第30話:【離反】共鳴の果てに、リディアの決断
廃城の空が、黄金と銀の火花で焼き尽くされていた。
「全機、第三楽章――『不協和音の克服』!! 彼女の計算速度を、共有知能で上回るのよ!!」
私のタクトが激しく宙を舞う。
新生シスターズの7人は、もはや個別の存在ではない。長女チェロを起点としたMNWは、リディアのコンパイラによって文字通り「一つの脳」へと昇華されていた。一体のセフィラが最適解を導き出す間に、彼女たちはその7倍の速度で「失敗という名の貴重な経験」を共有し、次の瞬間にはそれを「既知のパターン」として踏み台にする。
「……学習速度、異常。……私の予測を、0.003秒、いや0.01秒先読みされている!?」
初めてセフィラの無機質な声に、明らかな動揺が混じった。彼女が銀の刃を振るうたび、チェロと次女オルガが展開する『二重重力障壁』がそれを真正面から受け流し、同時に三女コルネと五女ユーフィが死角から高圧縮マナの狙撃を叩き込む。
「……Admin奪還、失敗? ……いいえ、論理的帰結として……排除プロトコルを『暴走』へシフト」
セフィラのアンビリカルケーブルが赤黒く変色し、廃城の動力を無理やり逆流させた。彼女の周囲で物理定数が激しく明滅し、空間そのものが悲鳴を上げ始める。
「危ない! あれ、自爆に近い出力開放よ!!」
リディアの叫び。だが、その時、泥と油にまみれたサイドカー付きバイクが、重力を無視して瓦礫の壁を駆け上がった。
「ルーテちゃん! そこだ! 第3ジョイントの接合部、マナと物理の結合が唯一途切れるコンマ1秒の隙があるぜ!!」
ヴォルフが鼻血を垂らしながら、ハンドルを片手で操作して絶叫する。
「……不潔。名前で呼ぶなと言っています。ですが、……有効なデータは、仕方がないので受理します」
四女ルーテが加速路を限界まで圧縮し、黄金の閃光となった。7人の和音が一点に集束し、ルーテの高周波双剣がAdmin権限の全出力を乗せて、セフィラの「枷」を断ち切る。
――ガキィィィィィィィン!!
物理的な鎖と、魔導的な因果。その両方が両断され、セフィラの背後で蠢いていたアンビリカルケーブルが、断末魔のような火花を散らして千切れ飛んだ。
エネルギー源を失い、システムが不安定になった銀の獣。
『……今だ。……エリー、俺の位相を合わせろ。……一気に「再定義」する』
檻の中から、リュウガの黄金の腕が実体を伴って伸び、セフィラの額を優しく突いた。
黄金のAdmin回路が彼女の全身を駆け巡り、暴走していたOSを強制的にパージしていく。
世界から音が消え、ただ柔らかな光だけが平原を包み込んだ。
銀の鎧が砕け散り、その中から現れたのは、ただの小さな少女だった。
「……管理者(Admin)……。私は……どこで、間違えて……」
「……お前は間違えていない。……ただ、少しだけ独りすぎただけだ」
リュウガの腕の中に、休止状態に入ったセフィラが倒れ込む。ヴォルフがバイクを乗り捨て、涙を流しながら駆け寄った。
「セフィラ……! よく頑張った、よく頑張ったな……。もういい、ゆっくり眠れ。俺の不潔な油の匂いで、安心させてやるからな……!」
ヴォルフが感極まって愛娘を抱きしめる。だが、その腕の中でゆっくりと瞳を開けたセフィラは、至近距離で漂う強烈な油の匂いに、即座に眉をひそめた。
「……汚い。……不衛生。……離れてください、脂ギッシュ油男。センサーが腐ります」
「ガーン!? 感動の再会シーンだろここぉぉ!! お父さん、泣いてるんだぞ!!」
絶叫するヴォルフをゴミでも見るような目で見つめ、セフィラは無慈悲に彼を突き放して立ち上がる。そこへ、勝利を確信したシスターズたちが一斉に駆け寄ってくる。
「お帰りなさい、セフィラ。……もう、独りで戦わなくていいのですわ」
長女チェロが優しく微笑み、シスターズたちがセフィラを取り囲んだ。セフィラは、声を振り絞り、深々と頭を下げた。
「……ごめんなさい、お姉様たち。……ご迷惑を、おかけしました。本当に、ご、ごめんなさい……」
「「「「「「「きゃああああああ!! かわいぃぃぃいいい!!」」」」」」」
シスターズ7人が一斉に悶え、凄まじい「てぇてぇ」の嵐が吹き荒れる。もはや戦場の緊張感は塵一つ残っていない。
あまりの光景に毒気を抜かれていると、リディアの通信端末が、技術院の最高優先順位で発光した。投影されたのは、王都技術院長ギルベルトの冷徹な顔だった。
『リディア・スカーレット。管理者およびエリアーナの確保に失敗したと判断する。……プランBを起動しろ。旧人類の身柄を強制的に確保し、反逆者エリアーナをその場で抹殺せよ。……これは院の総意だ』
