↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《SFファンタジー冒険譚》物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の知識の管理者(旦那様)でした。追放された没落天才令嬢の私は最強の娘たちと「世界」を再構築!―合計11KPV  作者: ざつ
第5章:白亜編:論理の檻と感情の種

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
122/144

第109話:【贈名】名前を贈る者たち

 地下に潜って三日目。排水路の暮らしにも、少しずつ輪郭が見え始めていた。


 ヴォイスの人々は約50人。帝国が廃棄した期限切れの合成食糧ブロックを拾い集め、松明の灯りだけで命を繋いでいる。水は地下水を汲んで使うが、重金属まみれで、ハープとテューバが浄化装置をフル稼働させなければ飲めたものじゃない。


 何より深刻なのは、彼らが「直す」ことを知らないことだった。


 壊れた照明器具、ひび割れた水瓶、歪んだパイプ。どれも少し手を入れれば使えるものばかりなのに、「壊れたら捨てる」以外の選択肢を持たない。帝国の管理下では、市民が自分で何かを修理する必要も、その技術を学ぶ機会もなかったのだ。


「チェロ、配給の列が乱れてるわ。整理して」

「了解ですわ。……皆様、順番を守ってくださいまし。一人一個ずつ、確実にお渡しします」


 チェロが毅然と立ち、列を整理する。最初は戸惑っていたヴォイスの面々も、彼女の揺るがない規律に導かれ、おずおずと並び直した。


 隣ではオルガが、栄養失調の子供にスープを飲ませている。ルーテが無言で床を磨き、テューバが崩れた壁を補強し、ハープが隅々の水質をチェックする衛生班の仕事。


 そして子供たちの集まる一角では、三馬鹿が大奮闘していた。


「ねーねー、これ見て! ボクの剣、火が出るんだよ! ……あ、大丈夫、小さい火ね!」


 コルネが指先にぽっと灯した小さな炎を見せると、子供たちの目が僅かに動いた。笑いはしない。でも、火の揺らめきを追う瞳には、抑えきれない「興味」の片鱗がある。


「ほらほら、次はあーしの番! この髪飾り、キラキラでしょ? つけてあげよっか?」


 ユーフィが自分のリボンを外して女の子の髪に結ぶと、その子は不思議そうに自分の頭に触れた。装飾品という概念を、生まれて初めて体験しているのだ。


 私はその光景を見守りながら、ラボ車で音の刺激プログラムを調整していた。108話の失敗を踏まえ、心拍のリズムから始めた微弱な正弦波。三日間かけて周波数を少しずつ広げ、今日はようやく「水滴の音」まで到達している。


 その時、耳に微かな旋律が届いた。


 誰かが、歌っている。


 私はハンダごてを置いて音の出所を探った。排水路の奥、壁の窪みに身を寄せた痩せた女性が、唇をほとんど動かさずに、かすかなハミングを漏らしている。


 それはメロディとも呼べないほど断片的な、わずか三音の繰り返し。だが確かに「音の配列」だった。管理AIの指令音でも、ドロイドの駆動音でもない、彼女自身の内側から湧き出た振動。


「ピッコ、あの女性は?」

「脳波スキャン結果。感情パッチの経年劣化が顕著。抑制フィルターに微細な穴が開いていますわ。そこから「音への感受性」が漏れ出している状態。……つまり、パッチのバグのおかげで彼女は「音」を感じられるのですわ」


 パッチのバグ。皮肉にも、帝国の完璧なシステムの「綻び」が、この女性に音楽を聴く力を与えていた。


 私はアークの廃材置き場を漁った。そして見つけた。検疫要塞で回収した旧世界の遺物の中に、手のひらサイズの壊れたオルゴールがあった。ゼンマイが折れ、歯車が二つ外れている。


「……これなら、10分で直せるわ」


 折れたゼンマイをスパナで伸ばし、外れた歯車を嵌め直す。ハンダで固定し、余分な錆を削り取る。カチッとネジを回すと、ジジジ……と錆びた機構が震え、不格好だが確かな旋律が流れ出した。


