第102話:【突入】戦士たちのシンフォニア、死なない軍団
セフィラの真紅の翼が、白亜の壁に激突した。
出力300%を超えた振動剣が壁面のナノセラミックを抉り、数千年の沈黙を守ってきた隔壁に幅3メートルの「穴」がこじ開けられた。断面からバチバチと青い放電が走り、防衛システムが悲鳴のような警報音を吐き出す。
「穴が開いたわ! 突入班、今よッ!」
私のタクトが振り下ろされた瞬間、6人の影がバイクを捨ててアークの甲板から弾丸のように射出された。オーボエ、ボーン、コルネ、ユーフィ、ルーテ、ハープ。各自の腰には、ピッコが組み上げたシステム介入デバイスのパーツが分散して装着されている。中枢制御室で組み立て、要塞のAIに直接叩き込む。それが作戦の核だ。
先頭はオーボエ。ハルバードを水平に構え、穴の縁にへばりつく多脚防衛ドロイドを一閃で両断しながら内部へ飛び込む。
「全員、わたくしに続きなさいまし! 穴の再生が始まっています、急いで!」
ボーンが重突撃ランスのブースターを全開にし、再生を始めたセラミック壁を物理的に吹き飛ばして通路を拡張する。コルネの炎が暗闇を照らし、ユーフィが薙刀で天井から降ってくるドロイドの残骸を叩き落とした。最後にルーテとハープが影のように滑り込み、後背を固める。
6人とセフィラが内部へ消えた。穴の縁が再生を始め、ゆっくりと閉じていく。
「穴が塞がるまであと90秒! 外のみんな、砲座の注意を引き続けなさい! 突入班が中枢に辿り着くまで、絶対にこっちを向かせるのよ!」
◇◆◇◆◇
外は地獄だった。
セフィラが穴を開けたことで防衛AIの優先順位が書き換わり、砲座の大半が穴の方向――つまり突入班を狙い始めた。それを引き剥がすために、外に残ったチェロ、テューバ、オルガ、ヴィオラ、クララの5人が壁の正面で砲火を一身に浴びていた。
「チェロ、テューバ! 正面の砲座を引きつけ続けて! 穴に火力が集中したら突入班が消し飛ぶわ!」
「了解ですわ、母様! 全砲火をこの身に引き受けます!」
チェロが重力斧を振り上げ、テューバと共に盾を構えた。白い光弾の嵐が二人に殺到する。三重の重力障壁がミシミシと軋み、テューバの盾の表面がガラス細工のように剥離していく。
ドォォォォンッ!
光弾の直撃がテューバの左腕を吹き飛ばした。だが彼女は一歩も退かず、残った右腕だけでハンマーを構え続ける。
「テューバ!」
「……大丈夫。……まだ、立てる」
だが次の一斉射撃が、テューバの胴体を貫いた。彼女の機体がオイルの花火を散らして崩れ落ちる。
「テューバが落ちたわ!」
私が悲鳴を上げた3秒後――。
ガコォォォンッ!
8号車のハッチが吹き飛び、全くの無傷で新品のテューバが飛び出してきた。分散復活システム。彼女の人格データは大破した0.8秒後には別の素体へと転送され、まるで何事もなかったように戦線に復帰する。
「……ただいま。……次は、当たらない」
テューバが無表情のまま、新しいハンマーを地面に突き立てた。
「死んでも0.8秒で戻ってくる不滅の軍団」。その現実を、要塞のAIは初めて「計算不能」という警告として処理した。撃破した対象が消滅せず、むしろ完全な状態で増殖するように見えるバグ。論理で構築された防衛システムにとって、それは最悪の異常事態だった。
「ヴィオラ、クララ! 砲座のセンサーを片っ端から潰して!」
「おーっほっほ! 混乱している今が好機ですわ! ……風読み完了。クララ、合わせなさい!」
「了解。……母様の娘を撃つゴミ、デリートしますわ」
ヴィオラのレールガンとクララの精密狙撃が、砲座のセンサーユニットを次々と撃ち抜く。一基が沈黙するたび弾幕に穴が生まれ、チェロたちへの負荷が軽くなっていく。
「リディア! 砲座の死角を!」
「やってるわよ! 残り27機、全機をセンサー解析に投入中! 盲点をリアルタイムでヴィオラたちに転送してるわ!」
リディアのドローンが壁面全体をスキャンし、射撃パターンの隙間をミリ秒単位で特定する。その情報が狙撃班の精度をさらに跳ね上げた。
「カイル! アークの砲を壁の左翼に集中させて! リソースを分散させるのよ!」
「了解! 全車、左舷砲撃開始! 弾を惜しむな、ありったけブチ込め!」
カイルの号令で10台の車両から一斉に砲火が吹き上がる。壁面左翼に着弾の火柱が連なり、防衛AIが優先順位の再計算を強いられる。
その隙に、チェロの重力障壁を貫いた光弾がオルガの左肩を抉った。
「オルガ!?」
「あら……。少々、痛いですわね」