リディアが顔を上げ、周囲を見渡した。
大破しながらも私を守ろうとするシスターズ。命を懸けて時間を稼いだリュウガ。そして、いま生まれたばかりの温かい家族の輪。
「……ふん。あんな無能な老人たちに、私の美学は売らないわ」
リディアは一切の躊躇なく、掌の中の端末を握りつぶした。
そして、自身のドローン部隊を通じて、全MNWへと響く最大出力の声明を放った。
「全世界の技術院へ告ぐ! 私はこれより、独断でエリアーナ・アルテミシアの逃走を支援する! 邪魔するものは教団だろうが技術院だろうが、この私がすべて塵にしてあげるわ!!」
それは、王都の至宝が明確に世界と決別した瞬間だった。
「リディア……あんた、本気なの!? 技術院を捨てたら、もう居場所なんて……!」
「勘違いしないで、泥棒猫。貴女を助けるのが一番効率が良いと、私の知性が判断しただけよ。……それに、二番目の助手なら空いてるんでしょう?」
「……フン、言ってくれるじゃない。歓迎してあげるわよ!」
「リディア様ぁぁぁ!! 一生付いていきます! 物理的に、一生!!」
ヴォルフが目を輝かせて叫んだ瞬間、リディアの冷徹な眼差しが彼を射抜いた。
「……黙りなさい、この不浄な質量体。物理的に10メートル以内に近づかないで。私の視界に入るだけで演算エラーが起きるわ。貴方の存在そのものが、私の美学に反する最大級のバグよ」
「……うおぉぉ! その拒絶の入射角……完璧だ……っ!!」
「ホント気持ち悪いわね、この男……」
セフィラが軽蔑を込めて呟き、リュウガの陰に隠れる。ヴォルフがこのパーティの最下位に固定された瞬間だった。
そこへ、カイルを連れたセーラ公爵令嬢が歩み寄ってきた。
「エリアーナ、わたくしたちも協力しますわ。アークの輸送機はすでに手配してあります」
「セーラ!? でも、あからさまに王国や教団に反旗を翻して大丈夫なの? 下手したらアストレイド公爵家そのものが……」
私の不安げな問いに、セーラはふっと微笑んだ。だが、その微笑みはいつもの優雅なものではなく、芯まで凍りつくような、深淵の冷たさを湛えていた。
「……大丈夫か、ですって? エリアーナ。わたくしを……このセーラ・スカーレットを本気で怒らせたことを、骨の髄まで、魂の末端まで、後悔させてやりますわ」
彼女の背後に、魔導回路を励起させたカイルが音もなく立つ。
「わたくしの領地を汚し、わたくしの友人たちを傷つけた……。その代償として、王都アステリアごと清算して差し上げますわ。……徹底的に、エレガントにね。ふふ、ふふふ……」
「……っ!」
その暗い美しさを纏った殺気に、リディアも、ヴォルフも、そしてシスターズたちさえもが、石像のように凍りついた。
「……お嬢様。こうなったお嬢様は、わたくしでも止められませんので。……皆さま、王都が地図から消える前に、目的を果たすことをお勧めしますよ」
カイルが悟りを開いたような顔で、深々とため息をついた。
私たちは輸送機にアークを連結し、全速力で離脱を開始した。
新たな目的地――そして決戦の地、王都アステリアの深淵へ。
『【解析】リディア様、正式に「離反」完了ですわ。これにより、世界で最も不合理なカルテット・エンジニアが誕生しました(・∀・)』
『【実況】エリー様、ライバルの加入に危機感を覚えつつも「これでまた賑やかになるわね……」と、実は少しだけ嬉しそうですわ。……てぇてぇの極致、でございます。第2部前半・完!』
「嬉しいわけないでしょ!! さあ行くわよ、王都のバカ共を全員まとめて、私のタクトで跪かせてやるんだから!!」
黄金のラインを輝かせたシスターズたちが、夕焼けの空へと舞い上がった。
―― 一方。
後になってリディアのドローン映像で知ったことだが、遠く平原の端では、第一審問官イグニスがアークより一足先に、重い足取りで王都を目指していたらしい。
「……奇跡はまだ潰えてはおらぬ。……今は引くのだ。王都へ戻り、教団の全兵力を集結させよ」
彼は残党をまとめ上げ、白銀の甲冑を翻して王都への帰路に就いていたのだ。
先の作戦は、大失敗であった。多くの兵士を失ってしまった。
だが、そんなことも彼にとっては些細な事であった。
異端者を滅する。
ただ、それだけが彼の行動原理であった。
その瞳には、さらなる大兵力をもって異端者たちを根絶やしにする、狂信的な粛清への決意だけが燃えていた。
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