 私はその女性の前にしゃがみ、オルゴールを差し出した。


「はい。あなたに」


 女性が戸惑ったように私とオルゴールを見比べる。おずおずと手を伸ばし、掌に乗せた瞬間、彼女の目が見開かれた。


 振動が伝わっている。手のひらを通じて、骨を通じて、脳に直接。管理AIのフィルターを通さない、物理的な「生の振動」。


 女性の唇が震えた。目の縁に、光が滲む。泣いているのではない。涙腺の使い方も、まだ知らないのだから。ただ、彼女の内側で、2000年間眠っていた何かが、ようやく目を開けようとしていた。


「メロディ」


 私は、彼女に名前を贈った。


「あなたの名前よ。あなたが無意識に口ずさんでいた、あの三つの音から取ったの」

「メロディ……」


 彼女がその音を舌に乗せた瞬間、昨日のマルクと同じ震えが走った。自分だけの振動。自分だけの音。世界に一つしかない、名前という共鳴。


 その様子を見ていたリュウガが、微かに息を呑んだ。


「……この旋律を知っている。アリスがよく口ずさんでいた」

「え? このオルゴールの曲を?」

「ああ。2000年前、ラボで作業する時にいつも。……音楽だけは、時間を超えるものらしい」

「2000年経っても消えないのね、音楽って」


「ああ。……お前の寝言847件も、帝国のデータベースに永久保存されているがな」

「なんでそこに着地するのよッ!」


 ◇◆◇◆◇


 その日から、名付けは一家の「日課」になった。


 私が一人ずつ話を聞き、癖や特徴を見つけて名前を考える。手先が器用で、廃材を組み合わせるのが上手い男には「クラフト」。通路の壁をいつもコンコン叩いて反響を確かめている少年には「ノック」。


 シスターズたちも自然と手伝い始めた。


「この方、いつも他の方の毛布を直してくださいますわ。『ニット』はいかがかしら?」


 オルガが聖母の笑みで提案し、チェロが「記録しておきますわ」と手帳に書き込む。


「この子、走るのめっちゃ速いんだよぉ! 『ダッシュ』でどう?」


 ボーンが子供を肩車しながら叫ぶ。


 全員ではない。名前を受け入れられない者もいる。恐怖で固まる者、拒絶する者。それでいい。全員を一度に救おうとした108話の失敗を、私は忘れない。一人ずつ、その人のペースで。





「母様、地上にドローンの反応」


 ヴィオラの声が通信に入り、空気が引き締まった。


「帝国の追跡型。3機。地下入口の半径200メートルを捜索中ですわ」

「リディア、対応をお願い!」

「任せなさい。ドローン3機、電磁欺瞞モードで引き離すわ。……ルーテ、ハープ、入口の偽装を」

「……了解。痕跡、消す」


 ルーテとハープが音もなく地上へ滑り出し、入口周辺の足跡や熱源痕跡を物理的に消去していく。リディアのドローンが敵を別方向へ誘導し、数分後に「逸れた」とヴィオラが報告。


 潜伏の緊張感。私たちがここにいることは、まだ帝国に知られていない。だがそれも時間の問題だ。





「エリー。名前を贈ることは、この人たちのアイデンティティを物理的に再構築する行為だ」


 夜、ラボでリュウガが言った。


「帝国のナノマシンは、名前を消すことで個人の自己認識を根絶している。名前を取り戻すことは、パッチに穴を開ける行為と同義だ。……だが、完全にパッチを除去するにはピッコの外科手術が必要になる」

「つまり、名前は『入口』ってことね。ドアをノックしただけで、まだ中に入ってない」

「そうだ。だが、ドアが開くかどうかは、ノックする者の誠意にかかっている」


「……大丈夫よ。私、ノックだけは得意だから。壊れたドアは蹴破るし」

「それはノックとは言わないのではないか?」

「うるさいわね、細かいことは気にしないの!」


 私は、メロディが抱きしめたまま離さないオルゴールのことを思い出した。あの三つの音。アリスが口ずさんでいたという旋律。2000年の時を超えて、一人の女性の眠りを覚ました不完全な音楽。


