第14話:【掌握】王都潜入、都市制圧の旋律
王都アステリア、王立技術院本院の最深部。
そこには、没落貴族にはおよそ不釣り合いな、豪華絢爛でありながら冷たい「檻」があった。
「……何よ、その顔。わざわざ私の無様な姿を笑いに来たの?」
私は、魔導回路を封印する重厚な手枷を嵌められたまま、隠し持っていたヘアピンで鍵穴の物理接点を必死にショートさせようと探りながら、目の前に立つ赤髪の女――リディア・スカーレットを睨みつけた。
「笑う? まさか。私はただ、あなたが手に入るのをずっと待っていたのよ、エリアーナ」
リディアは優雅に椅子に腰掛け、ワイングラスを傾けた。その瞳には、かつて私を追放した時の冷徹な蔑みではなく、もっと暗く、熱い、ドロドロとした執着が宿っている。
「……嘘をおっしゃい。あんた、あの12機の重装ゴーレムで私を粉々にしようとしたじゃない。あそこまでの戦力をつぎ込んで、よほど私を抹殺したかったんでしょ?」
私は吐き捨てるように言った。私一人のために、一国を滅ぼせるほどの暴力を投入したのだ。殺意以外の何物でもない。
だが、リディアはくすくすと、喉を鳴らして笑った。
「抹殺? 心外だわ。あれは、あなたを他の誰の手にも触れさせないための『壁』よ。……ねえ、エリアーナ。あなたは気づいていないの? 技術院のトップになり、この国の兵権の一部まで手に入れた私の原動力が、何だったのかを」
リディアが身を乗り出し、私の頬を冷たい指先でなぞった。
「私が欲しかったのは、あなたの隣よ。セーラのような温室育ちの公爵令嬢でもなく、あの古臭いスクラップの助手でもない。……私だけが、あなたの才能を理解し、あなたの隣に立つ権利がある。そのためだけに、私は泥を啜るようにしてこの地位まで昇り詰めたの」
「リディア……あんた、正気なの?」
寒気がした。彼女の私への攻撃は、すべて「隣を空けるため」の排除工作だったというのか。
「正気よ。あなたがセーラと笑い合っている姿を見るたびに、その笑顔をこの手で握り潰したくなった。……ねえ、エリアーナ。この檻の中で、私だけを見て知性を振るいなさい。あんなガラクタたちの母親ごっこなんて、もうおしまいよ」
リディアの歪んだ憧れが、執着が、私を窒息させそうになる。
だが、私はその指を撥ね退け、不敵に笑い返した。
「悪いけど、あの子たちはガラクタじゃないわ。私の、最高に可愛い家族。……そして、私の『旦那様』は、あんたよりもずっと執念深いのよ」
「旦那様? あの遺物のこと? 悪いけれど、王都の防衛網は世界一よ。1500機のオートマタが、ネズミ一匹入る隙もなく巡回しているわ」
リディアが勝ち誇ったように笑った、その瞬間だった。
プツン、と。
部屋を照らしていた魔導灯がすべて消え、王都を常に震わせていた蒸気機関の重低音が、嘘のように消え去った。
「……え? 停電? 予備電源はどうしたの!」
リディアが叫ぶ。だが、返ってくるのは不気味なほどの静寂だけだった。
『……インフラ掌握。……跪け』
その時、王都中のスピーカーから、地響きのような、冷徹な「彼」の声が響き渡った。
Admin(管理者)権限による絶対命令。
王都のインフラが、リュウガの信号を最優先するよう2000年前から構築されていたという、残酷な真実。街路灯、オートマタ、魔導エレベーター、すべてのナノマシンインフラが一斉に機能を強制停止し、不落の都は瞬時にして沈黙したのだ。
「う、嘘よ! 掌握された!? わずか1秒で王都のシステムを!?」
狼狽するリディアをよそに、私の脳内に懐かしい、そして最高にやかましいノイズが流れ込んできた。
『【強制ジャック】キターーー! 母様、生きてる!? 今、父様が王都の城門をデリートして中に入ったっしょ!!』
『母様奪還作戦、開始ですわ! 邪魔な鉄屑はボクが全部焼き尽くしてあげる! ヒャッハー!』
『不敬な輩はすべて認証エラー。……デリート、デリート、デリートですわ(微笑)』
シスターズたちのMNW実況が、ファーファを介して私の意識に直接叩き込まれる。
「あ、あんたたち……実況してないで早く助けに来なさいよ!」
『【緊急表示】エリー様、現在の心拍数から脳波を解析。……出ました!
