第37話:【強襲】鉄の防波堤と崩壊の序曲
「……はぁ、死ぬかと思ったわ。あいつら、聖騎士っていうよりただの狂信者じゃない……」
聖教団の精鋭「8騎士」との激闘を終え、私は移動要塞アークのブリッジにあるキャプテンシートに、文字通り崩れ落ちた。全身から冷や汗が止まらず、眼鏡は曇り、指先がまだ微かに震えている。ナノマシンを物理的な暴力へと変換し、聖歌を歌いながら突っ込んでくる彼らの戦法は、効率と論理を愛する私にとっては生理的な嫌悪感を伴う悪夢そのものだった。
「エリーちゃん、まだブルブルしてる!? 遠慮しないで! ボクが物理的に抱きしめて止めてあげるよ!」
三女コルネが、熱い火炎放射器の余熱を漂わせたまま元気いっぱいに私の腰に抱き着いてくる。
「わわっ、コルネ! 暑い、暑いから離れなさいってば!」
「もぐもぐ……てか母様、マジで肌荒れヤバくない? この戦い続きじゃ女子力死滅しちゃうじゃん? もっとこう、潤いとか補給しないと、父様に捨てられるじゃん?」
五女ユーフィが、巨大な薙刀を肩に担ぎながらギャル全開の口調で私の顔を覗き込んできた。
「……余計なお世話よ! 私はもともとこういう肌なの! あとリュックは飽きるとかそういう次元で生きてないわよ!」
「……エリアーナ、顔色は悪くない。血流量の増加は、生存本能の活性化だ」
私の「助手」であり、2000年前の管理者であるリュウガが、無表情に私の眼鏡を指先で直した。
「……もう、リュックまで。……それより、休んでいる暇はないわ。アルフレッドの発言を聴いたでしょう?」
「ああ。奴らの狙いは王宮地下の『母機』……。高次管理システムへの直接介入を狙っている」
長女チェロがメインモニターに王都の立体地図を投影した。
「母様、王宮への最短ルートを算出しました。この工業区のメインストリートを突破するのが最も効率的です。教団の別働隊を出し抜くには、ここを通るしかありません」
「工業区か……あそこは今、技術院が占拠してるはずよね。あのアホ院長、ギルベルトに絡まれるのは目に見えてるわ」
その時、ブリッジのスピーカーから不敵な声が響いた。
『あら、私を忘れてもらっちゃ困るわね。最短ルートを行くなら、私のドローンが道を空けてあげるわよ』
「リディア! 貴女、セーラ様たちの護衛は?」
『あっちにはカイルと特務機がいるわ。私はこの20機のうち、厳選した5機をあんたのサポートに回してあげてるの。感謝なさい、お子様エリー』
モニターの端には、リディアの分身とも言える銀色の高性能ドローンが5機、アークのバギーと並走しているのが見える。
アークが工業区に足を踏み入れた瞬間、大気が重く澱んだ。巨大な煙突からは重金属を孕んだ紫煙が立ち上り、腐った油の臭いと、制御しきれず漏れ出した余剰マナがオゾンの匂いとなって、アークの気密層を越えて届いてくる。非効率な熱力学が支配する、旧来の魔導技術の掃き溜めのような場所だ。
「母様、衛生環境が不潔すぎて吐き気がします。細菌・重金属濃度は許容値の800%を超過。……全域の焼却消毒を提案します」
四女ルーテが、手術用メスを無機質に光らせながら、いつもの無口・懐きモードとは違う冷淡な声で告げる。
「あらルーテ、それよりも母様のメンタルケアですわ。私の胸でお休みになれば、全てのストレスが浄化されますのに(微笑)」
「次女オルガ、さっきからそればっかり! 今は作戦行動中よ。だいたい、その……」
言いかけて、私は自分の胸元を見て、さらに深い溜息をついた。
シスターズは全員、私が「いつかこうなりたい」と願って設計した最高にグラマラスな理想の素体を使っている。つまり、彼女たちの発育の良さは私の「夢」の結晶であり、同時に今の私の絶壁ぶりを強調する生きた皮肉なのだ。……まさに自業自得。機能美にこだわりすぎて、自分の首(と胸)を絞めるなんて!
