第43話:【円舞】聖騎士ゾンビ、不滅の壁
地下核へと続く回廊は、もはや物理的な建築物の範疇を超えていた。
壁面は絶えず脈動し、母機から供給される膨大なマナが、視覚化されたノイズとなって空気を震わせている。その中心で、狂気的な笑みを浮かべるイグニスの背後に、八つの不吉な人影が揺らめいた。
「……また、貴方たちなの」
私の喉が引きつった。そこにいたのは、王都最強と謳われ、工業区で退けたはずの『聖騎士』たち。だが、その姿は異様だった。鎧の隙間からマナの糸が溢れ出し、眼窩には理性の光など微塵もない。彼らは母機の「排除プロトコル」に従うだけの、肉でできた操り人形と化していた。
「ククク……そうだ。命とはデータだ。リュウガ・アスカ、貴様の『人形』どもと同じようにな!」
イグニスが指を鳴らした瞬間、絶望が炸裂した。
――ズ、ゥゥゥゥン!!
魔法の爆発ではない。聖騎士たちの体内にある魔性石をAdmin権限で強制暴走させた、座標崩壊を伴う自爆攻撃。
最前線で重力盾を展開していた長女チェロが、真っ先に光の渦に飲み込まれた。
「チェロ!?」
「母様、下がって……っ! オルガ、テューバ、私たちが防波――」
チェロの叫びは、二の矢、三の矢となる連続自爆によって掻き消された。
盾となった次女オルガの装甲が飴細工のように溶け、八女テューバが悲鳴を上げる間もなく衝撃波で粉砕される。さらに爆煙を突いて肉薄した聖騎士が、六女ヴィオラ、五女ユーフィ、十女ボーンの三人を巻き込み、自身の肉体ごと「存在をデリート」する自死の突撃を敢行した。
わずか3秒。
11人のシスターズのうち、6人が一瞬で沈黙した。
「う、嘘でしょ……チェロ! オルガ! みんな!!」
私の絶叫が回廊に虚しく響く。地面に転がるのは、黄金のオイルとひしゃげたチタン合金の残骸。だが、その凄惨な光景の中で、リュウガの瞳だけは冷徹な黄金の光を失っていなかった。
「……エリー、泣いている暇はない。人格データの転送は完了している。……残った5人で、時間を稼げ」
リュウガの言葉に応えるように、後方にいた三女コルネ、四女ルーテ、七女クララ、九女ハープ、十一女オーボエの5人が、即座に散開した。
その周囲を、リディアから預かった5機のサポートドローンが高速旋回し、物理障壁を展開する。
「( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \! 戦線維持だお! 11人全員の感覚共有はファーファが完璧に回してあげるよ! 肉体を失った姉様たちの『経験』も、今すぐ5人に流し込むお! 戦えないファーファの代わりに、みんながんばるのよー!」
(ちょっと……ファーファ。いつの間にかボーンに感化されて、テンションのギアが一段上がってないかしら。ただでさえ騒がしい我が家に、これ以上の爆音ノイズは不要なのよ……)
ブリッジのモニターでファーファが騒ぐ。彼女の演算支援により、残された5人は、先ほどやられた6人の「死の直前の視覚データ」を共有し、聖騎士の攻撃パターンを完全に把握していた。
だが、母機のリソースを無制限に引き出す聖騎士は、破壊されるたびにナノマシンの霧によって「その場」で肉体を再構成し、ゾンビのように立ち上がってくる。
「――っ!? 破壊を前提とした自爆攻撃のループ……!? 聖騎士、直ちに再生を完了していますわ!」
クララが狙撃銃を乱射しながら叫ぶ。シスターズと違って「予備」のないリディアのドローンが、一機、また一機と、聖騎士の猛攻を受けて火花を散らし、墜落していく。
「全姉妹、人格転送を継続! アークから王宮地下まで三分……。それまで、コルネ! ハープ! ルーテ! ドローンを盾にしてでも持ち堪えて!」
私はアークの制御端末へ指を叩きつけた。連続転送の過負荷で、サーバーの基板が焦げ臭い煙を上げ始めている。
「熱暴走させないわよ! ファーファ、冷却スプレー全開!」
私は焼け焦げた配線を素手で引きちぎり、予備のケーブルを直接基板にハンダ付けして強引にバイパスを通した。人格データは無事だ。アーク内に待機させていた予備の「第43番素体」へ、彼女たちの魂を流し込む。
「うわわわわ、エリーちゃん。なかなかしれっと大変なことを!? でも、やるしかないっしょ!」
コルネが炎を纏い、再生したばかりの聖騎士の喉元を切り裂く。ハープとルーテのアサシンコンビが、ドローンの死角を利用して敵の神経系を正確に「切除」していく。
イグニスはその光景を、玉座のようなマナの塊に身を委ねながら、余裕たっぷりに眺めていた。
「ククク……無駄な足掻きを。私の周りのマナが、中心核に吸い込まれていくのが分かるか? リュウガ・アスカ、貴様が時間を稼れば稼ぐほど、私は母機そのものへと昇華されるのだよ」
イグニスの同期率はすでに85%を超えている。このままだと、彼自身が世界の物理法則を支配する「最終兵器」になってしまう。
「お待たせしましたわ! ヴィオラ、復帰ですわよ!」
回廊の奥から、人格をリロードしたばかりの六女ヴィオラが、新品の装甲を輝かせながら滑り込んできた。続いてユーフィ、ボーン、テューバが合流する。
「お待たせしましたわ。……皆様、母様を怖がらせた『不衛生なゴミ』はどちらかしら?」
最後尾から、次女オルガと長女チェロが到着した。
破壊されてからわずか3分。彼女たちは、アークから地下核までの物理的距離をマッハに近い速度で走破してきたのだ。
「第43番素体、チェロ、着任! ……母様! 走りながら確認しましたが、やはりこの緊急用素体、胸部サイズがデータより0.5ミリ足りませんわ! 爆走時の慣性モーメントが狂いましたわよ!」
「だから、今そんなこと言ってる場合じゃないってば!!」
「いいえ! 母様の設計思想における『機能美』は、この0.5ミリの絶壁に宿る……。オルガのような無駄な『装甲』は、最速の援護には不要ですわ!」
「あらあらチェロ姉さま。……私の『防衛リソース』が邪魔だと? あとでじっくり、その薄っぺらな回路を教育し直して差し上げますわ(微笑)」
傷一つない戦闘服を翻し、11人のシスターズが再び私の前に並び立つ。
破壊されては爆走し、敵の動きを学習し尽くした「不滅の旋律」。
聖騎士たちの無機質な自爆攻撃さえも、今や11人全員の演算を同期させた「狩猟システム」の前では、ただの単調なノイズに成り下がっていた。
だが、その瞬間――地下核全体の振動が止まり、耳を劈くような高周波が空間を支配した。
「ククク……母機との完全同期、完了! ――さあ、この『不滅』の舞踏会を終わらせよう」
イグニスの姿がマナの奔流に消える。
代わりに、母機から溢れ出した黒いノイズが凝縮され、全高10メートルを超える鋼鉄の異形へと変貌を遂げた。
聖教団が2000年間温め続けてきた、人間を神へと作り替えるための最終兵器――。
「……行くわよ、みんな! 私たちの家族の絆が、その偽物の神様より強いってことを証明してやりなさい!!」
私は指揮棒を振り下ろした。
11人の娘たちが、一人の男としての尊厳を取り戻そうとするリュウガを囲み、世界で最も残酷で美しい最終楽章が、いま幕を開けた。
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