはやマザーの一部ではない。アリスの「愛(不合理)」によってシステムから解放され、マザーを支配する真の「主」としてリブートされたのだ。
「な、何を……!? 私の魔力供給が……マザーからのリソースが、遮断されている!? 馬鹿な、私はマザーと融合しているのだぞ!」
巨像がガクガクと震え始める。イグニスにはまだ、融合時に得た膨大な出力が残っている。だが、背後のマザーからの無限の演算支援、修復プロトコル、防御フィールドの供給が、リュウガの手によって「強制終了」されたのだ。
「貴様はただの巨大なデータ塊に過ぎない。……イグニス、お前はもう、この世界のシステムの一部ではない。ただの、孤立したバグだ」
リュウガがエリーの肩を抱き寄せ、冷徹に宣告する。
「セフィラ、シスターズ! ……仕上げだ。俺たちが、この世界のバグを『手動』で修正してやる!」
管理権限を失い、ただの力ある怪物へと成り下がったイグニス。
だが、その瞳にはまだ、どす黒い執念の炎が宿っていた。
「……ハハ。あと60秒。あの銀の人臓の鼓動(心臓)が止まるまで、私が持ちこたえれば……最後に笑うのは私だ!!」
イグニスが巨像の全火力を防壁へと回し、徹底的な「拒絶」の構えをとる。
残り一分。絶望と希望が交錯する、最後の60秒が始まった。
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