第40話:【天槌】空から降る絶望と、管理者の演算
「……見てみなさいよ、この白々しいまでの輝き。工業区の煤煙をすべてここに叩き込んでやりたいわ」
アークのブリッジ――もとい、大型バギーの運転席を兼ねた指令室から見上げる王都アステリアの中枢は、あまりに眩しかった。
白亜の装飾と魔導の灯火で飾られた王宮は、地上で起きている惨劇などどこ沈く風。つい先ほどまで泥と油にまみれ、血を流して工業区の民を守っていた私たちにとって、その「変わらぬ美しさ」は、吐き気を催すほどの欺瞞にしか見えない。
「母様、王宮全域のセキュリティプロトコルを検知。……ですが、内部の演算処理が極めて雑です。民衆の避難誘導リソースをすべて、自身の防壁へ回していますわね」
長女チェロが眼鏡を光らせ、蔑むような声で報告する。彼女の指先が叩くホログラムパネルには、避難路を封鎖してまで王宮の門を二重、三重に固める不自然なマナの奔流が映し出されていた。
「サイテーじゃん。自分の家の鍵だけ二重にして、外で火事が起きてるのを無視してる感じ? あーし、こういうのホント無理。生理的にムリ」
五女ユーフィが愛用の薙刀を指先で弄りながら、珍しく本気で不機嫌そうに呟いた。彼女のような「今時の女の子」らしい感性からすれば、この貴族たちの独善は、もはや理解の範疇を超えた醜悪さなのだろう。
「ふん、贅沢な壁の向こうで震えていればいいのですわ。……ねえ母様、いっそこの移動ラボごと、あの綺麗な門を粉砕して差し上げましょうか?」
六女ヴィオラが唇を吊り上げ、アークの全砲門――と言っても一門しかないんだけどね。要は実験用の高出力魔導発振器――を王宮の城門へと向けた。その時だった。
「待て、ヴィオラ。……エリアーナ、門兵たちが展開を開始した。……来るぞ」
リュウガの警告と同時に、豪華絢爛な正門から王宮近衛隊の魔導機兵が姿を現した。包囲網が音もなく狭まり、煌びやかな甲冑に身を包んだ兵士たちが、アークを「汚物」でも見るような目で見据えている。
『止まれ! 逆賊エリアーナ・アルテミシア! それ以上の接近は王家への叛逆とみなし、即座に処刑する!』
正門の二階、安全なバルコニーから拡声魔法で響く、肥太った貴族の声。彼は宝石飾りの付いた指で私たちを指差し、不快そうに顔を歪めていた。
「あらあら、あんなに顔を真っ赤にして。血圧の演算が壊れていますわね(微笑)」
次女オルガが、聖母のような笑みを浮かべながらマイクを奪い取った。
「皆様、そのような狭いベランダで縮こまっていては、せっかくの美しい景色も台無しですわ。……ゴミ捨て場のゴミでも眺めるようなその視線、私たちが物理的に『清掃』して差し上げましょうか?」
「き、貴様! 無礼な人形風情が!」
「『人形風情』、いただきました。……あ、今の失言、全世界に高画質(4K)で配信中ですわ」
七女クララが鉄扇で口元を隠し、冷徹な瞳でカメラドローンを操る。
「視聴者アンケートによれば、皆様のその『醜い保身』の支持率は0.02%。誤差の範囲内、つまり存在価値なし、と定義されましたわ。おめでとうございます、歴史に残る無能の皆様」
「母様。あのような非効率な質量体と会話するのはリソースの無駄です」
チェロが氷のような声で補足する。
「彼らの張っている障壁、維持費に王都の半年分の食料費が費やされていますわ。民を飢えさせて自分だけ守る……規律を語る資格さえありません。即刻、重力で圧壊させることを推奨します」
アークを取り囲む兵士たちの剣が青白く光り、一触即発の緊張が走る中、リュウガが私の肩を抑えた。
「エリアーナ、動くな。……セーラから秘匿通信だ。音声を骨伝導に切り替える。……静かに」
リュウガが私の耳元で囁き、コンソールの隅に小さなウィンドウを開いた。そこには、ノイズ混じりのセーラの顔が映っていた。彼女の声は極めて小さく、周囲の喧騒に紛れ込ませるような、祈るような小声だった。
『……エリアーナ? 聞こえる? 今、どこにいるの?』
「セーラ……。今、王宮の門前よ。近衛兵と、頭の固そうな貴族たちに囲まれてるわ」
私も、息を殺して小声で応じる。外部スピーカーはオフ。車内の照明も落とされ、私たちの声だけが狭いラボの中に溶けていく。
『……やっぱり。いい、王宮には絶対に気をつけて。今、内部の貴族たちは正気を失っているわ。彼らは技術院での戦いも、教団の尖兵が敗れたのも見ている。自分たちが絶対だと信じていた特権が、貴女たちの「技術」によって根底から覆されようとしていることに、底知れない恐怖を感じているのよ』
「……でしょうね。私なんかにこんなに恐れるなんて、貴族の権威も落ちたものだわ」
『そうよ。自己保身に走った彼らは、もはや正気ではない。追い詰められた鼠が何をしでかすか分からないわ。自分たちが助かるためなら、この美しい街を道連れにしても構わないと考えている……そんな腐りきった連中なのよ』
