第31話:【晩餐】嵐の前の宴、再定義される勢力図
「……ねえ、セーラ。これ、物理的な設計ミスじゃないかしら? それとも、私の視覚センサーがバグってるの?」
自由都市アストレイド公爵家の離宮。最高級の絹と魔導糸で編まれた深紅のイブニングドレスを前に、私――エリアーナ・アルテミシアは、鏡の中に映る自分を見て絶望していた。
「あらエリアーナ、それはさすがに失礼ですわよ。わたくしの専属デザイナーが、貴女の『推定』サイズに合わせて仕立てた最高傑作ですもの」
プラチナブロンドの縦ロールを揺らし、扇子で口元を隠しながらセーラが微笑む。その瞳には、明らかな「愉悦」の色が混じっていた。
「推定って、誰の基準よ! 胸元の生地が余りすぎで、まるで構造欠陥を抱えた廃屋の屋根みたいになってるじゃないのよぉぉ!!」
私の絶叫に、部屋の隅で控えていたシスターズたちが一斉に反応した。彼女たちの格好は、私が移動中に夜なべして仕上げた新作――「対Admin補助用・汎用作業装束」、平たく言えば最高に可愛いフリルの付いたメイド服だ。
「母様、その叫び声は95デシベルに達しています。冷静な対処を推奨しますわ。……なお、物理的な不足分については、私の胸部装甲を一部移植する案を――」
「チェロ! 率先して喧嘩を売るんじゃないわよ!」
「あら母様、そんなにカリカリしては美容に毒ですわ。私の胸の重みでよろしければ、半分ほどお分けしたいところですけれど(微笑)」
「オルガ! あんたはニコニコしながら一番えぐいところを突いてくるわね!!」
その横で、さらに騒がしい二人が跳ね回る。
「エリーちゃん、マジどんまい! 隙間にはあーしが予備のマナカ(マナカートリッジ)詰めてあげるって! 物理的に盛れば解決っしょ?」
「それ名案だよ、ユーフィ! ボクが計算して、最も『揺れ』が自然に見えるようにカートリッジの配置を最適化するね! えへへ、ボクたち天才!」
「コルネ! ユーフィ! あんたたち情報処理班とお祭り班のくせに、なんでそんなに揃いも揃っておバカなのよぉぉ!!」
元気なボクっ娘の三女コルネと、一人称が「あーし」でちょいギャル系の五女ユーフィ。このおバカコンビが揃うと、知能指数が物理的に半分くらいになっている気がする。姉のコルネが妹のユーフィを煽り、ユーフィがノリで返す様は、もはや様式美だ。
助手であるリュックを支える「家族」として、機能性と私の趣味を両立させた自信作のメイド服なのだが、今は彼女たちの無邪気な「暴力(発育)」が恨めしい。
そんな喧騒の端、ソファーの隅でちょこんと座っていた白銀の少女――セフィラが、おずおずと口を開いた。
「……あの、お姉様たち。……エリー様は、その……装甲が『軽量化』されているからこそ、機動性が高いのでは……?」
一瞬、部屋が静まり返った。
「「「「「セフィラちゃん、てぇてぇ……っ!!」」」」」
シスターズたちが一斉にセフィラに群がり、頬ずりしたり抱きしめたりと可愛がり始める。
「な、なに今の……。フォローのつもり? それとも天然の毒舌なの……?」
私はガックリと肩を落とした。先日の戦いの後、「ご迷惑をおかけしました」と殊勝に謝ってきた彼女を許したはずだったが、まさかこんな形で精神的ダメージを負わされるとは。
『【解析】エリー様、新妹キャラ・セフィラちゃんの無自覚な一撃により、心拍数が屈辱で上昇。……なお、隣室で待機中のリュウガ様は、エリー様のドレス姿を「演算上の黄金比に近い」と評価する準備を整えておられます(・∀・)』
「ファーファ! あんたはドローンのくせに余計な予測実況をするんじゃなーい!!」
私の周囲をぷかぷかと浮遊する自律ドローン型サポートAI、ファーファを叩き落とそうとして空振る。彼女はシスターズではないが、私の工房の重要な管理ユニットだ。