「おしゃべりはここまでだ! ……エリアーナ、来るぞ」
リュウガの冷静な声と同時に、地面が震えた。工業区の石畳を突き破り、巨大な鋼鉄の塊が姿を現す。複数の超大型ドリルが複雑に噛み合い、慣性を無視した不自然なトルクで周囲の建物を粉砕して突き進む。重機兵「ギガント・ドリル」。発動のたびに空間が熱歪みを起こし、不快な高周波ノイズがブリッジのスピーカーを揺らした。
『ハハハ! 実に素晴らしい! ついに捕らえたられるぞ、歴史的遺物【アスカ】の肉体を!』
モニターに割り込んできたのは、技術院院長ギルベルト。私の理論を盗用し、私を追放した不倶戴天の敵だ。
「出たわね、汚物院長! 全員、迎撃態勢! 現場指揮オーボエ、演算開始!」
「了解。……全ユニット、規律に従い害虫を駆除します。テューバ、チェロ、アークの直衛に。……近接班、突撃! 狙撃班は突撃を支援!」
十一女オーボエの凛とした号令とともに、アークのハッチが勢いよく開いた。
このアークは戦艦じゃない。バギーで牽引する「動くラボ」であり、装甲なんて紙同然だ。シスターズの防衛がなければ、あの巨大ドリルの一撃で文字通り粉塵になる。
『あたしのライブ配信、同接300万突破ですよぉぉ! 汚物院長、母様の敵じゃないことを証明してやるですよぉぉ!』
十女ボーンが拡声器を片手に、アークの屋根の上から絶叫実況を開始した。
「ボーン、ユーフィ、ボクたちが道を作るよ!」
「コルネちゃん、了解ー! あーしの薙刀で、エモい切り口にしてあげるじゃん!」
三女コルネが炎を噴き上げてドリルの視界を奪い、五女ユーフィが巨大な薙刀を旋回させ、ドリルの外装を力任せに剥ぎ取る。
だが、剥ぎ取られた装甲の下から漏れ出すのは、ナノマシンの暴走による不規則な電磁ノイズ。シスターズの予測演算を物理的に乱す、技術院の「汚れた」合理性だ。
「……死角。排除」
四女ルーテと九女ハープが、影のようにドリルの駆動部に潜り込み、超振動メスとクナイで油圧系を寸断していく。
「おーっほっほっほ! 皆様、見ていられませんわね。わたくしが真の『掃除』を教えてあげますわ!」
六女ヴィオラが悪役令嬢さながらの高笑いでレールガンのトリガーを引く。 物理的な加速を受けた弾丸がドリルの中心軸を狙うが、接弾の瞬間に空間が奇妙な「屈折」を見せ、弾道が不自然に逸らされた。
「はぅぅ……火花の中で必死にレバーを握る母様、最高に『てぇてぇ』でございますわー! ズームアップで全宇宙に配信、完了ですわ!」
七女クララの狙撃銃がスコープをカメラ代わりに、私の情けない姿を実況に割り込ませる。
それにしても、ギルベルトの狂気は私たちの想定を超えていた。
『ハハハ! 無駄だ! 私の合理性は君たちの小細工など超越している! ギガント・ドリル、反撃の全周回転!』
ドリルが異常な高周波を上げ、物理的な斥力フィールドを展開した。れはAdminの論理さえも逆手に取った、座標の連続性を強制的に切断する「物理法則の拒絶領域」だ。シスターズたちの共有知能が、その不連続な空間の前にコンマ数秒のラグを引き起こした。
「ヴィオラのレールガンが、弾かれた……!?」
「っ、母様! 敵、こちらに来ます!」
拘束を強引に振り払ったドリルが、咆哮とともに「紙の城」であるアーク本体へと突っ込んできた。
「避けて! アーク、出力最大!」
私が操縦桿を必死に引くが、牽引式のラボバギーがそんな機敏に動けるはずもない。絶望的な質量が迫る。
「あらあら、少し強引すぎますわね。……電磁拘束網、展開!」
次女オルガが電磁シールドを幾重にも重ねるが、ドリルはその網を紙屑のように引き裂いた。
「…………っ(ぶるぶる)」
八女テューバが涙目になりながら盾を構え、迎撃ミサイルを至近距離で叩き込む。だが、爆炎を突き抜けてドリルがテューバの盾を粉砕した。
「――そこまでです! 規律に従い、母様を……死守します!!」
最後に立ちはだかったのは、長女チェロ。
彼女は巨大な物理盾を展開し、さらに背面のサブアームでダブルガトリングを掃射しながら、ドリルの中心軸へと正面からぶつかった。
だが、ギルベルトの「合理性」という名の暴力は、非情だった。
ガトリングの弾丸がドリルの装甲に虚しく弾け、チェロの多重シールドが、ガラス細工のように粉々に砕け散る。チェロが誇る「慣性を支配する」重力場さえも、ドリルの超高周波共振によって物理的に「解体」されたのだ。
「あ……」
私の視界がスローモーションになる。
ドリルの巨大な牙が、チェロの胸部を貫通し、彼女の細い機体を無慈悲に宙へと跳ね飛ばした。
黄金色のオイルが火花と共に空中に散り、彼女の機体が描く放物線が網膜に焼き付く。
「チェロォォォォォ!!」
私の絶叫が響く。アークのハッチに激突し、動かなくなった長女。
シスターズ全員が、そしてリュウガが、その光景に目を見開いた。
『終わったな、エリアーナ! これで【アスカ】は私のものだ!』
狂ったようなギルベルトの笑い声と、シスターズたちの悲痛な叫びが、工業区の煤けた空に溶けていった。
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