セーラの言葉は予言のように重く、そして絶望的だった。通信がプツリと切れる。私は唇を噛み締め、バルコニーでふんぞり返りながら私たちを見下ろす貴族たちを睨みつけた。
「……あいつら。街の人たちがどんな思いで生きているかも知らないで、自分たちのプライドと保身のために、全部壊すつもりなのね……?」
ふつふつと湧き上がる怒りが、ついに臨界点を超えた。私はアークの外部拡声器のボリュームツマミを一気に最大まで回した。キーーーーン、というハウリングに貴族たちが思わず耳をふさぐ。うん、これをやってみたかったのよ! さて……。私は大きく息を吸い込んで言い放ったわ。
「ふざけないでよ、このパラサイト共!! 逆賊!? どの口が言ってるのよ! 自分の民を盾にして、自分たちだけ安全な石造りの箱に閉じこもるのが王家の流儀だって言うの!? だったら、そんな腐った流儀、私の技術とこのアークで、塵一つ残さず粉砕してやるわよ!!」
私の絶叫が、アステリアの青い空を切り裂いた。アークの全システムが咆哮を上げ、車体が激しく震動する。それに続いたのは、待機していた娘たちの、容赦のない「爆音」による煽りだった。いや、我が娘ながら恐ろしい才能、ボーン煽りすぎよ~~。
「( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \! 注目だお! 今、アステリアの『無能リスト』第一位が更新されたよー! 逃げ腰のお貴族様たち、お漏らしする準備はできてるぅ!? 怖い? 怖いよね!? あーしらが全部デリートしてあげるよ~~~~!」
ファーファとヴィオラが王宮のセキュリティを強引にハッキングし、城壁の全スピーカーから煽り全開の合成音を大音量で鳴り響かせる。
「母様、その通りですわ! 汚物院長もひどかったですけれど、この貴族様たちのお掃除はもっとやりがいがありますわね! ほーら、もっと震えなさいな、黄金の椅子にしがみつく腰抜けの皆様! おーっほほほほほほ」
ヴィオラが高笑いしながら、威嚇射撃の魔導パルスを正門の装飾へと叩き込む。美しい彫刻が弾け飛び、貴族たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「タイチョー! ボク、あのキラキラした門、ぐるぐる回してグチャグチャにしてもいい!? いいよね!? 我慢できないよぉぉ!!」
コルネがアークのルーフで飛び跳ね、炎の魔力を周囲に撒き散らす。王宮側は完全にパニックに陥った。まさか「逆賊」一味からこれほどまでの罵倒と爆音による煽りを受け、正面から喧嘩を売られるとは思っていなかったのだろう。
だが、その騒乱を嘲笑うように、バルコニーの影から白銀の法衣を纏った男――イグニスが姿を現した。彼は、狂乱する摂政貴族の耳元で、冷酷な笑みを浮かべて死の宣告を囁いた。
その瞬間、恐怖と屈辱で顔を真っ青に染めた老貴族が、狂ったように叫んだ。
「ええい、うるさい、うるさい、うるさーい! 不浄なるゴミ共が! この街ごと、全てを浄化せよ! 『アステリアの槌』を起動しろ!!」
その直後、世界の音が消えた。
幾何学的な模様を描いて雲が霧散し、あり得ない光景が視界に飛び込んできた。
「嘘……でしょ……?」
高度300メートル。この世界の誰もが知る、絶対の「飛翔限界」だ。それ以上の高度に存在するあらゆる物質は、次元震によって塵一つ残さず引き裂かれるはず。だというのに――その遥か上空、虚無の成層圏から、巨大な漆黒の「槍」が、重力場をひしゃげさせながら降下を開始した。
「な、何よ、あれ……あんな高度から物が落ちてくるなんて、あり得ない! 次元震はどうしたのよ!? 世界の法則が壊れたっていうの!?」
私の絶叫。技術者として、この世界の理を信じてきた者として、その光景は恐怖以外の何物でもなかった。だが、隣に立つリュウガの瞳は、驚きではなく「確信」に満ちていた。
「いや、法則は壊れていない。……あれは飛翔しているんじゃない。『軌道上からの投下』だ。Gaiaシステムのバックボーン、管理者(Admin)専用の物理回廊……奴らはフィルタリング(次元震)をバイパスする権限を、教団の知識で誤魔化して使いやがった」
「ええええ、ど、どういうこと? あれは、あれは何よーーー!?」
リュウガの瞳が、管理者権限の青い光を帯びて発光する。
「古代衛星兵器、彼等の呼称では、通称『アステリアの槌』か。……ナノマシンによって極限まで圧縮された、高密度の『物理質量』だ。衝突すれば、重力崩壊を伴う衝撃波が王都を更地にする。……だが、思い当たるフシはある。俺が対応する」
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