↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥まみれの英雄たち  作者: 時雨
第二部 凡人の再起/第五章 黒衣の兄と白樺監視所の撤退戦
PR
47/50

第47話 若い士官

 増援隊の先触れとして、ひとりの若い士官が補給所へ来た。

 名をユリウス・フェルナーという。整った軍服に、まだ新しい肩章がついていた。


「補給の帳面を見せていただきたい」


 彼は丁寧に言った。

 ミラが在庫表を渡すと、ユリウスは最初の頁だけを見て頷いた。


「十分ですね。三日後の出発に合わせ、荷車を四台準備してください」


 オルドが顔を上げた。


「四台? 荷の内容も分からんのに」

「兵百人分の食糧と装備です」

「三日分か、十日分か」


 ユリウスは少し言葉に詰まった。


「作戦はまだ確定していません」

「なら、四台という数字も確定しない」


 オルドの声は落ち着いていた。

 僕は書類を覗いた。

 食糧のほかに、矢、予備の弦、馬の飼葉が必要なはずだ。


「隊の馬は何頭ですか」


 僕が尋ねると、ユリウスはこちらを見た。


「君は?」

「補給係の見習いです」

「その質問は、補給長がすることでは」


 僕は黙った。

 オルドが書類を机へ置いた。


「答えてやれ。必要な数字だからな」


 ユリウスは少し赤くなり、言い直した。


「騎馬十二、荷馬八。途中で増える可能性もあります」


 僕は帳面へ書いた。

 これまでの輸送では、馬の数を後から知らされて困ることが何度もあった。

 その日の夕方、ユリウスは僕を倉庫の外で呼び止めた。


「さっきは失礼した」

「いえ」

「士官として初めて大きな輸送を任されて、少し焦っていた」


 僕は驚いた。


「僕も最初、地図だけで到着時刻を決めて、半日遅れました」


 ユリウスは小さく笑った。


「それは困る」

「はい。本当に困りました」


 二人で少し笑った。


「君の名前を、もう一度」

「アルヴィス・ランカスターです」


 ユリウスの顔が変わった。


「ランカスター……あの、北で名を上げた騎士と同じ家か」


 僕は息を止めた。


「兄をご存じなんですか」


 ユリウスは僕の顔を見つめた。


「レオンハルト卿は、うちの隊の指揮を任されています」


 僕は何も言えなくなった。


 ◇


 兄さんが来る。

 そのことを知ってから、僕は仕事へ集中できなくなった。

 木札の番号を二度読んでも頭へ入らない。ミラから呼ばれても返事が遅れる。


「無理なら今日は休んでもいいよ」


 彼女が言った。


「大丈夫」

「大丈夫な顔じゃないけど」


 僕は帳面を閉じた。

 兄さんへ何を言いたいのか、自分でも分からない。

 兄さんと最後にまともに話したのは、北へ発つ前の夜だった。


 魔術を失ってから、兄さんが何を考えているのか分からなくなった。僕も自分のことで精いっぱいで、返事の手紙さえ書けなかった。

 今の僕は補給所で働いている。失った魔術は戻らないけれど、できる仕事が少しずつ増えた。


 そのことを伝えたい。昔のように笑ってほしい。

 でも、昔の僕と違うと分かったら、兄さんはどんな顔をするのだろう。

 会いたい気持ちと、会うのが怖い気持ちが、胸の中でぶつかっていた。

 夕方、補給所へ手紙が届いた。


 差出人は母さまだった。

 屋敷の白百合が今年も咲いたこと。父さまが冬支度を始めたこと。ゴードン爺さんが腰を痛めたが、まだ働こうとして周りに叱られていること。

 最後に短い一文があった。


『レオンハルトも北で仕事を続けています。あなたたちがいつか話せる日を、私は待っています』


 僕はその一文を何度も読んだ。

 母さまだって、兄さんのことを全部知っているわけじゃない。

 それでも、待っているのだと思った。



 翌朝、増援隊の先遣兵が到着した。

 黒い外套の騎士はいなかった。

 僕は安堵して、それから自分が安堵したことを恥ずかしく思った。

 テオが横から覗き込む。


「誰を探してたんだ?」

「別に」

「そういう顔に見えないぞ」


 僕は苦笑した。


「会うのが怖い人が来るかもしれない」


 テオは少し考えた。


「なら、会う前に仕事を終わらせとけ。会ったあと、仕事どころじゃなくなるだろ」


 その答えが妙にまともで、僕は笑った。

 確かに、今できることはある。

 僕は荷の一覧を持ち、倉庫へ戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。