第42話:【対面】地下核(マザー)、アスカの肉体との対話
白亜の王宮が象徴する「虚飾の光」とは対照的に、地下へ続く螺旋階段は、どこまでも深く、冷たく、そして不気味なほどの「静寂」に支配されていた。
壁面には、中世の石造りとは明らかに異なる、鈍く光る金属質のパイプと、青白い燐光を放つ光ケーブルが、まるで巨大な生物の血管のように這い回っている。
それは現代の魔導技術が「マナの奔流」と呼ぶものの正体――2000年前の管理者たちが張り巡らせた、超高速の情報伝達用物理ラインだった。
「……ここが、世界の心臓部」
私の呟きに、隣を歩くリュウガが小さく頷いた。彼のAdminとしての瞳は、暗闇の先にある膨大な演算の奔流を捉えているのだろう。その横顔は、いつになく険しい。
「ああ。2000年前の環境制御ナノマシン『Type-Gaia』……そのメインサーバー。教団が隠し続け、技術院がその欠片を拾って悦に浸っていた、この世界の『真実』のありかだ」
最下層。そこに広がっていたのは、全周を幾何学的なクリスタルが覆う、巨大なドーム状の空間だった。中心部には、眩いほどの純白の光を放つ円筒状のメンテナンス・クレイドルが鎮座し、その中に――「彼」はいた。
「嘘……でしょ……?」
私は、息を呑んで立ち尽くした。
エメラルドグリーンの培養液に満たされたガラスケースの中。無数のコードが神経のように繋がれ、魂を吸い取られた抜け殻のように眠っている、一人の青年。
それは、私の隣にいるリュウガそのものだった。
「……リュック? どういうこと? あそこに貴方がいるなら、今、私の隣にいる貴方は……誰なの?」
混乱が思考を追い越していく。隣にいる彼は、確かに私の手を握り、私の料理を食べ、私と笑い合ってきた。その体温も、鼓動も、本物だと思っていた。
リュウガは、悲しげに、しかし慈しむような目でカプセルの中の自分を見つめた。
「……エリアーナ。驚かせてすまない。……今の俺は、厳密には人間ではないんだ」
彼は静かに、自分の透き通るような手を見つめた。彼の身体が時折見せていた「同期ラグ」の正体。それは物理法則のバグではなく、彼そのものが情報で構成されているがゆえの限界だった。
「あそこに眠っているのが、2000年前のオリジナルの肉体……『リュウガ・アスカ』の実体だ。俺は、システムの劣化に伴って、Adminの意識だけがナノマシンを用いて再構成された『アバター』……思念体なんだよ。ある意味では、シスターズたちと同じ、システムが作り出した投影体に過ぎない。君が森で俺を拾った時、俺はただの『管理情報』が実体化しただけの存在だったんだ」
「シスターズと、同じ……?」
私は絶句した。最強の娘たちと同じ、作られた存在。リュウガの告白に、背後で控えていたシスターズたちが、しんと静まり返った。
「……父様。私たちが貴方を『マスター』と呼ぶのは、権限があるからではありません。貴方が、私たちに心を与えてくださったからです」
「あらあら、父様。……投影体であろうと、貴方の魂が放つ『輝き』は一つですわ」
長女チェロと次女オルガが、迷いのない言葉で彼を肯定する。その光景に胸を打たれながらも、私は一つの疑問に突き当たった。
「でも、どうして……。カプセルに、アルテミシアの紋章があるの? ということは、私の家が、代々この場所を守ってきた守護者だったってこと……!? 私、お父様からも、お祖父様からも、そんなこと一言も……!」
私は、カプセルに刻まれた紋章を指先でなぞった。その瞬間、忘れていたはずの幼い日の光景が、パズルのピースがはまるように蘇ってきた。
「……あ。そうか、そうだったのね。……沒落だわ。今、すべてつながってきたわ……」
私の家、アルテミシア家が没落したのは、私が十歳の時だった。父は教団に睨まれ、貴族たちから「禁忌の技術を隠し持っている」と冤罪をかけられ、一晩にして家名も領地も奪われた。
「あいつら……教団も、王国の貴族たちも、最初から知っていたんだわ。私の家が『神の器』を守っていることを。だから、その秘密が私に継承される前に、意図的に家を潰した……。守護者の絆を断ち切って、自分たちのものにするために!」
怒りと悲しみで視界が滲む。
一族を没落させた罠。それでも、アルテミシアの「技術」だけは惜しかった連中は、私を『技術院』という黄金の檻に閉じ込め、管理していたのだ。ギルベルト院長が私を追放したのは、おそらく、私がこの秘密に辿り着くはずがないと高を括ったか、あるいは利用価値を読み違えたからに過ぎない。
「イグニス……貴方の仕業なの? 私の家を、めちゃくちゃにしたのは……!」
「ククク……ハハハハハ! 鋭いな、エリアーナ・アルテミシア! アルテミシアの一族は少々、忠実すぎたのだ。神の器を独占し、我ら教団にさえ触れさせようとしなかった。だから『掃除』したのさ。無知なまま、ゴミ捨て場で朽ち果てるはずだった貴様が、まさか本物のAdminを連れて戻ってくるとはな!」
イグニスが影から現れ、認証キーを展開する。カプセルの培養液が激しく泡立ち、オリジナルのリュウガの肉体が痙攣した。教団の非効率な魔導記述が、管理者の肉体を通じてシステム全体を汚染し、不快な熱歪みが空間を焼き始めた。
「……リュック。貴方がアバターでも、プログラムでも、そんなの関係ない!」
私は、溢れ出す涙を拭おうともせず、叫んでいた。
「私の家系が没落させられてまで、命懸けで守り抜こうとしたのは……貴方がただのデータとして消えてしまわないためだった。……今の貴方は、最高の『心』を持っている。だったら、私がその心を、あっちの貴方に――最高の技術で上書き(リブート)してあげるわ!!」
「エリアーナ……」
リュウガが、ハッとしたように私を見る。その瞳に、迷いはもうなかった。
だが、彼は私の顔をまじまじと見つめると、どこか独占欲を感じさせる声で、私の肩を抱き寄せた。
「……おい、エリアーナ。感動しているところを済まないが……さっきから、あっちの俺(全裸)をまじまじと見すぎだ。不愉快だぞ」
「ひぇ!? な、何言ってるのよ、こんな時に! 貴方の体でしょ!?」
「あれはただの器だ。今の俺を見ろ。……そっちの俺(実体)に見惚れるのは許可しない。こっちの俺だけを見ろ。分かったか、管理者!」
助手のくせに、不条理で甘すぎる独占欲。私の心臓が、この極限状態で見当違いな鼓動を刻む。
「「「キャーーー! 父様、セルフ嫉妬ですわ! 尊死確定ですわ!」」」
「( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \! 【悲報】Admin、自分自身の全裸に敗北! 全アステリアが草生やしてるお!」
ファーファとシスターズたちが、一瞬で緊迫感を粉砕して囃し立てる。
「シスターズ、静粛に! ……イグニス! 俺の体を、貴様のような狂信者の好きにはさせない。……それは俺が、エリアーナと共に歩むために残した、大事な希望だ!」
リュウガが激しい怒りと共に前に出た。イグニスの叫びと共に、無限の質量を持つ「影の兵士」たちが地下回廊を埋め尽くす。
「母様、父様。……それでは私たちがお掃除しますわ!」
長女チェロが先頭に立ち、11人の娘たちが展開する。一人の男としての尊厳を取り戻すための、最初で最後の――最高に賑やかな家族喧嘩が、今、幕を開けた。
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