第26話:【惨劇】暴走する銀の獣、シスターズ敗北
それは、もはや「戦闘」という概念すら生ぬるい、一方的な「存在の抹消」だった。
廃城の平原を埋め尽くした神聖教団『イグニス』の白銀の軍勢。数千の重装騎士たちが一斉に膝を突き、空が黄金色に染まるほどの聖歌を唱和した。彼らが「神の雷」と呼ぶ高エネルギーの過負荷ナノマシンが、ヴォルフのトレーラーを、その中に眠るセフィラを直撃した。
だが、その一撃こそが、旧文明の悪夢を解き放つトリガーとなった。
――キィィィィィィィィィン!!
鼓膜を直接削り取るような高周波の絶叫。
コンテナが内側から、物理的な限界を超えて爆砕した。破片が宙で静止し、その中心から白銀の装甲を纏った少女――特務機セフィラが浮上する。彼女の背中からは、廃城の動力炉から莫大なエネルギーを吸い上げる無数のアンビリカルケーブルが、血管のようにのたうちながら平原を這っている。
「……外部干渉を確認。全対象を、論理的障害と定義。……排除プロトコル、最大出力」
セフィラを中心に、透明な「波紋」が広がった。
――ズ、ゥン。
音が死に、空気が物理的に押し潰されたような重低音。
次の瞬間、最前列で錫杖を掲げていた審問官たちから、その背後に控えていた数千の騎士たちに至るまで、その姿が「砂」のように崩れ落ちた。
叫びを上げる暇さえない。肉体を繋ぎ止める細胞結合、鎧を成す分子結合――そのすべてが、セフィラの放つ超高周波の共振によって一瞬で断ち切られたのだ。
魔法陣の輝きも、爆炎の余熱もない。ただ「そこに物質が存在するための定義」を物理的にデリートされた結果、数千の武力は一瞬で無機質な灰へと変わり、平原には死の静寂だけが残った。
「……あ、あぁ……。俺の騎士団が、一瞬で……塵になっただと……?」
第一審問官イグニスが、自らの足元が塵の山へと変わっていくのを見て、その場に崩れ落ちた。数千の命は、白銀の獣が放ったただ一撃の「共振」によって、地図から消滅したのだ。
「止まれ、セフィラ! 俺だ!! お前のマスターだ!!」
ヴォルフが狂ったように駆け寄るが、セフィラはその真紅の瞳を無機質に転がす。
「……マスター・ヴォルフを確認。……不快な情動。……除染します」
セフィラが左手の大剣を無造作に払った。ただの風圧ではない。物理振動を伴った衝撃波が、ヴォルフの多機能アームの原子結合を直接揺さぶり、飴細工のようにひしゃげさせながら彼を数十メートル後方へ吹き飛ばした。
すんでのところで、オルガがヴォルフをキャッチしなければ、そのまま絶命していた可能性が大きい。
「ターゲット、Adminおよびその随伴ユニット。……消去を開始」
「……来るわ! 娘たち、全員戦闘形態へ換装!! 全力で、死ぬ気で、リュックを守りなさい!!」
私の絶叫に呼応し、シスターズ7人が飛び出した。それは、これまで共に戦い抜いた彼女たちの、持てる戦術のすべてを注ぎ込んだ最後の「合奏」だった。
「コルネ、ユーフィ! 前衛、強襲! クララ、ヴィオラ、後方から最大火力投射!!」
まず動いたのは、三女コルネと五女ユーフィ。
「燃えちゃえぇぇ!!」
「いっくよおぉぉぉん!!」
空高く飛びあがったコルネが熱励起を全開にした炎の斬撃を繰り出し、その炎の渦に紛れるようにして獣化形態のユーフィがセフィラの死角――ケーブルの付け根へと牙を剥く。炎と野性の完璧な同時攻撃。
だが、セフィラは微動だにしない。
「……熱運動、強制減衰。……生体組織、結合脆弱化」
セフィラの周囲の空気が一瞬で絶対零度まで凍りついた。コルネが放った極大の熱量は、ナノマシンによる強制的な運動停止によって予兆もなく「消失」。さらに空中で静止したユーフィの全身を、セフィラの手から放たれた目に見えない「振動波」が直撃した。
「……カハッ!?」
バキバキと、骨が砕けるような、いやフレームが破砕される音が響く。ユーフィの右腕が、衝撃に耐えきれず原子レベルでの結合崩壊を起こし、付け根からねじ切れ、宙を舞った。コルネもまた、メインフレームが歪むほどの衝撃で地面へと叩きつけられた。
「演算完了しましたわ。……射線、固定。いきますよわ、クララ!!」
