第27話:【結集】暫定同盟、四人の天才
「……待って! 行かないでリュック!! あんたまで消えたら、私は……私は誰のために、こんな鉄の人形を作ればいいのよ! あんたがいない世界なんて、バグだらけで見る価値もないわよ! 勝手にヒーローにならないでよぉぉ!!」
大破して部品が散らばったシスターズの残骸の真ん中で、私は鼻水も涙もぐちゃぐちゃにして叫んでいた。
だが、目の前のリュウガは振り返らない。全身から溢れ出す黄金のAdmin回路が、暴走するセフィラの放つ銀の振動を力ずくで抑え込んでいく。
ナノマシンによる防御フィールドが展開されるよりも速く、物理的な圧力のみで千切られたルーテの首。教団が『奇跡』と呼ぶ現象が、純粋な質量と振動の前にどれほど無力で非効率な『遅れ(ラグ)』であるかを、私は娘たちの死骸を通じて突きつけられていた。
「……エリー、泣いている暇があるなら手を動かせ。……俺が、72時間だけこの座標を『不変』に固定してやる」
リュウガがセフィラの振るう白銀の刃を、黄金の素手で掴んだ。
衝撃波が廃城を内側から食い破る。彼がAdmin権限を95%まで解放した影響で、リュウガの身体はノイズのように透け、電子の塵となって今にも消えかかっている。
「……システム、強制一時停止。……個体名セフィラ。……お前の演算を、俺の存在そのもので相殺する。……エリー、その間に『答え』を見つけろ」
リュウガがセフィラの額を指先で突いた。その瞬間、世界から音が消えた。
黄金の光が炸裂し、リュウガ自身が巨大な「回路の檻」となってセフィラを封じ込める。白銀の獣が沈黙し、彫像のように動かなくなる。だが、その代償としてリュウガは、黄金の檻の中に囚われたまま、私たちの前から実体を失った。
『【解析】エリー様、人生最大の「絶望」を記録。……なお、リュウガ様の消え際のセリフに対し「勝手なこと言って、後で絶対にお説教(および膝枕の刑)よ……!(`・ω・´)」と、執念深く再会を誓っておりますわ(・∀・)』
「ファーファ! こんな時にまで私の脳内を実況しないでよぉぉ!!」
絶叫する私の周りでは、地上施設が跡形もなく崩壊していた。
瓦礫に埋もれたアークの基幹ユニット。精密旋盤も予備のフレームも、セフィラの振動で分子レベルまで破壊され、ただのゴミの山に変わっている。
「……無理よ。アークの設備もボロボロ。72時間なんて、一瞬で過ぎちゃうわ……。魔導回路を一から引き直して、この強固なセフィラに対抗できる素体を作るなんて、この環境じゃ……っ!」
膝を突き、泥を噛む思いで項垂れる私の肩を、優雅な手つきが叩いた。
「……お嬢様。絶望するのはまだ早うございます。リュウガ閣下があれほどの覚悟を示されたのです。私たちは、それに応えるのが責務かと」
埃の中から現れたのは、セーラの執事カイルだった。彼は先ほどまでの凄惨な戦闘中、人間には手出しできないと悟り「静観」を貫いていたが、彼の提案が私たちに希望をもたらした。
「この廃城のさらに地下深く……記録にも残っていない『第零世代型』のさらに古い実験室が存在することを思い出しました。次元震が起きる前、ナノマシンに依存せず『物理』を極めようとした狂った天才たちが遺した、鋼鉄の揺り籠です。アークのバックアップデータと連動させれば、あるいは……」
私たちは、リュウガが命を懸けて止めたセフィラをその場に残し、カイルの案内で城の深奥、未知の暗闇へと滑り込んだ。
辿り着いたそこは、カビと油の匂いが混ざり合う、旧文明の「真の聖域」だった。現代の華やかな魔導設備とは正反対の、無骨で巨大なプレス機、そして剥き出しの工学設備。そこには魔法という名のバグが介入する余地のない、重力と熱力学だけが支配する純粋物理の世界が広がっていた。
