第16話:【共闘】再会、運命の交叉
「揺れるわよ! 舌を噛まないでね、リュック!」
私はバギーの助手席で、引きちぎれんばかりにタクトを振った。
先ほどまでの監禁生活が嘘のように、視界には燃え盛る王都アステリアの目抜き通りが広がっている。横を向けば、私を救い出し、今は無機質な表情でハンドルを握るリュウガ・アスカがいる。
そう、これが私たちの日常。不合理で、熱すぎる逃亡劇の再開だ。
「問題ない。路面の摩擦係数は0.02の誤差。想定内だ」
リュウガの声は氷のように冷たいが、その左手はしっかりと私の右手を握りしめている。その手からは、教団の魔導師が詠唱時に撒き散らす不快な熱歪みやオゾンの匂いなど一切しない。
あるのはただ、生命活動として最も効率化された、純粋で確かな体温だけだ。その熱が、マナ・リンクを介して私の魔導回路に直接流れ込み、恐怖で凍りついていた私の思考を強引に「再起動」させていく。
「ち、ちょっとリュック! 片手運転なんて危ないわよ! それに、なんでさっきからずっと手を離さないのよ!」
『【実況】母様、口では文句を言いつつ、リュウガ様の腕の中で『もう一生ここにいたい。ていうか離れたら死ぬ』と魂レベルで念じています。……出ました!
【母様の本音】リュック……もっと強く握って。このまま私を、地平線の彼方まで連れ去って……! (´Д`)ハァハァ』
「ファーファ! そんなこと思ってない! ……多分! 30パーセントくらいは思ってるかもしれないけど、今はそれどころじゃないでしょ!!」
私の絶叫を遮るように、上空から巨大な影が降りてきた。深紅の蒸気飛行船『レキシントン』。リディアの艦隊が、低空を完全に包囲している。
「逃がさないと言ったはずよ、エリアーナ! その男と共に、ここで歴史から消去してあげる!」
リディアの叫びと共に、数百機のドローンからナノマシンの弾幕が降り注ぐ。
教団の旧式スクリプトに基づいた弾幕は、発動までにコンマ数秒のラグがあり、空間を無駄に加熱しながら飛来する。もはや私の目には、それがひどく鈍重で非効率な、書き換えられるべき「過去の遺物」にしか見えなかった。
事態はリディアの予想さえ超えていた。
突如、王都全域に凄まじい警告音が鳴り響いた。
「……何、この音? 技術院のアラート?」
「検知。王都地下、および全インフラに潜伏していた『Admin抹殺プログラム』が起動した」
リュウガの瞳が、かつてないほど激しい黄金の閃光を放つ。
「リディアをも裏切った技術院上層部の独断だ。俺というAdminを消すために、王都のナノマシンを暴走させ、一点に収束させて自爆させるつもりだな」
街のあちこちで、魔導灯や建物が青白い光の粒子となって崩壊し始めた。巨大な爆発の連鎖が街を消し去っていく。リディアの飛行船でさえ、制御を失ったナノマシンの嵐に翻弄され、全砲門をデタラメに乱射しながら揺れている。
「っ、街が消えていく……!? リディア、あんたの組織、正気なの!?」
「くっ……! バカな、そんなプログラム、トップの私さえ聞いていないわ! 止めなさい、今すぐに! 総員、この命令を最優先に――」
リディアの通信がノイズに掻き消される。彼女が掌握していたはずのシステムが、彼女の権限を無視して「殺戮」へと暴走を始めていた。リディアもまた、組織の駒に過ぎなかったのだ。
狂気に飲み込まれる王都。
絶望的な光景の中、MNWでは娘たちの咆哮が響き渡った。
『母様を守れ! 恋路を邪魔する奴は、王都ごと鉄屑にするっしょ!!』
コルネの大剣が熱波を放ち、飛来するナノ弾幕を焼き払う。魔法陣を経由しない、分子運動への直接干渉。一切の予兆なしに発生する熱励起が、王都の古いOSを物理的に咀嚼していく。
『質量の盾、最大出力! 父様と母様の「てぇてぇ」邪魔は、万死に値しますわ!』
チェロがバギーの前に展開し、局所重力障壁を限界まで引き上げる。真面目な顔で「恋路の邪魔」を排除する長女の姿に、私は突っ込む余裕もなかった。
「……空間の剥離が始まるぞ、エリー」
リュウガが私の手をさらに強く握りしめた。
王都全体が、疑似的な「次元震」に飲み込まれようとしている。建物が、空が、物理的な限界を超えてガラスのように割れ、異次元の虚無が顔を覗かせる。
「リュック、怖い……! 街が、全部消えちゃう……!」
「俺を信じろ。……存在保護領域(Adminシールド)、全開」
リュウガから放たれた黄金の光が、バギーとアークを包み込む。
崩壊していく都。光の粒子となって消えていく恐怖の只中で、ファーファの声が響いた。
『【警告】リュウガ様の「愛」のエネルギーが閾値を突破。物理定数が書き換わります。……Admin権限、神をも欺く「家族の絆」という名のバグを検知しました(`・ω・´)』
リュウガと私は、強く目を見合わせた。
彼は無言で頷き、アクセルをさらに踏み込んだ。
「行くぞ、エリー。この絶望の裂け目を、俺たちの論理でブチ抜く」
アークの古びた魔道エンジンが咆哮を上げた。バギーが瞬時にマッハを超え、周囲の景色が音もなく後方へと消失する。加速の予兆も空気抵抗もすべて「デリート」された、慣性を無視した暴力的な機動力。
一発の巨大な砲弾となった私たちは、崩壊し始めた王都の巨大な城門を、物理的にデリートしながら突破しようと突き進む。
だが、その瞬間だった。
天を裂くような不吉な「音」が、荒野まで響き渡るほどの衝撃を伴って降り注いだ。
「検知。王都上空、超高出力のマナ収束反応――」
ハンドルを握るリュウガの顔が、初めて驚愕に歪む。
教団の全リソースを一点に投下したかのような、あまりにも巨大で、あまりにも非効率なエネルギーの奔流。だが、その「物量」だけは、今の私たちの論理さえも押し潰しかねない圧倒的な暴力だった。
「……来るぞ、エリー。舌を噛むな。本当の『抹殺』が始まる」
空から放たれたのは、光をも呑み込む極光の壁。
次元崩壊弾の着弾。目の前の光景は、さらなる絶望の深淵へと加速している。
『【解析】エリー様、今、リュウガ様と「死ぬ時は一緒」というフラグを立ててしまいました。……てぇてぇ、が死線を越えました(・∀・)』
「ファーファ! 縁起でもないこと言わないの!! 死亡フラグよ、それ! デリート! デリートしなさーい!!」
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