第111話:【真相】世界の終わりの真実(ガイア・リブート)
ソフィアの食事風景は、控えめに言って異様だった。
「……ふむ。この合成食糧ブロック、2000年前の軍用レーションより不味いのう」
身長135センチの少女が、演算球体を従えて宙に浮いたまま、カロリーブロックを齧っている。その姿だけ見ればただの偏食な子供だが、彼女が口を開くたびに、空間の温度が数度下がるような知性の圧力が放たれる。
「文句言うなら食べなくていいわよ、この2000年寝太郎!」
「寝太郎とは心外じゃな。ワシは『戦略的仮眠』をしておったのじゃ」
「2000年の仮眠って、それもう永眠でしょうに……」
ソフィアはカラカラと笑い、最後の一欠片を飲み込んだ。そしてふっと表情を引き締め、演算球体の一つを指先で弾いた。
空中に巨大なホログラムが展開される。地球の全体図。だが、私の知る地理とは何かが決定的に違った。大陸の輪郭が滲み、いくつかの地域がポリゴン状に欠落して「穴」が空いている。
「さて。腹も膨れたところで、世界の終わりについて教えてやろう」
◇◆◇◆◇
「この地球には、旧文明が残した環境制御OS『Gaia』が走っておる」
ソフィアの声が、地下ドームに低く響く。
「ナノマシン(Type-Gaia)を介して大気、地殻、海流を管理するシステムじゃ。お主らが『魔法』と呼んでおるものの大元。……そして、このOSには一つの『安全装置』が組み込まれておる」
ホログラムの地球が赤く点滅した。
「文明のノイズ――戦争、環境破壊、技術暴走が臨界点を超えた地域を、ナノマシンが物理的に消去するプロトコル。名を『ガイア・リブート』」
「消去って……まさか」
「次元震じゃよ。お主らが恐れておったあの現象の正体は、Gaiaが実行する人工的なリセットプログラムなのじゃ」
私の背筋が凍った。
次元震。空間がポリゴン状に剥がれ落ち、そこにいた命ごと消える。あの恐怖の現象が、自然災害ではなく「設計された消去」だったなんて。
『母様、バイタルに異常が出てるお。深呼吸するお』
ファーファが肩の上でソッと液晶を暗くし、目立たぬように私の体温と心拍を監視していた。いつもの騒がしさはない。こういう時だけ、この球体は黙って仕事をする。
「……じゃあ、極東で頻発していた次元震は?」
「感情豊かな人間たちが生きている証拠じゃ。Gaiaにとって、感情とは『ノイズ』に他ならん。人が笑い、怒り、悲しむとき、生体電流は不規則な波形を描き、大気中のナノマシンに予測不能な『熱』の乱れを生む。その不確定な熱量の総量が閾値を超えた地域から順に、システムはそれを『致命的なエラー』と見なして物理的な消去を実行するのじゃ」
「……つまり、人間が人間らしく生きること自体が、この星の環境維持システムにとっては『害悪』だってこと?」
私は思わず、作業台の上のスパナを強く握りしめた。
「ふざけないでよ。機械ってのはね、使う人間の熱(感情)を受け止めて、それに合わせて一緒に摩耗していくから美しいのよ。人間の熱を拒絶するシステムなんて、ただの出来損ないじゃない!」
リュウガが低く呻いた。
「クロノスが2000年間平和だったのは……」
「市民の感情を去勢して、Gaiaに『この地域は死んでおる』と誤認させておったからじゃ。ワシの設計した帝国は、文字通り『死んだふり』をすることで生き延びてきた。……皮肉であろう? 完璧な平和の正体が、完璧な偽装死とはのう」
ソフィアの声に、自嘲が混じっていた。
「そして今、お主らがこの帝国に乗り込み、ハッピー・ウイルスなどという物騒な名前のノイズを撒き散らしておる。市民の感情が戻り始めれば、クロノスはGaiaに『生きている』と認識される。……つまり」
「リセットの対象になる」
リュウガが、私の言葉を引き継いだ。
沈黙が降りた。
私たちの旅が、世界にノイズを撒き散らしていた。マルクに名前を贈り、メロディに音楽を渡し、一人ずつ感情を灯してきた。あの行為の全てが、世界の終わりを加速させていたのだ。
「母様。……わたくしたちのしてきたことは、間違いだったのですか?」
オーボエの声が、珍しく硬い。護衛班のコルネとユーフィも言葉を失っている。ボーンでさえ、拡声器を膝に置いて黙り込んでいた。
