第15話:【奪還】檻の中の再会と王都解体
目の前の壁が、紙細工のように内側から弾け飛んだ。
爆発ではない。原子の結合を直接書き換え、構造物としての定義を失わせる「管理者(Admin)パンチ」。
魔法による破壊のような派手な爆炎や余剰熱は一切ない。ただ、そこにあったはずの物質が、一瞬の青白いノイズと共に塵へと還元されただけだ。
もうもうと立ち込める煙の向こう側から、漆黒のコートを翻してリュウガが歩み寄ってくる。黄金色に光る瞳が、冷徹に、けれど真っ直ぐに私を捉えた。
「……計算外はない。待たせたな、エリー」
その瞬間、私の頭からリディアへの怒りも、脱出への不安も、すべてが消え失せた。
「リュック……っ! あんた、本当に……本当に来てくれたのね……!」
視界が涙で滲む。没落してからの180日間、いつだって私の隣にいた、不愛想で不合理な私のパートナー。私はたまらず、重い手枷を引きずりながら彼に飛び込もうとした。
――が、その感動は、無機質な機械音によって一瞬で粉砕された。
『【解析】エリー様、心拍数350を突破。脳内がリュウガ様一色でショート寸前です。……出ました!
【母様の本音】リュック抱きしめて! そのままどこへでも連れ去って! (´Д`)ハァハァ』
「……っ!? ファーファ! あんた、今このタイミングで何を実況してんのよぉぉぉ!!」
私の絶叫が、王都の地下深くに響き渡る。
「……不合理な脳波だ。だが、生存確認はできた」
リュウガは私の手枷を指先でなぞった。手枷の強度を維持していた魔導回路の記述が、彼の指が触れたコンマ数秒で「削除」される。パキリ、と魔導回路が「削除」され、拘束具が砂となって崩れ落ちる。
「エリアーナ……行かせないと、言ったはずよ!」
その時、激情に駆られたリディアが魔導兵装を解放し、自ら近接戦闘用の魔導双剣を引き抜いてリュウガへと肉薄した。同時に、彼女が秘匿していた4機の最新鋭オートマタが影から躍り出る。
「父様、ここは私たちにお任せを。……お掃除の邪魔はさせませんわ(微笑)」
「……邪魔者は、排除」
リュウガの左右を固めていた次女オルガと四女ルーテが即座に反応した。オルガの白銀の長槍が、残像すら許さない超高速の旋律を刻む。目にも止まらぬ刺突の雨がオートマタの急所を的確に穿ち、触れた瞬間に認証エラーを引き起こして粒子レベルで分解していく。
一方のルーテは、高周波双剣で敵の四肢を断ち切ったかと思えば、滞空したまま腰のブラスターへと瞬時に持ち替え(スイッチ)、一切の躊躇なく追撃を叩き込む。その加速空間をも利用した流れるようなシームレス・タクティクスに、リディアの最新鋭機は一瞬の反撃すら許されず、ただの鉄屑へと成り果てた。
「退きなさい、人形風情が! 私は……私はエリアーナを……!」
リディアの剣先がリュウガの喉元に迫る。だが、リディアは決定的なことを見誤っていた。リュウガは2000年前の「管理者」――この街のインフラが、彼の命令一つで沈黙するように設計した張本人なのだ。
コンマ1秒の交差。
リュウガはリディアの刺突を、わずか数センチの体捌きで回避。そのまま彼女の懐に潜り込むと、彼女の腕を絡め取り、物理学的な「テコの原理」を極めた関節技で一瞬にして無力化した。
「……っ!? な、何よ今の動き! 魔導ですらないのに、私の身体が……!」
「2125年の近接格闘データ(CQC)だ。旧式だが、現代の脆弱な人間を制圧するには十分すぎる」
リュウガは感情の欠片もない動作でリディアを床に叩き伏せ、その魔導兵装を素手で握り潰した。1500機のオートマタを投入すれば勝てると信じていたリディアは、あまりにも規格外な「個の暴力」の前に、ただ呆然とするしかなかった。
