第20話:【起点】廃城の灯火と鉄の鼓動
荒野の果てに、その「牙」は聳え立っていた。
北の境界、カオス・ゾーンとの狭間に位置する断崖絶壁。そこには、数百年もの間、風雪に耐え続けてきた古の要塞――セーラの公爵家が管理する「廃城」が、朝日を浴びて鈍く輝いていた。
「……着いたわね。ここが、私たちの新しい拠点……」
私はバギーの窓から、巨大な石造りの門を見上げた。移動要塞アークが重々しい音を立てて門をくぐり、広大な中庭へと滑り込む。
アークの巨大なタイヤが石畳を噛むたびに、非接触型の電磁牽引ビームがパチパチと青白い火花を散らす。10トンを超える質量を慣性を無視して牽引し続けたバギーの駆動系からは、魔法の不快な熱漏れとは異なる、極限まで最適化された機械特有の澄んだ排熱が立ち上っていた。
「ようこそ、エリアーナ。そしてAdminの守護者、リュウガ殿」
中庭に立っていたのは、プラチナブロンドを揺らす気高き旧友、セーラだった。彼女は相変わらずのアイスブルーの瞳で私を見つめ、少しだけ、本当に少しだけ、安堵したように口角を上げた。
「「「「「「「お邪魔いたしますわ、セーラ様!!」」」」」」」
アークのハッチが開くやいなや、シスターズたちが一斉に飛び出し、中庭の石畳を軍靴で鳴らした。
「あら、ここが新しいお家? 蜘蛛の巣だらけですわ! クララ、今すぐ空間除菌ですわよ!」
「了解。……対象、セーラ様の放置物件。……不衛生な過去をすべてデリートし、てぇてぇ聖域へと置換しますわ」
末っ子のクララが鉄扇を仰ぐと、ナノマシンを含んだ猛烈な気圧制御の旋風が巻き起こった。教団の風魔法のように大気を無駄に熱することなく、分子レベルで埃を分解していくその旋風は、数百年分の堆積を一瞬にして無へと還した。
「セーラ様! キッチンはどこっしょ!? この埃っぽさ、ボクの火炎放射で一気に焼き払っていいかな!?」
嵐のような娘たちの喧騒に、セーラは手に持っていた扇子をパタリと閉じ、深く、重い溜息をついた。
「……相変わらず、不合理な賑やかさね。エリアーナ、私の静かな離宮をゴミ捨て場か何かと勘違いしているのかしら? 歴史ある建物を、ただの掃除の練習台か何かだと思わないでほしいわ」
「あはは……ごめんセーラ。隠れ家としてはこれくらい埃っぽい方が偽装になっていいんだけど、この子たち『母様の健康第一』だから……」
私はバギーから降り、セーラと短く抱擁を交わした。
「感謝は不要よ。ここは王国の法が届かぬ無法地帯。技術院も教団も、ここまではそう易々と手を出せないわ。その代わり、あなたたちが自分たちでここを『再構築』する必要があるけれど」
セーラは背後に控えていた、眼鏡をかけた理知的な佇まいの青年を指し示した。
「紹介するわ。私の腹心、カイルよ。これからの物資の調達や、外部との流通ルートの確保については、この男に聞きなさい。彼を通さない限り、北の荒野で食料一つ手に入れるのは難しいでしょうね」
「カイル・ウィンザーです。エリアーナ様、リュウガ閣下。……皆様の『桁外れな消費量』については、公爵令嬢より伺っております。……特に、シスターズの方々の食費については、専用の予算ラインを組む必要がありそうですね」
カイルは事務的な、けれどどこか食えない笑みを浮かべて一礼した。リュウガとカイルの視線が交差する。
「……検知。極めて高い計算能力を持つ実務家か。リュウガだ。……カイル、あなたの『調達力』、期待させていただきます」
「光栄です、閣下」
セーラとカイルの案内に従い、私たちは城の地下へと向かった。
そこには、私の想像を絶する光景が広がっていた。埃を被った巨大な空洞、その中央で沈黙を守る、複雑怪奇な配線に覆われた円筒形の巨像。
「……検知。これは旧文明の第4世代型『高出力重力崩壊動力炉』か。保存状態は良好だ」
リュウガの瞳が、 Admin(管理者)の輝きを宿して鋭くなる。
