第22話:【矜持】技術者の信念と白銀の脈動
「いい? よく聞きなさいよ、この油まみれ男。機械っていうのは、魔法の源泉であるマナ(ナノマシン)の流動をいかにエレガントに制御するかで決まるの。あんたのセフィラとかいう子は、関節駆動がガチガチすぎて、見てるこっちの回路がショートしそうだわ!」
廃城のラボ。私は、白銀の少女――セフィラの内部構造図を指差し、ヴォルフに向かって吠えていた。
ヴォルフが持ち込んだ『物理工学』の設計図は、私にとって未知の領域ではあった。けれど、魔導人形師としての私の誇りが、その「不格好な合理性」を認めることを拒否している。
「ハッ! エレガントだぁ? 寝言は寝て言え、お嬢ちゃん。お前らが魔法と呼んでいるものは、環境制御ナノマシンへの冗長な命令プロトコルに過ぎない。発動までの1秒近いラグ、制御しきれずに漏れ出す余剰熱、そして鼻を突くオゾンの匂い……。そんな不確定なリソースに頼るから、土壇場で演算が狂って死ぬんだよ! 俺のセフィラはな、純粋な『慣性』と『トルク』だけで魔法の障壁をブチ抜くように設計されてんだ。装飾で誤魔化してるお前のシスターズとは年季が違うんだよ!」
「なっ……フリルは装飾じゃないわ、計算されたマナ放射用の放熱板よ!! あんたの言う『物理』こそ、宇宙の広大なリソースをたかが質量攻撃のためだけに浪費する、野蛮で非効率な『過去の遺物』じゃない!」
『【解析】エリー様、専門用語を並べて反論中。なお、内心では「セフィラのウエストの細さと、自分のそれを見比べて絶望( ゜д゜ )」という余計な比較演算を実行しています』
『ヴィオラ、補足。エリーの心拍数は上昇。ヴォルフ氏の「質量攻撃」という概念に対し、物理的な敗北感を感じ始めているようです。……非効率な意地ですわね』
『てぇてぇ……というよりは、泥沼の技術者会談ですわ。……熟年夫婦の喧嘩にも見えますわね(微笑)』
「クララ! 誰がこんな油男と夫婦よ! 死んでもお断りだわ!! わ、わたしの、だ、旦那さまは、リュ、リュウガしか……ごにょごにょ……」
私が実況トリオに絶叫していると、今まで無言でセフィラの首筋に指を触れていたリュウガが、静かに口を開いた。
「……ヴォルフ。お前の設計思想は、世界の物理定数の限界に挑んでいる。魔法という名のバグを物理的な『共振』で打ち消すアプローチは、Adminの視点から見ても非常に効率的だ」
「ガハハ! だろう? 管理者サマには話が通じるぜ!」
「……だが、不十分だ。お前の設計は摩擦係数の計算に μ = 0.01 以上の誤差がある。これではセフィラが慣性を掌握して『座標を書き換える』レベルの加速を行った際、軸受けが物理的限界を超えて自壊する。」
「あぁ!? なんだと? 俺の計算が間違ってると――」
ヴォルフが掴みかかろうとした瞬間、リュウガの黄金の瞳がAdminの光を放った。
彼が空間に指を走らせると、ホログラムの数式がヴォルフの設計図を上書きしていく。
「……定数オーバーライド。ナノマシンによる自己修復機能を、物理的摩耗の相殺に『限定適用』する。魔法という不安定な現象を排除し、純粋な物理法則を維持するための『防腐剤』としてマナを定義し直せ。……これでセフィラの出力は 150% 向上するはずだ」
「……なっ!? 物理と魔法のハイブリッド……? そんな、理論的に安定するはずが――いや、この数式……お、おい、どういうことだ、完璧な機能美だ……っ! 俺の『物理』が、こいつの手で再定義されていく……!?」
ヴォルフの顔が、怒りから驚愕、そして狂信的な情熱へと塗り替えられていく。
「……リュウガ、と言ったな。お前、ただの『助手』じゃねえだろ。……この『神の視点』、俺がずっと追い求めていた……!」
『【観測】おっと、ヴォルフ氏の瞳に「父様へのリスペクト(恋心)」が芽生えましたわ。エリー様、ライバルは女だけではありませんわよ』
