第21話:【物理】廃城のラボと油の匂いの男
「……はぁ、はぁ……。天国。ここは、魔導工学者の天国だわ……っ!」
北の境界、カオス・ゾーンの縁に佇む「廃城」。
セーラ公爵令嬢から提供されたこの場所の地下最深部で、私――エリアーナ・アルテミシアは、感極まって石床に膝をついていた。
埃を被った旧文明の旋盤、真鍮が鈍く光るマナ抽出機、そして壁一面に広がる、今は亡き天才たちの手書きの設計図。そこにあるのは、魔導デバイス特有の不快なマナの揺らぎだけではない。歯車の噛み合わせ、ピストンの往復運動、そして力学に基づいた、圧倒的なまでの「物理的な秩序」の残り香だった。
王都を追われ、泥を噛むような逃亡劇を繰り広げてきた私にとって、ここは単なる避難所ではない。失われた知恵の「墓場」であり、同時に「聖域」だった。
『【解析】エリー様、知的好奇心によりドーパミンが通常時の400%放出。なお、隣のリュウガ様をチラ見して「この設備で二人きりの共同作業……(・∀・)ニヤニヤ」と不純な妄想を並列実行中です』
「ファーファ! 余計な並列処理をするんじゃないわよ!!」
宙を舞う球体ドローンを叩き落とそうとするが、私の助手――リュウガ・アスカが、汚れた丸眼鏡の奥にある私の瞳を覗き込み、淡々と釘を刺した。
「エリー、不合理な妄想で演算リソースを無駄にするな。このままだとアークの予備電力が底を突くぞ。……掃除を優先しろ」
「分かってるわよ! でも見て、リュック! この第4世代の重力崩壊動力炉、まだ生きてる! これさえ再起動すれば、城全体のインフラが――」
「母様、その前に住環境の構築を提案しますわ。……父様の寝室は、私が責任を持って『規律正しく』整えておきます(微笑)」
長女チェロが重厚な斧を置き、エプロンを締め直して宣言した。彼女が石畳を歩くたび、その圧倒的な存在密度を支える脚力が「コツン、コツン」と硬質な音を響かせる。
「あらチェロ姉、ずるいですわ。父様のベッドメイキングなら、私の『癒やし』の波動を込めておきますわね。奥様、枕の高さはこれでよろしいかしら?(胸を強調しながら)」
「オルガ! あんた、わざと私の目の前でその凶器を揺らすんじゃなーい! そもそもリュックの部屋は私の隣、それも内鍵で直結させるんだから!!」
『【実況】出ました、母様の権力濫用。管理者への至近距離アクセス権を独占しようとしていますわ。……てぇてぇ……でございます』
『ヴィオラ、解析完了。エリアーナの嫉妬心により周辺のナノマシン濃度が上昇、発火の危険性がありますわ。……蹂躙のお時間かしら?』
『エリー様は今「添い寝……添い寝のチャンス……!(`・ω・´)」と供述しております』
「うるさーーーーい! 実況トリオ、まとめて分解してやるから待ってなさい!!」
娘たちとファーファの爆音のツッコミが、数百年ぶりに城の静寂をブチ壊した。その喧騒の中、リュウガは動力炉の制御盤に触れ、黄金の瞳をAdminの輝きに染めた。
「……接続。システムの不整合を解消する。……目覚めろ」
彼が指先で炉の錆びた表面に触れた瞬間、死んでいた城が咆哮を上げた。血管のような青い回路が壁を伝い、暗闇を次々と照らし出していく。
――だが。
その再起動の衝撃が、一人の「招かれざる客」を呼び寄せることになった。
「――おい!! どこのどいつだ!! 俺の精密な共振演算をブチ壊してくれたバカ野郎は!!」
鼓膜をつんざくような轟音とともに、城の中庭へ繋がるシャッターが、魔法ではない、純粋な内燃機関の暴力によってこじ開けられた。
現れたのは、泥と油にまみれた巨大な装甲トレーラー。
そして、その運転席から飛び出してきたのは、煤けた作業着に防護ゴーグルを額にかけた、一人の男だった。
「……誰よ、あの不潔な油の匂いの男は?」
私が顔をしかめるのと同時に、男は手に持った巨大なスパナを振り回しながら歩み寄ってきた。男の周囲には、魔法特有のオゾンの匂いではなく、重油が焼ける濃厚な香りと、高出力のモーターが発する独特の熱気が渦巻いている。
「俺はヴォルフ、ヴォルフ・アイゼンだ! セーラのお嬢様に雇われている技術者だ! お前か? この炉の出力を、ナノマシンなんて不確かなバグだらけの『幽霊』で弄ったのは!」
「魔法を幽霊呼ばわり!? 失礼ね、私は天才魔導人形師のエリアーナよ!」
「魔法なんてのは、数式で証明できない軟弱者の逃げ場だ! 質量! 摩擦! トルク! 物理法則こそが、この腐りきった世界を直す唯一の真理なんだよ!! ――ガハハハハ! おまけにこの騒がしさ、まるで旧式のディーゼルエンジンだな! 気に入ったぞ!」
男――ヴォルフが腹の底から豪快に笑い飛ばした、その瞬間。
「……クンクン。……油! このおじさん、いい匂いする! 大きな機械の匂い!」
「あはは! タイチョー、この人すっごい声が大きいよ! 面白い! ボク、この熱苦しいの嫌いじゃないな!」
