第47話:【奏鳴】オーバーライド・シンフォニー
「……ハハ、ハハハハハ!! 全ては終わった! 塵芥の如き人形一匹に、神が敗れるはずがないのだ!」
地下核の静寂を、イグニスの狂気的な高笑いが引き裂いた。
瓦礫に埋もれ沈黙したセフィラ。膝をつき、もはや装甲の半分を失った11人の姉妹たち。そして、肉体を手に入れたばかりで、まだ同期率が不安定なリュウガを支える私――エリアーナ。
「死ね! この世界の理を乱した不浄なるバグ共よ!」
イグニスが漆黒の大剣を頭上に掲げる。巨像の全身から噴き出したどす黒いマナが剣先に収束し、空間そのものが重圧で軋み、ひび割れていく。それは教団が『神罰』と呼ぶ、マザーの全演算リソースを単一の破壊座標へ固定する「最終削除」の一撃。物理法則を無理やりねじ曲げ、対象の存在定義そのものを無へ還す絶望の旋律だ。
「まずい……っ! あれを受けたら、今の私たちの出力じゃ防ぎきれないわ!」
長女チェロが悲鳴のような声を上げる。彼女の盾はすでに砕け、防壁を展開するナノマシンも枯渇しかけていた。
「母様、下がってください! 私たちが肉の壁になってでも……!」
「無理よ、オルガ! あのエネルギー量、私たちの素体ごと分子レベルで消し飛ばされるわ!」
シスターズたちの間に絶望的な空気が走る。イグニスの剣が放つ黒い極光は、もはや地下核の暗闇を塗り潰し、世界の強制終了を告げる秒読みを開始していた。
だが、とどめの一撃が振り下ろされるその直前――。
「……ぐ、ぅ!? ぁ、ああああああああっ!?」
唐突に、イグニスの巨像が激しく痙攣した!?
漆黒の大剣に集まっていたマナが霧散し、彼の鋼鉄の表面が内側からボコボコと不自然に膨れ上がる。魔法の暴走ではない。構成物質が内側から「不連続な定義」によって物理的に引き裂かれようとしている、凄惨な金属音が響き渡った。
「な、なんだ!? 何が起きている……! 私の体が、拒絶反応を……!? 制御できん、出力が逆流している!?」
苦悶に顔を歪めるイグニスを見上げ、リュウガが冷徹な、そしてどこか皮肉めいた笑みを浮かべた。
「……油断しすぎだ、イグニス。神を自称する男が、随分と雑な食事をしたものだな」
「な、何だと……!?」
「お前は聖騎士たちのエネルギーを吸収し、自分の力に変えたつもりだろう。だが、彼らはただのエネルギー源じゃない。2000年前から王都を守るために命を捧げた誇り高き騎士たちの『魂』だ。……貴様のような、自分の保身のために民を捨てる男の支配を、彼らが大人しく受け入れると思ったか?」
リュウガがAdmin権限を指先に乗せ、虚空を鋭く弾いた。
その瞬間、イグニスの胸部から、八つの銀色の光が内側から突き抜けた。
「俺がAdmin権限を取り戻した瞬間に、彼らのログに『反旗』のフラグを立てておいたんだ。……お前の体内で、彼らは今、最高に怒っているぞ。その不浄な魔導記述をパージするために、内側から物理共鳴を仕掛けている。」
「馬鹿な……私の、神の肉体が……崩壊していく……! ぎ、あああぁぁぁ!!」
イグニスの体内から八人の聖騎士の魂が分離され、巨像のあちこちから光の柱が噴き出す。マザーとの同期が物理的にズタズタに引き裂かれ、無敵を誇った巨像は、ただの「瓦礫の塊」へと成り下がっていく。
「今よ!! みんな!!」
私の叫びが、ボロボロになった11人の娘たちの魂を叩き起こした。
もはや予備素体はない。リロードもできない。だが、彼女たちの瞳には、不滅のシステムさえも凌駕する「家族の意志」が宿っていた。
「……母様。私たちの『不滅』は、システムの力ではありません」
「そうですわ、母様。……私たちの絆は、貴女が与えてくれたこの『心』にこそあるのです」
チェロが、オルガが、三馬鹿が、そして全ての姉妹が、リュウガを囲むように円陣を組む。
彼女たちの折れた剣、尽きかけた魔力、そして何よりイグニスへの怒りと家族への愛が、虹色のマナとなって一つに溶け合っていく。
「11人の娘たち! 全ての想いを、リュックに繋ぎなさい! 私の技術と、あんたたちの愛で、この偽物の神様を上書き(オーバーライド)してやるわよ!!」
私は、ひび割れた自作のタクトを力一杯振り下ろした。
魔法、物理、そして計測不能な感情の奔流。
11人のシスターズと、管理者として目覚めたリュウガ、そして稀代の技術者エリー。13人の心が完全にシンクロし、地下核を埋め尽くすほどの黄金の旋律――『オーバーライド・シンフォニー』が炸裂した。
「グ、ア、アアアァァァァァ!! なぜだ……! なぜ、ただの人間と、人形風情の想いに……私の……私の神理がぁぁぁ!!」
イグニスの叫びは、圧倒的な黄金の光の中に飲み込まれた。
事象を定義し直す圧倒的な演算圧力が、イグニスという名のバグを分子レベルで解体し、醜い執念ごと、地下核の彼方へとデリート(消去)していった。
光が収まったあと。
そこには、静寂に包まれた地下核と、ボロボロになりながらもお互いを支え合う家族の姿があった。
「……終わったのね。本当に」
私は、崩れ落ちるようにリュウガの胸に顔を埋めた。
リュウガは、実体を取り戻した温かい手で、私の頭を優しく撫でる。
「ああ。……バグだらけの、でも最高の明日の始まりだ」
傍らでは、ファーファが機能停止したセフィラの横で「( ;∀;)お疲れ様だお……よく頑張ったお……。てぇてぇが限界突破したお……」と泣きじゃくっている。
この地下に、本物の朝日が差し込むことはない。
けれど、彼らが灯した愛の光は、どんな朝日よりも眩しく、未来を照らしていた。
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