「了解、ヴィオラ! ターゲット・ロック。……てぇてぇ崩壊、させますわ!!」
間髪入れず、後方から七女クララの重魔導砲と、六女ヴィオラの精密狙撃がセフィラの頭部を射抜く。二筋の光が、セフィラの眉間で交差する――はずだった。
「……波形干渉。……反射プロトコル」
セフィラが掌をかざすと、飛来するエネルギー弾が彼女の眼前の「空間そのもの」で反射。光学的、物理的な因果律を Admin権限を介さず「物理共鳴」のみでねじ曲げ、攻撃を正確に発射元へと回帰させる。
「あ……っ!!」
爆発。クララの重魔導砲は砲身から爆砕し、彼女の頭部装甲を削り取る。ヴィオラは自身の狙撃をその目に受け、センサーユニットが砕け散って視界を失い、血を流して崩れ落ちた。
「おのれぇぇ!! 母様を、いじめてはいけませんわ!!」
「……Op. グラビティ・シールド! 姉妹たちを、回収します!!」
次女オルガと長女チェロが、盾を重ねて決死の突撃を敢行する。オルガが分解槍を突き出し、チェロが重力壁でその後方を支える「剛の盾と矛」。
しかし、セフィラは右手のダブルブレードを無造作に、ただ一閃した。
――パリン。
チェロが誇る「慣性を支配する」重力盾が、セフィラの放つ「物理的な再定義」を前にして、ガラス細工のように無残に砕け散った。刃はそのままチェロの左肩を、オルガの胴体フレームを、深いスライスを描いて通過した。
「あ、ぁ……っ」
チェロの左腕が、オルガの華奢な腰から下が、物理法則を晒して別々の方向へ転がる。
四女ルーテが、加速路を限界まで圧縮し、音速を超えてセフィラの首元へと迫る。
「みんなが作ってくれたチャンス!」
だが、セフィラは振り返りもせず、空いた掌でルーテの顔面を掴み、そのままの勢いで石床へと叩きつけた。
「……空間密度、固定」
ルーテの頭部が地面にめり込む。ナノマシンによる防御フィールドが展開されるよりも速く、物理的な圧力のみで彼女の細い首の関節が千切れ飛んだ。
「ああ……ああああ!! 私の、私の娘たちが!!」
廃城の庭は、わずか数分で「死体」の山へと変貌した。
腕を失い、脚を断たれ、胸を貫かれ、頭を砕かれた7人の娘たち。
「嫌よ……そんなの、絶対に嫌!!」
私は泣き叫びながらも、引きちぎられたルーテの首と胴体の接合部に、素手で導電性ジェルを塗りたくり、予備のケーブルを無理やりハンダ付けしていた。
「アークのバックアップに同期するまで、あと10秒……! メモリを焼き切らせないで! 物理的にバイパスを通すから、魂だけは手放さないでよぉぉ!!」
シスターズを片付けたあと、上空に展開するリディアのドローン部隊がセフィラの餌食になった。ドローンは為す術もなくただの鉄の砂となって空から降り注いでいる。
セフィラが、ゆっくりと地に降り立つ。
引きずられるアンビリカルケーブルが、彼女に無限の殺戮エネルギーを供給し続けている。
彼女は、大破して動けなくなったシスターズたちを「ゴミ」のように見下ろし、最後の一撃――リュウガと私をこの世界から消し去るためのエネルギーを、その白銀の両手に充填し始めた。
「……消去まで、あと10秒。……さようなら、不完全な管理者」
絶望が、私の視界を真っ暗に染めようとした時。
震える私の肩を、大きな手が力強く押し、前に出た。
「……エラーログが多すぎるな。……シスターズを回収しろ、エリー。……ここからは、管理者の仕事だ」
リュウガの背中。
Adminの回路が全身を駆け巡り、彼の周囲の空間が、セフィラの振動と衝突してパチパチと黄金の火花を散らす。
『【警告】シスターズ、全機沈黙。リュウガ様、現存Admin権限の95%を解放。……これ以上の行使は、存在の消失を招きます』
ファーファの声に、いつもの毒はない。ただ冷徹な事実を告げる警告だけが、虚しく平原に響いた。
「嫌よ……リュック、行かないで! あんたまで消えたら、私はどうすればいいのよ!!」
銀の獣が地を裂く咆哮を上げ、管理者の黄金がそれを迎え撃つ。
廃城を包む不協和音は、修復不能な悲劇の旋律を奏でようとしていた。
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