王都を脱出し、カオス・ゾーンの縁でセフィラとの死闘を演じてから二ヶ月。私たちは今、アストレイド公爵領という「嵐の前の静寂」の中にいた。
「……ルーテ、ヴィオラ、あとクララの三人が王都の内偵に向かってから数日。そろそろ報告が来る頃かしらね」
私は、不在の娘たちを想い、少しだけ表情を引き締めた。
――コンコン、と控えめなノックの音。
「……入るぞ、エリー。バイタルサインが乱れているようだが」
現れたのは、私の助手にして最強の管理者、リュウガ・アスカだ。
漆黒のタキシードを完璧に着こなした彼は、部屋に入るなり、メイド服姿のシスターズたちを一瞥し、最後に私を見て僅かに目を細めた。
「……不合理な隠蔽だな。網膜スキャンによれば、そのドレスの波長は君の肌のトーンと99.4%適合している。……美しいぞ、エリー」
「…………っ!!」
さらりと、無機質な声で放たれた殺し文句。私の顔面は一瞬でオーバーヒート寸前の真っ赤に染まった。
「……リュック、あんたねぇ。……もういいわよ、行くわよ、晩餐会!」
「「「これは、母様最大のデレですわーーーー!!!!」」」
「ええい、黙らっしゃい! 娘たち!!」
◇◆◇◆◇
晩餐会の会場は、セーラの支援者である有力商人や、進歩的な若手貴族たちで埋め尽くされていた。
だが、今夜の主役は私たちではない。
「おお、これが噂の自動人形か! なんと優雅な所作だ……」
「こちらの『コルネ』さんは、お酒の注ぎ方が実に見事ですな。元気があってよろしい!」
「あら、チェロさんのその効率的な給仕、我が商会でも取り入れたいほどですわ!」
メイド服姿のシスターズたちは、会場の至る所で注目の的となっていた。
チェロは冷静に給仕をこなしつつ、ナノマシンによる振動制御でグラスの中の酒を一滴も揺らさずに歩行する機能美をアピール。オルガは慈愛の微笑みで夫人たちの悩み相談に乗り、彼女たちのバイタルサインから健康状態を的確に言い当てることで「最新鋭の診断機能」を誇示していた。
「わーい! おじさん、マジ飲みすぎじゃね? あーしがもっとヤバいの注いであげるよ! テンションぶち上げで行こー!」
「ユーフィ、それはアルコール度数が過剰だよ! ボクが手伝うから、溢れる寸前の表面張力、物理的に攻めていくね!」
姉のコルネがたしなめつつも、結局一緒になって危なっかしい手つきで会場をかき乱している。それを見る支援者たちの目は、畏怖よりも「可愛らしい最新鋭のペット」を見るような、チヤホヤとした親しみに満ちていた。
そして、その喧騒から少し離れたビュッフェコーナー。
そこには、ドレス姿のまま、一心不乱に「高タンパク質な肉料理」と「色とりどりのデザート」を皿に盛り付けるセフィラの姿があった。
「……摂取、開始。……旧文明のデータベースにある『ローストビーフ』。……咀嚼。……分析……美味しい。……多幸感プロトコルが作動します」
セフィラは無表情のまま、凄まじいペースでフォークを動かしていた。彼女の身体を支える物理工学の「器」は、かつてアンビリカルケーブルで吸い上げていた膨大な電力を、今は効率的な有機物の分解(消化)によって補おうとしているようだった。
「セフィラちゃん、そっちのケーキも食べてみるっしょ? あーしが取ってきてあげる!」
「……ありがとうございます、ユーフィお姉様。……ですが、エネルギー効率的にはこちらのフォアグラが……。もぐもぐ。……いえ、やはりケーキも受理します」
すっかり餌付けされているセフィラを見て、私は苦笑いを浮かべた。
「私の娘たちが、なんで外の連中にそんなに懐いてるのよー! 私は!? 産みの親の私はどこ!?」