『ファーファ、暴露。エリー様は今「リュックが凄すぎて誇らしいけど、あんな男に惚れられたら私の居場所が……(´・ω・`)」としょんぼりモードです』
「しょんぼりしてないわよ! リュックは私だけの助手なんだから、あんな男に渡さないわ!!」
「エリー、俺は誰のものでもない。……今は、この『セフィラ』の覚醒を優先するのが、俺の興味の対象だ」
「ええええー、そんなぁぁあああ」
リュウガはエリーの嘆きを華麗にスルーして、セフィラの胸部中央――物理的な『心臓ポンプ』と魔導回路が交差する一点を突いた。
――カチリ。
世界が静止したような錯覚。
次の瞬間、拘束されていた白銀の少女の睫毛が、微かに震えた。
「……システム……リブート。……個体名、セフィラ。……マスター・ヴォルフを確認。……および、高次管理者(Admin)を検知」
無機質な、けれど鈴を転がすような透明な声。
彼女がゆっくりと目を開けると、その瞳は銀色の輝きを湛えていた。その全身から放たれるのは、魔導兵器特有の熱歪みではなく、冷徹なまでに安定した「質量」の圧力だった。
「お、おい! セフィラ! 気分はどうだ!?」
「……マスター・ヴォルフ。うう、油臭いです。……離れてください。……不衛生です」
「ガーン!? 俺が心血注いで直してやったのにその仕打ちかよ!!」
ショックを受けるヴォルフを余所に、セフィラはすーっとリュウガの方へ視線を向けた。
そして、よろよろと立ち上がると、リュウガの服の裾をぎゅっと掴んだ。
「……Admin。……あなたの波形は、とても……暖かい。……マスターの再定義を、希望します」
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
私とヴォルフの叫びがラボに響き渡る。
その光景を、シスターズたちがニヤニヤしながら囲んでいた。
「あらあら、セフィラちゃんも『お父様』の魅力に抗えませんでしたわね(微笑)」
「父様、罪な男です。……母様、家庭内カーストの第11位が狙われていますわよ」
「あはは! セフィラちゃん、ボクと競争しようよ! どっちが先にタイチョーに撫でてもらえるか!」
『【実況】新ヒロイン、即堕ちでございます。エリー様、微乳キャラ被りに加え、属性過多なライバルの登場。……てぇてぇ崩壊の第2波が到来しましたわ』
「笑い事じゃないわよ!! リュック、その子の手を離しなさ――」
――その時だった。
廃城の外壁に設置された監視ドローンが、けたたましい警告音を鳴らした。
『【警告】城の周辺3キロ地点に、複数の飛行物体を検知。……この識別信号は……王都技術院、第3ドローン大隊。……および、神聖教団の審問官部隊ですわ』
空気が、一瞬で凍り付く。
モニターには、雲を切り裂いて接近する無数の黒い点――リディアの愛機たちが映し出されていた。
「……チッ、嗅ぎつけやがったか。セーラのお嬢様との契約は『極秘』のはずだったんだがな」
「リディア……。あの女、まだリュックを諦めてないのね……!」
リュウガはセフィラを背後に守るように立たせ、黄金の瞳で虚空を見据えた。
「……敵対勢力の接近を確認。……ヴォルフ、お前の『物理』を貸せ。エリー、シスターズを戦術展開させろ。……管理者権限、防衛フェーズへ移行」
不協和音のような出会いから一転。
最悪の共同生活は、最初の「共闘」を迫られようとしていた。
『【最終実況】エリー様、嫉妬を一旦脇に置いて「正妻の余裕」を見せようとするも、足の震えが止まっていません。……さあ、蹂躙のお時間ですわ!』
「……見てなさいリディア、今度こそ私のリュックに指一本触れさせないんだから!!」
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