『……ログ照合。……プロトコル「アイアン・エイジ」を確認。……ここは、Admin以前の禁忌が眠る場所か』
アークの通信端子から、実体を失ったはずのリュウガの声が響いた。ノイズ混じりだが、その声はどこか懐かしんでいるようにも聞こえた。
「リュック!? あんた、ここを知ってるの?」
『……直接訪れた記録はない。だが、Adminデータベースの最深部に「抹消済み」として封印されていた座標だ。……ナノマシンの「魔法」に頼らず、純粋な物理的強度のみで神に挑もうとした者たちの遺産。……エリー、お前がいつも言っている「愛(不合理)」の原典がここにある』
「リュック……。そうね、これならいけるかも! シスターズのシステムは、破壊される直前10秒前までの全データをアークに自動同期している。あとは、このラボの設備で『物理的な耐久性』を極限まで高めた強化素体を作り直し、彼女たちの魂を流し込むだけ……!」
ラボの石床に、大破した娘たちを並べる。腕のないチェロ、センサーの砕けたヴィオラ。
だが、絶望に沈む私の背後から、二つの足音が響いた。
「あら、ようやくエンジニアの顔に戻ったかしら?」
「ハッ! 魔法なんていうお遊びがセフィラ(物理)に負けたんだ。なら、俺の物理工学の極意で、その姉ちゃんたちを最強の機体に組み換えてやるぜ!」
現れたのは、旗艦を失ったリディアと、トレーラーを失ったヴォルフだった。
「リディア……ヴォルフ……。あんたたち……」
「勘違いしないで。あんな無能な技術院の老人たちの命令を聞くより、あの『銀の獣』を技術的に屈服させる方が、よっぽどエレガントだわ」
「俺もだ! リディア様と同じ空気で作業できるなら、俺の熱力学のすべてをくれてやる! エリー、お前の『データベース』に、俺の『骨組み(物理)』を、そしてこの女王の『演算』をブチ込むんだ!」
ヴォルフは鼻血を垂らしながらも、リディアと同じ空間で作業できることに猛烈に興奮していた。
「……リュウガから通信が入っていますわ。Admin統合権限、一部共有。……これより、人類史上最も不合理で、最も強力なチームを結成しますわ」
ヴィオラの欠けたセンサーが点滅し、檻の中に囚われたリュウガの数式をラボに投影した。
『【実況】暫定同盟:カルテット・エンジニアの誕生ですわ。エリー様の「身体構築」、リディア様の「超高速コンパイラ」、ヴォルフ氏の「熱力学出力」、そして父様の「システム統合」。……シスターズ再編手術、開始でございます!』
ファーファの実況が、地下の静寂を塗り替える。
データベースに刻まれた「心」と「10秒前の死の記憶」を抱きしめて。
物理定数の死滅に耐えうる、最強の「器」を与えるために。
リュウガが命を削って稼いだ72時間。史上最大の「知の無駄遣い」が、いま幕を開けた。
「ヴォルフ、そのボルトの締め方は雑よ! リディア、そこのコードを私の回路に繋ぎなさい!」
「うっさいわね、このお子様令嬢! 私のコンパイラがなければ、あんたの娘は二度と立ち上がれないのよ!」
『【解析】エリー様、絶望を乗り越えヤンデレから「修羅のエンジニア」へ変異中。……「これが終わったらリュックと祝杯(新婚の晩酌)よ!」と、執念の演算を継続中です(・∀・)』
「もう勝手になさい! 全員まとめて、最強に作り直してやるんだから!!」
――と言いつつ、私は無言で作業台の『超強力電磁石』のスイッチを最大に入れた。
『ぎゃあぁぁ! ファーファのメモリが物理的に飛ぶお! 引力で天井に張り付いちゃって降りられないおー!!』
「そこで逆さ吊りのまま、静かに反省してなさい。……さあ、作業を続けるわよ」
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