第25話:【狂信】教団の暴挙、不完全な覚醒
廃城を囲む平原の緊張は、数時間に及んでいた。
上空にはリディアの空中旗艦。地上にはヴォルフの重装甲トレーラー。そして、それらを包囲するように布陣する、神聖教団『イグニス』の白銀の軍勢。
「……ねえ、リュック。あいつら、さっきから何をごにょごにょ祈ってるのかしら。ぶっちゃけ、不気味すぎて鳥肌が止まらないんだけど」
私はアークのモニター越しに、教団の最前列で錫杖を掲げる男――第一審問官イグニスを睨みつけた。
「……ナノマシンの局所的な収束。彼らは『祈り』という音声プロトコルを用いて、大気中のType-Gaiaに高負荷をかけている。……非合理的だが、出力だけは無視できないレベルだ」
リュウガが淡々と答える隣で、私は忌々しげに吐き捨てた。
「……最悪よ。私はリディアのような鼻持ちならないエリートも嫌いだけど、あの教団の連中はもっと嫌い。あいつら、自分たちが使っているのが旧文明の『科学』だって認めないのよ。全部『神の奇跡』で済ませて、構造を理解しようとする努力を『不敬』だって切り捨てるの。技術院と教団は、まさに水と油。……知性を放棄した奴らに、機械(この子たち)を語ってほしくないわ」
『【解析】エリー様、教団の「思考停止」なドグマに対し、エンジニアとしての矜持が激しく拒絶反応を起こしています。ヤンデレ指数に代わり、本日は「嫌悪指数」がカンストしております( ゜д゜ )』
「母様、お気持ちは分かりますわ。あの方々のマナ波形は、規律ではなく『狂信』で歪んでいます。……生理的な嫌悪感を覚えますわね」
おかっぱ頭の長女チェロが、珍しく不快そうに眉をひそめた。彼女のナノマシン構成された感覚受容体が、教団のマナ集束に伴う非効率な熱漏れと、その不快なオゾンの匂いを敏感に拒絶していた。
「あはは……。ボクもあいつら苦手だよ。炎の出し方がなんだか『暗い』んだ。魔法だとか言うけど、あんな論理がない熱なんて、ただの火事だもん」
三女コルネが愛剣を握り直し、モニターに映る白銀の甲冑群を睨む。
神聖教団騎士団長イグニス。
彼らは失われた技術の断片を「聖遺物」と呼び、その制御コードを「聖歌」として継承している。彼らにとって、リュウガのようなAdminは「神の座を盗もうとする悪魔」に他ならない。
「ヴォルフ、セフィラはまだ出さないの? ぶっちゃけ、あの子がいてくれた方が心強いんだけど」
「バカ言え! セフィラは過剰戦力なんだよ! おまけに調整不足で、今はコンテナ内で動力炉からの直接給電が必要な状態だ。今あいつを無理に叩き起こしてみろ、この辺り一帯の物理定数がめちゃくちゃになるぞ!」
ヴォルフが焦ったように叫んだ、その時だった。
第一審問官イグニスが、ヴォルフのトレーラー内に安置された『セフィラ』のコンテナを指差して叫んだ。
「見よ! あの鉄の箱に眠るは、旧文明の傲慢が生んだ悪魔の依代なり! 神の雷を以て、かの穢れを焼き払え!!」
「は!? ちょっと、あの石頭! ヴォルフの最高傑作を壊すつもり!? リュック、止めなさいよ!!」
「……やめろ、イグニス。それは眠れる獅子の尾を、それも最悪のタイミングで踏む行為だ。その機体は――」
リュウガのAdmin権限による警告も、狂信に支配された耳には届かない。
教団の魔導騎士たちが一斉に唱和を開始した。空が不自然に黄金色に裂け、巨大な雷光――過負荷状態のナノマシン奔流が、セフィラのコンテナへ向かって一直線に降り注いだ。教団の非効率な演算がもたらす『溜め』のラグが終わり、大気を無駄に加熱しながら、不快な光が地を打つ。
セフィラは目覚めたものの、まだ整備が完全ではなくて定期的にコンテナで充電というメンテナンスが必要なのだ。そのコンテナに天誅としての雷。だが、それは地獄の門を開ける行為だった。
「――っ! バカ野郎どもがぁぁぁ!!」
ヴォルフの悲鳴が響く。
直後、天地を揺るがす轟音と共に、トレーラーが光の柱に飲み込まれた。
爆煙を切り裂いて現れたのは、破壊の跡ではなかった。
――キィィィィィン!!
