第116話:【白階】中枢塔突入、白い階段の戦い
地上に出た瞬間、白い光が目を刺した。
地下の闇に慣れた目には、帝国の白亜の街並みが眩しすぎる。だが、その白さの中に、建物が粒子となって崩壊していく光景が混じっている。フォーマットの消去波が街を侵食し続けている証拠だ。
「全車、突撃陣形! 目標、中枢塔! 距離30キロ、全速前進ッ!」
カイルの号令で10台のキャラバンが白い街道を爆走する。先頭をカイルの指揮車が切り開き、両脇をシスターズのバイク部隊が護衛し、後方車両の砲座が周囲を睨む。
リディアの100機のフェアリ・オプションが、深紅の雲となって頭上を覆った。量子コアを得た彼女の制御は別次元だ。攻撃専門のバレット蜂が先行して道路上の障害物を排除し、電子戦特化のジャム蜂が沿道の監視システムを次々と沈黙させていく。
「レプリカ、前方に約200体! 中枢塔の外周を固めています!」
ヴィオラの報告に、私はタクトを振り上げた。
「シスターズ全機、展開! 一気にブチ抜くわよ!」
「了解だよぉ! ボクが一番槍決めちゃうよ!」
コルネのバイクがブースターを全開にし、大剣を構えて突進する。ユーフィが左、ボーンが右に並走し、三馬鹿が矢じりの陣形を組んだ。
「プロミネンス・シュート!」
ユーフィの衝撃波がコルネの炎を加速させ、ボーンのランスが突撃の先端を形成する。紅蓮の弾丸がレプリカの前衛を貫通し、白い街路に火柱が上がった。だが街路そのものへの延焼はない。量子コアの恩恵で、炎の範囲が分子単位で制御されている。
「左翼から30体接近! 建物の影を縫って回り込んでいますわ!」
「させませんわ! ……皆様、安らかな眠りを」
オルガがバイクから飛び降り、両手を広げた。彼女の周囲に展開した6基のビットが、扇状に電磁パルスを放射する。回り込んできたレプリカたちの魔導回路が一斉に認証エラーを起こし、ドミノ倒しのように崩れ落ちた。
「30体、同時無力化。……お掃除完了ですわ」
オルガが聖母の微笑みでビットを回収する。壊れた建物は一つもない。レプリカだけが静かに倒れている。
「右翼も来るわよ! チェロ、テューバ!」
「了解ですわ! テューバ、合わせて!」
「……うん、姉様」
チェロの重力斧が地面を打ち、局所重力場が右翼のレプリカ群を捕縛する。足が止まった瞬間、テューバのハンマーが地響きと共に振り下ろされ、重力場に閉じ込められた50体が一撃で地面にめり込んだ。周囲の建物には一片の破片も飛ばない。テューバの質量制御が、衝撃を下方向にだけ収束させたのだ。
「ルーテ、ハープ、散った個体の掃討を!」
「……残さない」
ルーテとハープが加速空間を纏って消えた。重力場を逃れた個体が一体、二体と姿を見せるたび、影から飛び出す双剣と鉤爪がコアを正確に抉り取っていく。
「ヴィオラ、クララ! 遠距離の指揮個体を潰して!」
「おーっほっほ! この距離なら百発百中ですわ!」
ヴィオラのレールガンが後方でレプリカに指示を送っていた上位個体を貫き、クララの鉄扇が発生させた真空刃が、その隣の個体を首から上だけ吹き飛ばした。指揮系統を失ったレプリカの動きが一瞬乱れる。
「オーボエ、全体の同期を!」
「当然ですわ。全姉妹、攻撃リズムを0.3秒間隔に統一。隙間を作りませんわよ!」
オーボエの統制がMNWを駆け巡り、11人の攻撃が精密な連打へと変わった。コルネが焼き、チェロが止め、ルーテが刈り、オルガが崩し、ヴィオラが撃つ。その合間をボーンの爆音が埋め、テューバの盾が隙を塞ぐ。
「セフィラ、正面の密集陣形を!!」
リュウガの短い指示に、セフィラが1号車の屋根から跳んだ。音速に迫る加速で密集するレプリカの中央に突っ込み、振動剣が一閃するたびに5体、10体と白銀の残骸が宙を舞う。
「……道を開けます。母様、進んでください」
30キロの道のりを、20分で駆け抜けた。
◇◆◇◆◇
中枢塔。天を突く白亜の巨塔。
私はその威容を見上げ、思わず呟いた。
「……なんか、いつも最終ステージって同じような塔なのよね。王都でもガレリアでもここでも。世界の設計者って、みんな塔が好きなのかしら」
「塔は権威の象徴じゃからの。ワシもアリスも、結局は『高いところから見下ろす』のが好きだったのじゃろう。……因果な話じゃ」
ソフィアが通信越しに自嘲した。
「突入班を編成する。塔内部は階層ごとに罠が仕掛けられた『論理の迷宮』。少数精鋭で駆け上がるのが最適解じゃ」
「突入班は私、リュウガ、ピッコ。護衛にオーボエ班……コルネ、ユーフィ、ボーン、ルーテ、ハープ。計8人」
「了解しましたわ、残りはわたくしが指揮を執りますわ」
