第41話:【不滅】超重力の粉砕と、黄金の檻の真実
「高度2000、1500……加速が止まらない! リュック、計算が追いつかないわ!」
私が叫ぶのと同時に、アークの車体が激しく振動した。空から迫る『アステリアの槌』が引き起こす重力異常。大気が悲鳴を上げ、王宮の尖塔が飴細工のようにひしゃげ、周辺の建物が根こそぎ浮き上がり始める。
物理法則を無視して投下された漆黒の質量は、落下地点の事象を力ずくで書き換え、世界そのものを圧壊させようとしていた。
「母様、怖くないですよ! ボクがぐるぐる回して、あの槍をへし折ってあげるんだから!」
「コルネ、突っ込みすぎですわ! ユーフィ、ボーン、私たちが作る演算領域から出ないように!」
三馬鹿――コルネ、ユーフィ、ボーンが居住車両のルーフへと飛び出し、改造された研究用の出力ターミナルを武器として構える。
そこへ、空を埋め尽くすような無数の光の粒が飛来した。
「リディア様からのサポートドローンですわ! 周囲の重力波データをリアルタイムで転送、位相の中和を開始しています!」
次女オルガが慈愛に満ちた声を上げる。モニターには、リディアのドローン群が干渉膜を展開する様子が映し出された。
『おい、そこの不器用ジャンク屋! 借りを作ったままで死ぬんじゃないわよ! 300メートル制限を無視してくるあんな化け物、普通の魔導障壁じゃ防げないわ!』
「分かってるわよ! でもリュックには何か考えがあるみたい! 私たちはあいつを、この最新鋭の移動ラボを信じるだけよ!」
そんな喧騒の中、一筋の銀光が空へと突き抜けた。
『……全リミッター、物理解除。……これより、世界を解体します』
特務機セフィラ。最強の破壊兵器であり、私たちの「末娘」が、銀色の髪を衝撃波で逆立てて宙に浮上した。
彼女の背中にある廃城からのアンビリカルケーブルが、限界を超えたエネルギー供給により白熱し、血管のように脈打つ。右手に持ったダブルブレードが超高周波で震え、左手の大剣が空間そのものを圧壊させるほどの質量を帯びて重く沈み込んだ。
「……Admin、マナ環境の最適化を要請。……全リミッター、物理解除。……これより、『死』を固定します」
リュウガが黄金の瞳を輝かせ、即座に呼応する。
「了解した。全域マナ記述、オーバーライド。……摩擦・慣性・重力定数、セフィラの座標に強制集束。……エリアーナ、舞台は整ったぞ」
リュウガのAdmin権限によって王都全域のマナが物理的な「楔」へと書き換えられ、セフィラの周囲に超高密度の演算領域が形成された。
「……フルバースト・モード。……空間、ロック」
セフィラの瞳が真紅に染まった瞬間、彼女を中心に音が死んだ。
彼女が大剣を虚空へと一閃させると、空間の原子結合が強制的に「静止」させられる。空から猛スピードで降り注いでいた『槌』が、まるで透明な琥珀の中に閉じ込められたかのように、空中でピタリと制止した。
超巨大な質量が持つ慣性エネルギーを、セフィラの放出する高エネルギーフィールドが力ずくで相殺し、その座標を世界に縫い付けたのだ。
「……今です。お姉様たち。……一気に、デリートしてください」
「了解っしょ! 座標固定、最高にエモいじゃん!」
「全機、イレブン・シンフォニー:最終楽章『星屑の滅却』、開始!!」
私のタクトが激しく空を舞う。
リュウガが管理する高密度マナの海の中、11人のシスターズの全火力が一点に集束した。
セフィラの剣先から放たれた物理共鳴の奔流。チェロの重力崩壊弾。コルネの超高温励起。ヴィオラの電磁加速。それらすべてが、黄金色の巨大なエネルギーの槍となって、逃げ場を失った漆黒の絶望を貫いた。
視界が、音を置いてきぼりにした白光に染まる。
固定された空間の中で、行き場を失った衝撃が『槌』の内部を駆け巡った。
次の瞬間、無敵を誇った漆黒の巨躯は、耐えきれぬ振動によって分子レベルでバラバラに粉砕された。爆発ですらない。数億のガラス片が砕け散るような繊細な音と共に、かつての衛星兵器はただの鉄の砂となって、王都の空に煌びやかに舞い散った。
「……ふぅ。計算通り、です」
空中で残骸を切り払ったセフィラが、軽やかにルーフへと着地する。すると、待ち構えていたシスターズたちが一斉に彼女を取り囲んだ。
「「「セフィラちゃん、すごーい!! さっすが私たちの最強の妹ですわ!」」」
「( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \! 【速報】セフィラたん、MVP確定! かっこよすぎて全米が泣いたお! 全米ってどこか知らんけど!!」
「ちょ、ちょっと、やめてください……! 私はただ、お父様に言われたから、効率的に……」
いつもはクールなセフィラが、お姉ちゃんたちの過剰な褒め言葉と実況に、顔を真っ赤にして俯いている。チェロに頭を撫でられ、オルガに抱きつかれそうになり、必死に剣でガード(?)しながらも、その口元はわずかに緩んでいた。
「母様見て! セフィラが照れてるですよ! かわいいですよぉぉ!!」
「うるさい、コルネ姉! 分子レベルで分解しますよ!」
絶望的な衛星落下の直後だというのに、アークの屋根の上は、いつもの騒がしくも温かい日常に包まれていた。私はそれを見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……リュック、勝ったわね」