「……規格外すぎるわよ、あんた」
私が呆気にとられていると、リュウガはくるりとこちらを向き、無造作に、けれど力強く私をその胸の中に引き寄せた。
「……っ!? ひゃ、ひゃああっ!?」
突如として視界がリュウガの胸元で埋まる。彼のコートから漂う、どこか懐かしいオイルと清潔な香りが鼻腔をくすぐる。
「……無事でよかった。計算上は生存率99%だったが……残りの1%を、これほど長く感じたことはなかった」
耳元で囁かれる、低く、熱を持った声。
私の顔面は、一瞬でオーバーヒート寸前の真っ赤に染まった。
「あ、あ、ああああんた何してんのよ! 全員見てるのよ! 娘たちが見てるのよ! 恥ずか死ぬわよ、爆発するわよぉぉ!!」
バタバタと暴れる私を、リュウガはさらに強く抱きしめる。もはや顔から火が出るどころか、頭頂部から蒸気が出ている気がした。
案の定、MNWは爆発的なお祭り騒ぎとなった。
『キャーーー! 父様が母様を強引にハグっしょ! 強引な父様、マジてぇてぇ!!』
『録画! 16K画質でバックアップ完了ですわ! お母様の顔、茹で上がったタコみたいになってますわ(微笑)』
『再会から密着まで4.2秒。……心拍数計測不能。母様の理性がデリートされました』
『……父様、やる。……母様、もうメロメロ』
『解析……母様の独占欲が限界値を突破。リディア様の方を「私の男から離れなさいよ!」という形相で睨みつけていますわ!』
「……」
私はリュウガの腕の中にいながら、無言で腰の工具袋から『プラズマトーチ』を取り出し、カチリと最大出力のスイッチを入れた。青白い炎がゴォォと音を立てる。
『ひえぇぇぇ! 母様が何も言わずに物理的解体の目をしてるおー!』
「娘たちよ……あとで全員、関節の潤滑油をカチカチの安物にダウングレードしてやるから、今のうちにたっぷり笑っておきなさい……」
私はリュウガの腕の中で、のけぞりながらMNWに叫び返した。
「母様奪還、成功! チェロ、コルネ、ユーフィ、ヴィオラ、クララ――残る5姉妹による技術院本院の解体(お掃除)、完了いたしましたわ!」
外では5人の娘たちが、王都の精鋭ガードを文字通りゴミのように掃討し、アークの進路を確保していた。
チェロが重力斧で敵の密集陣形を物理的に圧縮し、コルネとユーフィが「慣性無視」の突撃で後続を散らす。ヴィオラとクララは狙撃銃を瞬時に近接用の蛇腹剣と鉄扇に切り替え、漏れ出たマナの熱を切り裂きながら回廊を疾走していた。
「さあ、脱走の時間だ。……エリー、しっかり掴まっていろ。ここからは少し揺れるぞ」
リュウガが私を横抱き(お姫様抱っこ)のまま、バギーへと飛び乗った。
リディアは崩壊するラボの床で、握り潰された兵器と、自分がどうしても手に入れられなかった「絆」を見送りながら、嫉妬と狂気の入り混じった笑みを浮かべていた。
「……逃げなさい、エリアーナ。でも、その力、その『Admin』。必ず私が、この手で定義し直してあげるから」
時刻は黄昏時。
空が血のような赤い夕焼けに染まり、王都が吐き出す黒煙が天を突く。
私は、リュウガの腕の中で、ずり落ちた丸眼鏡をかけ直した。
目の前には、第1波の敵軍。
ここからが、私たちの本当の「王都脱出決戦」だ。
『【解析】エリー様、先ほどの抱擁の感触を一生分リピート再生中。脳内は夕焼けよりピンク色に染まっております(・∀・)』
「ファーファ! デリート! 今すぐその不名誉なデータをデリートしなさーい!!」
私たちの不完全なシンフォニーは、この爆音と共に、第一話のあの幕開けへと回帰する。
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