オルガは微笑んだまま膝をつき、電磁シールドが消えた。だが彼女が倒れる前に、6号車のハッチから新品のオルガが飛び出し、途切れかけたシールドを即座に引き継いだ。
「お待たせしました。……母様、シールド、継続しますわ」
死んでは蘇り、蘇っては盾を構える。要塞のAIにとって、それは「正解のない問題」を永遠に解かされ続ける拷問に等しかった。
◇◆◇◆◇
要塞内部。白銀の回廊は不気味なほどに清潔で、どこまでも無人だった。
人の気配は一切ない。足音を立てるのはオーボエたち7人だけだ。だが、天井や壁面のハッチから多脚防衛ドロイドが次々と湧き出してくる。完全自動の殺戮機械。命令を下す人間など、ここには最初から存在しなかった。
「前方12体! 天井からも4体!」
オーボエが叫ぶと同時に、コルネとユーフィが前衛に躍り出た。
「ボクが焼く! ユーフィは脚を!」
「了解ー! 脚だけ断って、あとはルーテ姉に任せるっしょ!」
コルネの炎がドロイドのセンサーを焼き、ユーフィの薙刀が脚を断つ。だがドロイドは自己修復を開始し、断たれた脚が数秒で再生した。
「再生速度が速すぎるよ!」
「コアを直接潰しなさい! ルーテ、ハープ!」
オーボエの指示が飛ぶ。ルーテが加速空間をデリートし、ドロイドの背後に回り込んだ。高周波双剣がコアの外殻を切り裂き、露出した演算核をハープの振動鉤爪が「切除」する。
「……不衛生。摘出完了」
ハープが告げるたびにドロイドが崩れ落ちる。だが、倒しても倒しても新しい個体がハッチから這い出してくる。無人の要塞は、それ自体が一つの巨大な自動殺戮装置だった。
「キリがないだだよぉ! 雑魚は無視して走り抜けるだだよぉ!」
「ボーンの言う通りですわ。全員、制御室まで一気に駆け抜けなさい! セフィラ、先頭を!」
「了解。……道を開けます」
セフィラが真紅の翼を全開にし、回廊を流星のように駆け抜けた。行く手を阻むドロイドを振動剣で紙のように切り裂き、隔壁を力ずくでこじ開けていく。6人はその背中を追い、ドロイドの群れを蹴散らしながら要塞の最深部へと突き進んだ。
制御室の扉が見えた。厚さ2メートルの超硬合金。
セフィラが振動剣を突き立て、全出力で切断する。パッチ・オフの代償で全身から蒸気が噴き出し、装甲の端々がひび割れていたが、彼女は止まらなかった。
扉が崩落し、その向こうに広がったのは巨大な球体状の演算コアが浮遊する無人の制御室だった。人間用の座席も端末もない。ただ冷徹な計算だけが、数千年もの間この要塞を動かし続けてきた空間。
「デバイスを組み立てて! 急いで!」
通信越しの私の声に、6人が腰のパーツを外して組み上げ始める。オーボエが回路を接続し、ボーンが物理コネクタを力任せに押し込み、コルネとユーフィが配線を繋ぐ。ルーテとハープが周囲のドロイドを排除し続け、セフィラが制御室の入り口に立って最後の防衛線を張った。
「ピッコ! 接続完了よ! コードを送って!」
「了解ですわ。……緊急停止コード、注入開始!」
アーク側のピッコが、通信回線を介してデバイスへ旧文明の停止命令を流し込んだ。
コアが激しく明滅し、要塞全体が地鳴りのように震える。
そして――。
キィィィン、という高周波が消え、要塞の灯りが落ちた。
外では、600基の砲座が一斉に沈黙した。光弾の嵐が嘘のように止み、白亜の壁はただの巨大な石壁へと戻っていく。
「……砲撃、停止を確認。全砲座、機能停止ですわ」
ヴィオラの報告が通信越しに響いた。
チェロとテューバが崩れるように膝をつき、復活したばかりのオルガがシールドを解除して大きく息を吐く。カイルが「全車、射撃停止」と号令をかけ、リディアがドローンを回収モードに切り替えた。
「母様。要塞、制圧完了ですわ」
オーボエの凛とした声が、白亜の回廊に響いた。
だけど、私は、浮遊するコアがまだ微かに明滅を続けているのをモニター越しに見ていた。
「リュウガ。この停止コード、永続的なもの?」
「……いいや。ピッコの注入した命令は一時的な措置だ。このコアの自己修復プロセスが数時間で上書きする。放置すれば砲座は再起動し、俺たちは前と後ろから挟み撃ちになる」
「やっぱりね。……突入班、聞こえる? まだ終わってないわよ! そのAIを完全に黙らせるまで、誰も休めないんだから!」
『了解だだよぉ! でもあたし、ちょっとだけ休憩ほしいよぉ……』
ボーンの情けない声に、オーボエの冷徹な返答が被さった。
「却下ですわ。規律に休憩の二文字はありません!」
制圧した要塞の奥で、浮遊するコアが不気味な明滅を続けている。一家の本当の仕事は、まだ終わっていなかった。