「ああ。だが、本当の『バグ』はまだ中にいる」
私たちはアークを王宮正門に乗り捨て、呆然自失となって座り込む近衛兵たちを蹴散らし、王宮の最奥――王座の間へと踏み込んだ。
しかし、そこに待っていたのは、戦いのカタルシスなど微塵もない、凄惨な「現実」だった。
「ひ、ひぃぃ! 来るな、来るな! 私は偉大なる摂政だぞ! 領地をやる、金もやる! だから助けてくれ!」
「聖なる浄化が……なぜだ、なぜ神の裁きが防がれたのだ……!? 聖教団は我らを救ってくれるのではなかったのか!?」
金色の椅子にしがみつき、失禁しながら喚き散らす貴族たち。彼らは、自分たちが王都を滅ぼそうとした罪すら、もはや恐怖で忘れているようだった。
「……ふん。引導を渡してあげるわ。いい、よく聞きなさい、あんたたち――」
私は眼鏡をクイと押し上げ、没落したアルテミシアの末裔として、最高にクールな「見下しゼリフ」を叩きつけようと息を吸った。
だが、私の言葉が喉を通るよりも速く、背後から冷徹な「追撃」が飛んだ。
「母様。あのような非効率な質量体に言葉をかけるのは、演算リソースの無駄ですわ。彼らの知性はすでに自己保身というデッドロックに陥り、生命維持装置(肉体)を動かす以外の機能を喪失しています。言語によるコミュニケーションは不可能と定義します」
長女チェロが斧を肩に担ぎ、ゴミを見るような目で言い捨てた。
「おーっほほほほ! 皆様、見ていられませんわね。先ほどまでの虚勢はどこへ行きましたの? 泥の中に這いつくばる姿こそ、皆様の真の『合理性』というわけですわね(嘲笑)」
六女ヴィオラがバイザー越しに、冷酷な蔑みを投げかける。
「うげっ、マジで気持ち悪いんだけど……。保身の匂いっていうの? 饐えたカビみたいなマナが漂ってて、あーし、生理的にムリだわ。近づかないでくれる?」
「本当だね、ユーフィ。ボクの炎で消毒してあげたいけど、あんな不純物まみれの連中を焼いたら、ボクの剣の鮮度が落ちちゃうよ」
ユーフィとコルネが露骨に鼻を覆い、汚物を見るような仕草で後ずさる。
「…………(カチリ)」
突如、重苦しい静寂の中に機械的な駆動音が響いた。
見れば、八女テューバが顔を真っ赤にしながら、背中の多連装ミサイルポッドを全門開放し、摂政の眉間に完璧なロックオンを完了させていた。
「あ、ちょっとテューバ! まだ撃っちゃダメよ!?」
『……(コクンと頷きつつも、指が発射レバーにかかってプルプル震えている)』
「母様、テューバは『不浄なものは即座に物理滅却すべき』との結論に達したようです。ですが……」
十一女オーボエが静かにテューバの肩に手を置き、制止させた。
「規律を乱す価値さえ、彼らにはありません。母様、あとの『ゴミ処理』はセーラ様に任せましょう。公爵家には、こういう不燃ゴミを処分するためのエレガントな手続きがあるはずですわ」
「…………あ、え、えーっと……。……(私の出番は!? せっかく格好良く決めようと思ったのに!?)」
自分の娘たちながら、毒舌の解像度が高すぎる。私は言葉すら発せぬまま、パクパクと口を動かしながらその場に立ち尽くすしかなかった。
「……リュック、あれ……嘘でしょ?」
私は絶句した。
玉座に座る老王は、焦点の合わない目で虚空を見つめ、口端から涎を垂らしている。そのガリガリに痩せ細った体には、無数の魔力供給チューブが突き刺さり、ただの「生ける魔力電池」へと成り果てていた。
隣に座る教皇も同じだ。イグニスの術式によって思考を奪われ、同じ聖句をボソボソと繰り返すだけの、肉でできた機械。
「ククク……ハハハハハ! 見苦しいだろう? これが、貴様たちが必死に守ろうとした世界の頂点、その成れの果てだ!」
柱の陰から、イグニスが狂気的な笑みを浮かべて現れた。
彼は、自らの計画であった『槌』が粉砕されたことすら、喜びであるかのように悠々と歩を進める。その足取りには、追い詰められた敗北者の悲壮感など微塵もなかった。むしろ、すべての盤面が自分の掌の上にあると言わんばかりの、不気味な余裕を漂わせていた。
「イグニス……! 貴方、何を……何をしたのよ!?」
「何をしたか? 私は、腐った者たちを掃除をしただけだよ。……リュウガ・アスカ、貴様がこれほどの出力を見せたことで、ついに『母機』への認証パスが完成した。あの『槌』の迎撃こそが、最後のキー入力だったのだ。貴様のAdmin権限こそが、地下に眠る真の神を呼び覚ます鍵だったのだ!」
イグニスは背後の隠し扉を開き、地下へと続く、底の見えない暗い階段を指し示した。
「追ってこい、不合理な家族ども。最下層で待っているぞ……世界の真実と共に」
男は影に溶けるように消えた。
リュウガは、静かに私の手を取った。その手は、先ほどの演算の負荷でわずかに震えていたが、力強かった。
「……リュック。行きましょう。あの男の言う『真実』がどれほど残酷でも、私たちは私たちの家族を、世界を、否定させない」
「ああ。……管理者としての最後の仕事だ。エリアーナ、君が隣にいてくれるなら、俺はどんなバグだって修正してみせる」
私たちは、腐臭漂う黄金の広間を後にした。
王宮最深部――地下核への階段。その先に待つ「マザー」との対峙。
アステリアの運命を左右する戦いが、今、本当の意味で始まろうとしていた。
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