「これほどの出力があれば、アークの全機能を解放し、この城そのものを自律防衛要塞へと書き換えられる。エリー、ここならお前の『妄想』をすべて現実化できるぞ」
「ちょっとリュック、私の研究を『妄想』呼ばわりしないでよ!」
私は真っ赤になって言い返したが、内心ではこの広大な空間で、リュウガと肩を並べて研究に没頭する「夫婦の共同作業」を想像し、さらに顔が熱くなっていた。
『【解析】エリー様、新拠点でカイル様から「奥様」と認識されるための立ち振る舞いを脳内シミュレーション中。早くも家庭内カーストの構築に余念がありません(・∀・)』
「ファーファ! 余計なことを言うなー!!」
「エリー、ぼちぼち起動するがいいか?」
「……あ、ごめん。お願いするわ」
リュウガが動力炉の制御盤に触れ、黄金の瞳をAdminの輝きに染めた。
「……接続。システムの不整合を解消する。……目覚めろ」
「リュック、2000年も経ってるんだから、接点が錆び付いてるわよ! 物理的な『喝』を入れるわ!」
私が巨大なスパナで制御盤の側面をガンッ! と思い切り引っ叩いた瞬間、死んでいた城が咆哮を上げた。
その日の夜。廃城のテラスで、リュウガは一人、不味そうにコーヒーを啜りながら、北の地平線を見つめていた。そこには磁気嵐が火花のように瞬き、世界の歪みを象徴している。
「……エリー」
背後に立った私を、リュウガが低く問いかけた。
「……なに? また不合理な計算でもしてたの?」
私が冗談めかして隣に並ぶと、リュウガの身体が、一瞬だけガラスのように透け、背後の夜景が透けて見えた。
「リュック! また……! ねえ、やっぱりその身体、おかしいわよ。本当のことを言って。同期ラグなんて嘘なんでしょ?」
私は震える手で彼の腕を掴んだ。指先には、確かな肉体の弾力と熱がある。なのに、視界の中の彼は不自然に明滅している。
「……問題ない。Admin権限の過負荷による一時的な事象だと言ったはずだ。心配いらない、俺は……ここにいる」
彼はやはり私の目を逸らし、曖昧な言葉で煙に巻いた。完璧な論理を誇る彼が、私にだけは不自然な「嘘」をついている。その予感が胸の奥をチリリと焼いたが、私はそれ以上、言葉を重ねることができなかった。
「……そう。ならいいんだけど。あんたが消えたら、誰が私の淹れた不純物まみれのコーヒーを飲むのよ」
「……不合理な懸念だ。俺の味覚センサーには、それ以外を受け付ける余裕はない」
リュウガの視線の先。
廃城から数キロ離れた漆黒の岩山の上。
そこには、王都の技術院でさえ見たことがない、高精度の物理望遠鏡を覗き込む一人の男の姿があった。
名前は、ヴォルフ。
魔法を一切信じず、数式と物理演算のみで世界を解体する、新進気鋭の天才エンジニア。
「……ようやく現れたか、旧文明の亡霊。 Admin(管理者)リュウガ・アスカ」
ヴォルフは不敵な笑みを浮かべ、巨大な装甲トレーラーのコクピットに腰を下ろした。
「魔法などという砂上の楼閣、俺の物理演算で木っ端微塵にしてやるよ。……あの日、俺の人生をデリートしたお返しだ」
朝日が昇り、荒野が黄金色に染まり始める。
王都を脱出し、過去を振り切った私たちは、今、本当の「真実」を巡る戦いへと足を踏み入れようとしていた。
技術院、教団、および新たな勢力――復興派。
愛と鉄と爆音のシンフォニー。
第2部「知識争奪戦」の幕が、今、静かに、しかし力強く切って落とされる。
『【解析】エリー様、リュウガ様と見つめ合う背中が100点満点の正妻の貫禄です。……第1章完だお。……てぇてぇ、の第2部へ続きますだお(・∀・)』
「ファーファ、格好いい締めを台無しにしないでぇぇ!!」
――第1章 完
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