 全員を一気に救えなくても。


 一人ずつ、名前を贈ろう。一つずつ、音を届けよう。


 それが私にできる、世界一不器用な修理の続きだ。


『母様、ログ保存完了だお。本日の命名数:7名。「マルク」「メロディ」「クラフト」「ノック」「ニット」「ダッシュ」「シグナル」。……てぇてぇの種、着実に撒かれてるお(゜∀゜)』


「ファーファ、たまにはいいこと言うじゃない」


『えへへ。ファーファはへその緒だからお! みんなの名前も、ちゃんと繋いでおくお!』


 地下の闇に、灯火が七つ。


 明日はもっと増やしてやる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の姫たちと世界を変える戦いへ!
《音楽xSFxファンタジー戦記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~最強の力は絆の中に。人類に裏切られた天才軍師の俺は、六竜姫の激情を調律し和音を奏でて覇道を往く~(代表作)
《重厚ファンタジー戦記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン 外伝:断罪の前奏曲 ~処刑寸前の軍師を竜姫が略奪!十二年待った『我の夫となれ』の言葉。亡国の逆境を焼き尽くし覇道を往く~
《王宮裏方奮闘記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン:奉仕の練習曲(プレリュード)~商家の娘は皿洗いの先に王の盾を見る。伝説のメイド長に叩き込まれる覚悟と作法で王宮の誇りを守る~外伝②
(あらすじ)
元・天才軍師候補のヒカルは、仇敵カインの謀略と人類の憎悪により「裏切り者」の濡れ衣を着せられ、処刑寸前にまで追い込まれる。人間社会に絶望した彼の前に炎の竜姫レヴィアが降臨し、救われた彼は、六人の竜姫(六龍姫)の感情をリアルタイムで把握する「絆の共感者」の異能に目覚めさせられる。
ヒカルの義務は、レヴィアの激情的な愛や、アクアの理性的な愛といった、制御不能な竜姫たちの愛の感情を音楽の和音(ユニゾン)として調律し、軍団の戦闘力へと変えること 。彼は裏切りのトラウマを抱えながら、まず古王軍(闇の竜族)との絶望的な劣勢を覆す内戦に勝利し、六龍盟約軍を完成させ、竜の世界の新たな王になることを誓うのだった。

こちらも超オススメ!!

《SFファンタジー冒険譚》物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中―



その他の作品もぜひ!

《冒険者ギルドのお仕事ファンタジー》鉄の受付嬢リリアンのプロの流儀 ~冒険は、窓口から始まります~
《純SFハイファンタジー》星を穿つ槍と、黄金のオムライス――放浪の戦術師とポンコツ戦闘メイド――
メゾン・ド・バレット~戦う乙女と秘密の護衛生活~
軌道エレベーターの管理人たち〜地上コンシェルジュは、宇宙(そら)の英雄に恋をする
スローライフを目指したい鈍感勇者のラブコメは、天《災》賢者の意のままに!!〜システィナ様の暴走ラブコメ劇場〜
桃太郎伝 ~追放された元神は、きびだんごの絆で鬼を討子、愛しき仲間たちと世界を救う~
異世界グルメ革命! ~魔力ゼロの聖女が、通販チートでB級グルメを振る舞ったら、王宮も民もメロメロになりました~(週間ランクイン)
時間貸し『ダンジョン』経営奮闘記
【ライトミステリー?】没落お嬢様の路地裏探偵事務所~「お嬢様、危険です!」過保護なメイドと学者と妖精に囲まれて、共感力と絆で紡ぐ、ほのぼの事件簿
ニャンてこった!異世界転生した元猫の私が世界を救う最強魔法使いに?
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。