「間違いではないのじゃ」
ソフィアが、意外にも穏やかな声で言った。
「お主らがやっておることは、今となってはむしろ正しい。名前を贈り、音楽を聴かせ、眠った感情を起こす。それは人間としての当然の行いじゃ。……問題は、このOSが『人間らしさ』を病原体として設計されていることにある。治療が正しくても、世界のルールが狂っておるのじゃ」
「だったら、そのルールを直せばいいじゃない」
私が言うと、ソフィアの赤銅色の瞳が鋭くなった。
「直す、と簡単に申すか。GaiaのOS本体は、遥か南――東アフリカのエチオピアに存在する『オリジン・サーバー』に格納されておる。リセット・プロトコルを書き換えるには、そこまで行くしかない。……じゃが、まず目の前の問題がある」
ホログラムが切り替わり、クロノス帝国の中枢塔が映し出された。
「行政AI『ジャッジメント』。ワシがかつて設計した、帝国の管理中枢じゃ。こやつが生きている限り、お主らがこの帝国を出ることは叶わん。あのAIはアリスの『絶望』だけを純粋培養した存在。感情を持つ全てを『バグ』として消去する。お主らが帝国の中を騒がせるほど、あやつは強くなる」
二段階の壁。まずジャッジメントを倒し、それからエチオピアへ。
「……残り時間は?」
リュウガの問いに、ソフィアの表情が曇った。
「Gaiaのリセット・カウントダウンは、お主らの旅が始まった時点で加速しておる。エリアーナ、お主がリュウガを目覚めさせた瞬間から、世界の秒針は動き始めておったのじゃ。……残りは、数ヶ月。いや、クロノスの市民が目覚め始めた今、もっと短いかもしれん」
数ヶ月。
あまりにも短い。だが、ゼロではない。
「……ねえ、ソフィア。一つ聞いていい?」
「何じゃ?」
「あなたは2000年も眠っていたのに、なぜ今、起きたの? 私たちが来なくても、あのカプセルの中でずっと眠り続けることもできたはずよ」
ソフィアが、一瞬だけ言葉に詰まった。演算球体が微かに揺れる。
「……完成した帝国を見て、ワシは自分の正解に違和感を覚えた。心が死んだ標本箱のような世界は、平和であっても『生きている』とは言えなかった。じゃが、どう直せばいいか分からなかった。だから眠った。……いつか答えを持つ者が来ることを、ワシの論理ではなく、アリスの不確実な祈りに賭けての」
その瞳が、リュウガと私を交互に見た。
「そして今、空っぽだったリュウガが笑い、アリスの末裔が猿のようにスパナを振り回してここまで来た。……賭けに勝ったのは、ワシではなくアリスだったということじゃな」
『……観測。ソフィア様の心拍、0.3%上昇。これは「感動」と定義可能な値ですわ。……てぇてぇの種類が、また一つ増えましたわね』
クララが地下拠点との通信回線越しに、静かにログを刻んでいた。
『クララ、今のソフィアちゃんの顔、めっちゃ尊くない? あーし泣きそうなんだけど』
ユーフィの囁きに、ボーンが鼻を啜りながら『あたしも……ぐすっ……実況できないくらい尊いんだよぉ……』と震え声で返す。
「……感傷に浸る時間は終わりじゃ」
ソフィアが鼻を鳴らし、浮遊する身体をくるりと回した。
「ワシは技術アドバイザーとしてお主らに協力する。まずはシスターズとかいう原始的な兵装をワシの量子演算で最適化してやろう。……エリアーナ、覚悟しておけ。お主のハンダ付けを、2000年分アップデートしてやるからのう」
「上等じゃないのよ、この2000年寝太郎! 私のハンダ付けをナメないでよね!」
吠える私の横で、リュウガが静かに呟いた。
「数ヶ月。……それだけあれば十分だ」
「本当? 足りるの?」
「お前と一緒なら、一秒でも足りる」
「……っ! こ、こんな時にそういうこと言わないでよ、バカ!」
私が真っ赤になって俯くと、セフィラが無表情のまま首を傾げた。
「……母様。『こんな時』とは、具体的にどの時ですか。お父様の発言は常に一定の精度で母様を赤面させています。時間帯との相関は確認できません」
「セフィラは黙ってて!」
世界の終わりまで、あと数ヶ月。
だけど今は、この騒がしい家族と、2000年ぶりに目を覚ましたのじゃロリ科学者がいる。
壊れた世界を直すための部品は、全部揃い始めている。