いつの間にかヴォルフの足元に滑り込んでいた六女ユーフィが、犬のように彼の服の匂いを嗅ぎ、三女コルネが彼の背中に飛び乗って笑っている。二人のナノマシン制御された身体が、ヴォルフから放たれる「剥き出しの物理熱」に共鳴するように弾んでいる。
「おお!? なんだこのガキどもは! 元気がいいな! 構造は魔法(幽霊)だが、この騒音の出し方は最高に物理的だぜ!!」
「もっと吠えて! おじさん! ボクも一緒に叫ぶから!」
「わおーん! 物理万歳ーーー!」
一方、影の中からその様子を凝視していた四女ルーテは、嫌悪感を隠そうともせずに鼻を覆った。
「……不潔。……非効率なデシベル量。……接近、不可」
ルーテにとって、ヴォルフという男は「加速空間」の静寂を乱す最悪のノイズそのものだった。彼女は音もなく座標を書き換え、最もヴォルフから離れた天井の梁の上へと避難した。
そして、チェロ、オルガ、ヴィオラ、クララの4人は、一定の距離を保ったまま冷ややかな視線を送っている。
「……母様、公爵令嬢の紹介とはいえ、衛生管理上の問題を感じますわ」
「あらあらチェロちゃん、あの方、お茶を出してもスパナでかき回しそうですわね(微笑)」
「解析。ヴォルフ氏の言動の9割は誇張と騒音ですわ。データのゴミ(ジャンク)が多すぎます」
「……不浄な油。……デリート推奨、でございます」
「ユーフィ! コルネ! 離れなさい、菌がうつるわよ!!」
私が絶叫する中、リュウガはヴォルフの背後、トレーラーのコンテナ内に安置された「それ」に目を奪われていた。
「……ヴォルフと言ったか。……お前の背後にある、その機体は何だ」
「ああ? これか。魔法という名の『お遊び』にトドメを刺す、俺の最高傑作、特務機『セフィラ』だ」
ヴォルフが誇らしげにコンテナを開放した。
そこには、無数の重厚なボルトと鉄の杭で物理的に拘束された、15、6歳くらいの少女が眠っていた。
シスターズのような成人女性の艶やかさはないが、どこか儚げで、同時に研ぎ澄まされた刃のような美しさを持つ白銀の少女。
「……(解析:Admin視点)」
リュウガの瞳の回路が高速回転する。
「物理的な振動共鳴による、ナノマシン斥力フィールドの無効化。……なるほど。魔法を『物理的に解体する』ために設計された、純粋な物理工学の極致か。……非常に、効率的な美しさだ」
リュウガのAdmin権限が、初めて「魔法」以外の手段で世界の理をねじ伏せようとするその設計思想に、ある種の機能美を見出したようだ。
『【観測】父様の瞳にAdmin固有の「機能美への執着」を確認。心拍数が0.5%上昇……これは「一目惚れ」の定義に抵触しますわね』
『こちら、ヴィオラ。周辺の嫉妬エネルギーを検知。エリアーナ、嫉妬心で周辺気温を上げないでくださる? 非効率ですわ』
「は!? リュック、あんた今、あんなゴツゴツした鉄の塊みたいな子を『美しい』って言ったわね!?」
ぶっちゃけ、あのセフィラの「守ってあげたくなる美少女感」は、私の研究者としてのプライド、そして女としての危機感を同時に刺激する。
「機能美として、興味深いと言っただけだ。……だがエリー、お前のシスターズとは根本的に設計思想が違う」
「当たり前よ! 私の子たちは愛で動くの! あんな物理法則の塊と一緒にしないで!」
「ハッ! 愛だの何だの、精密機械には不必要なノイズだ!」
「あんですって~~~~!! このセフィラとかいう子は、関節駆動がガチガチすぎて、見てるこっちの回路がショートしそうだわ! おまけに配線の取り回し(ケーブルマネジメント)が最悪! あんな剥き出しのトルク関節、砂漠の砂が一粒噛んだだけでギアが焼き付くわよ! 整備士を泣かせる最低の設計ね!」
ヴォルフと私の間で火花が散る。その傍らで、シスターズたちはセフィラを取り囲んでいた。
「母様、あの子、胸の演算が合いませんわ。……母様のお仲間(微乳)の予感です」
「あらクララ、そんなこと言っては失礼ですわ。でも、お洋服がボロボロですわね。私たちが可愛くデコって差し上げたいですわ(微笑)」
魔法を信じる天才と、物理を信じる天才。
そして、そのどちらも超越した管理者。
廃城の地下、油の匂いとマナの香りが混ざり合う空間で、最悪の三つ巴の共同生活が、いま幕を開けた。
『【最終実況】エリー様、新ヒロイン候補の登場に、かつてないほどの『排除プロトコル』が発動中。一方、ヴォルフ氏の熱苦しさにユーフィとコルネは早くも「新しいおもちゃ」としての適性を見出した模様です(・∀・)』
『エリー様は今「リュック、今夜はベッドの外にデリートよ( ゜д゜ )」と供述しております(・∀・)』
『二人の愛の共同作業が、一瞬で修羅場に。……てぇてぇ崩壊、でございます』
「ファーファ! あと、クララとヴィオラも!! 適当な念を捏造するなーーーー!!」
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