鼓膜を直接削るような、高周波の振動。
爆散したコンテナの破片が宙で静止し、その中心から「それ」が浮上した。
白銀の装甲を纏った少女。特務機セフィラ。
彼女の背中からは、パチパチと電気がほとばしり、白い湯気が立ち上がっている。さらに、廃城の重力崩壊動力炉へと繋がる無数のアンビリカルケーブルが、血管のようにのたうちながら伸びている。ケーブルを通じて供給される膨大なエネルギーが、彼女の機体を物理的な臨界点へと押し上げていた。
「……外部干渉を確認。……未完成OSへの強制アクセスを検知。……生存本能、最優先起動。……脅威判定、レベル:マキシマム」
セフィラの瞳が、不吉な真紅に発光した。
彼女の周囲では、物理的な『振動』によって空気が歪み、地面の草木が触れてもいないのに塵へと変わっていく。一度はリュウガによって穏やかに目覚めたはずの彼女が、教団の「奇跡」という名の過負荷によって、破壊兵器としての本能を叩き起こされてしまったのだ。
「……ビーストモード!? ……これより、物理法則の死滅が始まる。エリー、俺から離れるな!」
リュウガが咄嗟に私の腰を引き寄せ、その広い胸の中に抱き寄せた。
突然の密着。彼の心音と体温がダイレクトに伝わり、心臓が爆発しそうになる。その手からは、教団の連中が撒き散らす不快な熱気など微塵も感じられない。あるのはただ、生命活動を最適化したAdminとしての確かな質量と、私を守るという一点に特化した揺るぎない温度だけだ。
「ひゃ、ひゃああっ!? ちょっとリュック、こんな時に何を……っ!」
「不合理な動揺は捨てろ。セフィラが動くぞ」
『【実況】エリー様、未曾有の危機的状況により「吊り橋効果」が臨界突破。恐怖と興奮で脳内回路がスパークしております(・∀・)』
『ヴィオラ、観測。セフィラの波形、Adminによる制御を離脱。……あれは「対・対調律者用」の自律防衛システム……文字通りの怪物ですわ』
セフィラが、右手のダブルブレードを旋回させ、左手の大剣を無造作に振り下ろした。
――透明な衝撃。
魔法陣も、火花もない。ただ、空気が「震えた」だけ。
慣性をデリートした彼女の動きは、視覚情報を置き去りにし、教団の兵たちが張っていた不完全な幾何学的障壁を、物理的な共鳴振動で文字通り「咀嚼」するように粉砕していく。
それだけで、教団の最前列にいた重装騎士たちが、盾も鎧も肉体も、砂の城が崩れるように粉砕され、消失した。
「バカな……神の雷を弾き、我が最強の騎士たちを一瞬で……!? あ、あれは本当に人形なのか……!?」
イグニスが腰を抜かし、泥まみれになって後ずさる。
「母様……あの子、危険すぎますわ。……私の重力障壁でも、あの振動を完全に相殺しきれる自信がありません」
長女チェロの顔が、戦士としての本能で強張っている。慣性を支配する彼女ですら、物理法則そのものを書き換えて「解体」を迫るセフィラの波形には、本能的な恐怖を感じていた。
「あはは……。ボクの炎も、近づく前に『分子レベル』で消されてるよ……。タイチョー、あの子、本気で全部デリートするつもりだ!」
ケーブルを引きずりながら、セフィラは無機質な瞳で平原の全てを――リディアも、ヴォルフも、教団も、そして私たちをも――「消去対象」としてロックした。
「……全対象、論理的消去へ移行。……私は、管理者(Admin)を守るために、世界を解体します」
制御不能な古代技術の「牙」。
アンビリカルケーブルを生命線とした銀の獣が、いま、地獄のシンフォニーを開演させた。
『【最終実況】エリー様、リュウガ様の腕の中で「このまま死んでもいいかも……('ω')」と一瞬だけ現実逃避しましたが、セフィラちゃんの殺気に当てられて正気に戻りました。……さあ、命懸けの「夫婦喧嘩」の始まりですわ!』
「誰が夫婦よぉぉ! っていうかリュック、早くあの子を止めてーーー!!」
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