チェロが重力斧を構え直した。
「お願いね、チェロ。テューバ、オルガ、ヴィオラ、クララ。5人とセフィラでキャラバンを守り、塔外周のレプリカを抑えます。カイル殿、連携を」
「了解だ」
「リディア、ドローンの半数を突入班の支援に。残りは外を」
「50機ずつね。了解よ」
その時、アークの後部ハッチが蹴り開けられ、ヴォルフが油まみれの満面の笑みで飛び出してきた。両手に抱えているのは、明らかに「正気の沙汰ではない」形状の巨大な砲身だ。
「おう、エリー! 塔に突入するんだろ? ちょうど間に合ったぜ。昨夜の突貫作業でな、アークの予備リアクターと8号車の廃材から、とっておきをこしらえた」
「……何それ?」
「名付けて『オーバーキル・キャノン』! セフィラの振動剣の共振原理を応用した収束型物理破砕砲だ! 一発で中枢塔の壁を3枚ブチ抜ける計算になっ――」
「「使っちゃダメッ!!!!!」」
私とリディアの声が綺麗にハモった。
「なんでだよ! 最高傑作だぞ!」
「あんた、冷却機構がないじゃないの! 一発撃ったら砲身が溶けて周囲100メートルが焼け野原になるわよ! 街の被害を最小限にするって決めたでしょ!」
「排熱は根性で何とか――」
「根性で物理法則は曲がらないのよ!」
「ヴォルフ。その砲、撃った本人も巻き込まれる設計に見えるのだが……」
リュウガが冷静に指摘すると、ヴォルフが一瞬だけ目を泳がせた。
「……そ、そこは、まあ、その。セフィラに持たせれば耐えられるかなって」
「わたくしを巻き添えにする前提で設計しないでください、お父様」
セフィラの無慈悲な一言に、ヴォルフが膝から崩れ落ちた。
「没収ですわ。帰ったら安全な設計に作り直しなさい」
チェロが容赦なく砲身を取り上げ、8号車の荷台に放り込んだ。
「ちくしょう……俺の最高傑作が……」
「あんたの最高傑作はセフィラでしょ。余計なもの作ってないで、外の防衛に集中しなさい」
「……へいへい」
ヴォルフがしょぼくれてスパナを拾う姿を見て、リディアが呆れたように、だがどこか嬉しそうに鼻を鳴らした。
「馬鹿な男ね。……でも、あんたがそうやって足掻いてくれるから、私たちは安心して前に出られるのよ」
「お、リディア……。お前、今、俺を褒めた!?」
「褒めてないわよ、バカ。事実を述べただけ」
◇◆◇◆◇
塔内部は白い。どこまでも白い。
螺旋の階段が頂上へ続き、各階層にジャッジメントの罠が待ち構えていた。
第3階層。床が上向きの重力に反転し、全員が天井に叩きつけられそうになる。
「コルネ、天井のパネル!」
「焼き切る!」
コルネの炎が動力パネルを焼き抜き、重力が正常に戻る。
第7階層。通路が歪曲し、直進しても元の場所に戻る空間ループ。
「ユーフィ、壁を壊して!」
「ドカンだよぉ!」
ユーフィの薙刀が壁を両断し、ループの外の階段が露出した。
第12階層。床が圧力センサーで覆われ、質量が乗ると空間ごと消去される。
「ボーン、ブースターで浮かせて! 床に触れずに!」
「みんな掴まれー!」
ボーンのランスが床すれすれでブースターを噴射し、全員が天井付近を滑空して通過した。
各階層の罠をソフィアの球体が先読みし、私がスパナで動力源を叩き壊し、シスターズが力技でこじ開ける。
第20階層を越えたあたりから、異変が起きた。
レプリカたちの動きが鈍くなっていた。剣を構えても、振り下ろすまでに0.5秒の躊躇が生じている。
リュウガが足を止め、目の前のレプリカに向き直った。
「お前、番号は?」
「管理番号047。障害の排除を――」
「047か。お前は右肩を僅かに下げて剣を構える。俺のデータにはない、お前だけの個体差だ。……お前は『ゼロヨンナナ』だ。番号じゃない。名前だ」
レプリカの動きが止まった。
「……名前? 名前とは……なんだ?」
剣を持った腕が下がる。攻撃の意志が揮発していく。
リュウガは一体一体に語りかけながら歩いた。ルーテとハープが警戒を緩めず、だが斬らずに見守る。
「あんた、本当にあの子たちを救いたいのね」
「ああ、お前が俺にしてくれたことを返しているだけだ」
攻撃の手を止めるレプリカが一体、また一体と増えていく。管理の限界が、内側から崩れ始めていた。
最上階の扉が見えた。白銀の巨大な隔壁。
「一人の犠牲も出さずにここまで来たわ。この先に、アリスの影がいる」
オーボエがハルバードの石突を打った。
「突入班、最終フェーズ。扉の先は未知の領域。規律を保ち、母様に続きなさいまし」
「「「了解!」」」
私はスパナを握り直し、白い扉へ向かって歩き出した。