【母様の本音】リュック格好いい……! 早く助けて、抱きしめて……! (´Д`)ハァハァ』
目の前のモニターに、アスキーアート付きで私の羞恥心全開の本音が映し出される。
「「「「「「「破廉恥ですわ、母様ーーー!」」」」」」」
MNWで娘たちが大合唱する。
「全部聞こえてるわよ、バカ娘共!! ファーファ! 後で全員分解してやるから待ってなさい!!」
私は涙目で、けれど抑えきれない笑みを浮かべて絶叫した。
リディアは、自分が180日間かけて軽視し続けてきた「不合理な絆」の前に、ただ呆然と立ち尽くしている。
「……リディア、言ったでしょ? 私のリュックは、世界を消してでも私を迎えに来る男だって」
直後、部屋の壁が、巨大な物理的圧力によって「消滅」した。
爆炎と瓦礫の向こう側。
黄金のAdmin回路を瞳に宿し、周囲の空間を物理的に歪ませながら歩いてくる、漆黒のコートを纏った一人の男。
「……演算通りだ。エリー」
リュウガが、ひび割れた丸眼鏡を差し出しながら、冷徹な、けれど私にしか分からない熱を持った声で言った。
「120分かかった。……待たせたな、俺のパートナー」
背後では、漆黒のメイド服を纏った7人の娘たちが、王都の精鋭ガードを文字通りゴミのように掃討しながら、満面の笑みで私に手を振っていた。
そこには、王都が誇る数千という圧倒的な物量の重装オートマタ軍勢が、広大な回廊を埋め尽くしていた。魔導槍の穂先が並び、巨大な鉄槌が空を薙ぎ、一斉に放たれた魔導矢の雨が視界を遮る。だが、彼女たちにとってそれは「障害」ですらなかった。
長女チェロが重力斧を叩きつけるたびに局所的な高重力が発生し、数千の軍勢は一度もまともに発動できぬまま、重装甲を鉄屑へと圧縮されていく。
四女ルーテは『加速空間』をデリートし、慣性を掌握した死角からの突進で高周波双剣を振るう。
一瞬で数十体の脚を断ち切ったかと思えば、澱みなく腰のブラスターへ武装を切り替える(スイッチ)。熱せられた空のマナカートリッジが「カキィィン」と乾いた金属音を立てて排出され、新たな高出力結晶が装填される。排熱孔から立ち上る白い煙さえ美しく見えるほどの、流れるような動きだ。
「シームレス・タクティクス、開始ですわ!」
一瞬前まで狙撃銃で遠距離を射抜いていたヴィオラとクララが、肉薄する敵機よりも速く武装を『再定義』する。ヴィオラは電磁加速砲のバレルを高速で組み替え、鋭利な刃を持つ蛇腹剣へと変形。クララは巨大な狙撃銃を背負い直す暇もなく、袖口から鋭利な鋼の鉄扇を抜き放ち、優雅に舞いながら敵のコアを正確に「デリート」していく。
圧巻だったのは、次女オルガの槍捌きだ。慈愛の微笑みを浮かべたまま、白銀の長槍が残像すら許さない超高速の刺突を繰り出す。触れた瞬間に認証エラーを引き起こし、物理的な反動さえ受け流すその槍先は、文字通り『瞬き一つの間』に数百のオートマタを粒子レベルで分解し、光の霧へと変えていった。
数千の軍勢は、その強大な力を一度もまともに発揮することすら許されなかった。鉄、魔導回路、そしてリディアの執念。それらすべてが、シスターズの最適化された殲滅プロトコルの前で、ただの非効率なノイズとして粉砕されていった。
「さあ、帰ろう、エリーちゃん! 夕食の材料、王都の倉庫から『接収』しておいたよ!」
コルネとユーフィがVサインと満面の笑みで迎えに来た。
王都を沈黙させ、世界の理を書き換えた不完全なシンフォニー。
ここから、私たちの「逆転劇」が、爆音と共に幕を開ける。
『【解析】エリー様、リュウガ様と再会した瞬間に「奥様」モードへ移行。独占欲指数、計測不能(・∀・)』
「ファーファ! そのログだけは、絶対に消去しなさい!!」
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