第39話:【宿命】ノイズの残響、技術院の断末魔
「……くそっ、私の理論が、私の完璧な合理性が……こんなガラクタ共のデタラメなダンスにはじかれるとは!」
アークの前に引きずり出された技術院院長ギルベルトは、地面に膝をつき、泥を噛み締めながら叫んだ。拘束具を嵌められたその姿には、王都の技術の頂点に君臨していたかつての威厳は微塵もない。
だが、彼は充血した瞳を剥き出しにし、不気味な笑みを浮かべて私を睨みつけた。
「だがエリアーナ……貴様らが私を足止めしている間に、イグニスの狂信者共が、王宮の『心臓』を汚しにいきおったぞ! 私を倒しても、貴様らに勝ち目などない! 教団の目的はAdminの回収ではない、アステリアそのものの再定義だ。……ハハ、利用されたのは貴様らも同じよ!」
「教団が王宮へ!? ……ギルベルト、貴方、まさかあいつらを引き入れたの?」
「……奴らを利用してAdminを掌握し、私が世界の理を書き換えるつもりだったが……まさか私の方が先に脱落するとはな。屈辱だ……この、非合理なガラクタ共に負けるなど!」
ギルベルトの憎悪に満ちた叫びを無視し、リュウガが突然、その場に立ち尽くした。
「……繋がったぞ。王都の、全域ネットワークだ。深層、第零階層……演算リソースを強制接収する」
リュウガの瞳が青白く発光し、アークのメインサーバーと同期する。クリスタルに記録されていた断片的なデータが、王都全土の演算回路を糧にして急速に「肉付け」されていく。
それはもはや単なる過去の記録ではない。全域ネットワークの膨大な演算能力を得たことで、アリス・アルテミシアの知性が、対話可能な「AI」として一時的にこの場へ顕現したのだ。
空中に、実体に近いほど鮮明なアリスのホログラムが投影された。
『ふふっ、ネットワークの海をこじ開けてまで私を呼び出すなんて。リュウガ、貴方も随分と強引になったのね。……あ、でもこの高密度な接続環境、嫌いじゃないわよ』
アリスが眼鏡のない涼やかな瞳を瞬かせ、まるでそこに実在するかのようにブリッジを見渡す。そして彼女の視線は、騒がしく立ち並ぶ11人のシスターズへと向けられた。
『……ちょっと待って、リュウガ。2000年も寝てたと思ったら、いつの間に11人も娘なんて作ったの? 壮観なのは認めるけれど、さすがの私もそこまでの“家族計画”は想定していなかったわ』
「アリス、彼女たちはエリアーナが造った……」
『あら、あの子が? ……ますますやるじゃない。ねぇ、そこにいる眼鏡の管理者さん? 私に似てお堅いかと思えば、随分と情熱的なのね。私の子孫が、これほどまでに子宝に恵まれるなんて嬉しい誤算だわ。……もしかして、イイ人を見つけたのかしら?』
アリスのからかうような視線が私を貫く。
「い、イイ人って……! 違うわよ、アリスさん、あ、でもイイ人にはなりたい、あわわ、今のなし! あと、11人もいるのは、その、演算能力の分散とか、予備素体の確保とか、そ、そうよ、技術的な理由であって、け、決してそんな不順な動機じゃ……!」
私が真っ赤になって反論していると、リュウガが真顔で、あまりにも真っ直ぐにアリスに告げた。
「アリス、否定はしない。彼女は俺が出会った中で最も不合理で、騒々しく、そして……決して代わりの効かない管理者だ。彼女が俺に、この家族を与えてくれた。……だから、俺は、エリアーナを選んだんだ」
「――――――――っ!!!」
私の心臓が、どのオーバーライド時よりも激しく火花を散らした。
な、なななな、何を言ってるのよ、このAdminは!? 本人の前で、しかも先祖の前で、そんな真っ直ぐな目で言わないでよ! それ、もう逃げ場がないじゃない!