「エリー様、落ち着いてください。彼女たちは『営業活動』の一環として、母様の技術力をアピールしているのです(・∀・)」
ファーファが空中を旋回しながら冷静にツッコミを入れる。
「……ふん、賑やかでいいじゃない。今のうちに楽しんでおきなさい」
会場の隅で、セーラがグラスを傾けながら私に歩み寄ってきた。その隣には、険しい表情のカイルが控えている。
「エリアーナ、冗談はここまでよ。カイル、今の王都の『腐敗』を説明して差し上げて。……わたくしが立て直そうとしている『王政復興派』の救いようのなさもね」
セーラが合図をすると、カイルが懐から一枚のホログラム投影機を取り出した。
「現在、王都アステリアは三つの勢力――『トライアド』によって、引き裂かれています」
カイルの解説に合わせて、立体的な勢力図が浮かび上がる。
「まずは『聖教団』。実質的な支配者は、主任審問官兼聖騎士団長イグニス。彼はリュウガ殿によるシステム干渉を逆手に取り、『奇跡の再現』を謳って国内外に散っていた兵力を集結。最新の魔導武装で強化し、今や王都最大の軍事組織と化している。彼らにとって、リュウガ殿は奪うべき『神の権能』そのものです」
「騎士団長か。信仰を盾にした軍事独裁だな。不合理の極みだ」
リュウガが淡々と切り捨てる。
「次に『魔導技術院』。ギルベルト院長は、自律型戦闘オートマタの増備を急いでいます。彼らはナノマシンを『制御可能な資源』と誤認し、この世界の物理法則そのものを書き換えようとしている。彼らにとって、エリアーナ様は自らの正当性を脅かす『異端の天才』です」
「あいつら、技術を自分の虚栄心を満たす道具だとしか思ってないのよ」
私は吐き捨てるように言った。思い出すだけでも腹の立つことばかりが頭をめぐっている。
「そして三つ目。……『王政復興派』。セーラ様のような進歩派とは異なり、彼らは血統と身分という古い体質にのみ固執する超保守派。セーラ様の財力は利用しますが、その価値観は一切共有していない。現状を打破しようとするあらゆる動きを、伝統の名の下に徹底的に阻害してくる連中です」
「……つまり、王都は今、武器を持った狂信者と、自尊心だけの研究者、それと、過去に縋るだけの老害たちの掃き溜めってわけね」
私は地図を見つめ、拳を握りしめた。
「リュック、聞いた? これが私たちの行く先よ」
「ああ。検知した次元震のノイズからも、システムの過負荷は明白だ。この三勢力の争いが、世界の『削除プロトコル』を誘発している。放置すれば、王都は住民ごと消滅するだろう。……潜入中のヴィオラたちの報告を待ち、最短ルートで介入する」
リュウガの瞳が、黄金色のAdmin回路を映し出す。
「俺たちの目的は決まっている。……物理法則の調律。そして、その障害となる『トライアド』の排除だ」
「……そのために、明日はいよいよ『最後の鍵』を揃えるわよ」
私は、地下ドックで眠る残りのシスターズたちを想い、リュウガを見上げた。
「テューバ、ハープ、ボーン、オーボエ。……私の最高傑作が揃えば、もう誰にも文句は言わせない。……王都のバグも、リュックを狙う不届きな連中も、全部まとめて私のフルオーケストラで上書き(オーバーライド)してあげるわ!」
その力強い宣言に、メイド服姿のシスターズたちが一斉に集まり、私を囲んだ。
「母様、その意気ですわ!……ですが、まずはドレスの裾をこれ以上踏まないよう、歩行ログの最適化をお願いします(微笑)」
「オルガァ!! 余計なお世話よぉぉ!!」
晩餐会の喧騒は、夜更けまで続いた。
それは、明日から始まる「再構築」という名の戦争を前にした、束の間の、そして不完全な家族のシンフォニーだった。
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