「「「キャーーー! 父様、今の実質的なプロポーズですよね!? 母様、公式に『嫁』認定ですわ~! サイコーの父様と母様ですわ~!」」」
「( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \! 【速報】母様、尊みオーバーフローにより再起動不可!」
シスターズが狂喜乱舞し、ファーファが煽りAAをこれでもかと画面に敷き詰める。私は顔を真っ赤にして、アークのレバーを握り締めたまま悶絶するしかなかった。
『ふふっ、合格ね。……リュウガ、それにエリアーナ。私の時代には「王宮」なんてものはなかったけれど、あの汚物院長の発言から推測するに、地下に「母機」の核があるはずよ。自分の眼で確かめにいきなさい。それが貴方たちを、更なるステージへと導くはずだから。いつか私の子孫が、あなたを本当の人間にする……その約束、果たしてくれそうね』
アリスのホログラムが、慈愛と悪戯心の混ざった微笑みを浮かべ、光の粒子となって消えていく。私は涙を乱暴に拭い、リュウガの胸元を力任せに掴んで揺さぶった。
「……まったく、なんて身勝手で、とんでもないご先祖様なのよ」
アリスが消えた空間を睨みつけ、私は震える手で乱暴に涙を拭った。そして、隣に立つリュウガのコートをぎゅっと掴んで引き寄せる。
「リュック……さっき言ったこと、絶対に忘れないから。2000年前の彼女が何を願っていたとしても、今、貴方の隣にいて、貴方を動かしているのは私なの。……彼女の面影なんて、私の最新の『不合理』で全部上書きしてやるんだから! 私だけを見てなさい、いいわね!」
「……ああ。俺はお前のものだ、エリアーナ。……行こう、エリー。俺たちの家系が2000年かけて準備した、最後の演奏を始めるぞ」
その時、リディアの通信が割り込んできた。
『……ふん。随分と熱烈な当てられようだわ。見てるこっちの演算回路がショートしそうよ』
「リディア!? ずっと見てたの!?」
『中継されてるんだから当然でしょ。……認めざるを得ないわね。その不合理なAdminが選んだのは、私じゃなくて、その不器用なアンタだってことくらい。……これ以上、脈のない男に付きまとうのは、私の美学に反するわ。非効率だもの。……あぁ、もう! その顔! 真っ赤にしてバタバタしちゃって、ほんとにお子様なんだから! 見てなさいよ、アンタがもしリュウガ様を泣かせるようなことがあったら、その時は私のドローンでアンタの家ごとデリートしてあげるから!』
「う、うるさーーーーい!! 高飛車女! 泣かせるわけないでしょ! っていうか、あんたに心配される筋合いはないわよぉぉぉ!! お、お、お嫁さんになる準備なんて、いつでもできてるんだからぁぁ!!」
「「「「「キャーーー! 母様逆ギレ公開プロポーズ、ご馳走様ですわー!!」」」」」
リディアの声は、どこか吹っ切れたように、ライバルとしての誇りに満ちていた。
『はいはい、勝手にやってなさい。……でも、勘違いしないで。ここからはアンタたちのバックアップに回ってあげる。感謝なさい、エリー。私の「ヴァルキリー」を数機、アンタの帯同ユニットとして登録しておいたわ。通信のハブにもなるし、セーラ様たちとの連絡網にも使いなさい。……アンタたちの背中は、この私が守ってあげるわ。死なせはしないわよ、エリー』
「リディア……ほんと、ありがとね、高飛車女だわ! でもそのニヤニヤした顔、後で絶対にひっぱたいてやるんだからね!! 待ってなさい!」
「了解だ。……アステリアの槌、王宮の闇。すべてをこの不合理で塗り替える」
私たちの魔力がシンクロし、アークから黄金の「愛の波導」が放たれた。リディアのドローンを引き連れ、王宮という名の、最後の戦場が、私たちの目前に迫っていた。
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