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泥まみれの英雄たち  作者: 時雨
第二部 凡人の再起/第四章 西谷補給所と石門砦への道
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第42話 石門砦への道

 出発の日、空は低い雲に覆われていた。

 僕は三台目の荷車へ乗った。先頭はロウ、二台目は補給所の御者、僕の隣にはテオがいる。

 馬の息が白い。雨は止んでいたが、道の土は重かった。


「荷の縄、緩んでない?」


 テオに尋ねると、彼は荷台の端を引いて確かめた。


「今は大丈夫。坂を越えたらまた見る」


 その答えが、以前よりずっと頼もしかった。

 昼前、橋の近くへ着いた。

 川は茶色く濁り、水が木の柱へぶつかっている。


 見張り所の兵士が、一台ずつ通るよう指示した。

 ロウの車はゆっくり渡った。二台目も続いた。

 僕らが橋へ乗りかけたとき、馬が急に首を振った。


「待て」


 御者が手綱を引く。

 橋の中央へ目を向けると、板と板の間から水が吹き上がるように跳ねていた。

 見張りの兵士が近づき、縄で補強した柱を確かめる。


「さっきより流れが強い」


 彼はそう言い、後続を止めた。

 向こう岸には二台の荷車が見えている。

 こちらへ戻すにも、狭い橋をもう一度渡らせなければならない。

 ロウは馬を安全な場所へ移動させ、伝令をこちらへ走らせた。


「お前たちは戻れ」


 兵士が言う。


「向こうの二台はどうしますか」


 僕が尋ねると、彼は首を振った。


「引き返すより、砦へ進めた方が早い」


 僕は頷いた。

 三台で運ぶはずの荷は、ここで二つに分かれた。

 川辺で待ちながら、僕は書きかけの予定表を見た。


 渡れなかった荷車は借り物だ。返却日が決まっている。

 積んでいる麦袋は、砦が待っている後半分の一部。

 もう一度橋が使える保証はない。


「どうする?」


 テオが尋ねた。

 僕はすぐには答えられなかった。


「まずオルドへ知らせよう。向こう側にも、何が渡ったか伝えないと」

「それで?」

「……それから、別の道があるか調べる」


 テオは顔をしかめた。


「昨日見た地図じゃ、かなり遠回りだったぞ」

「うん」


 僕も分かっていた。

 近くの小屋へ運び込んだ麦袋は、濡れていないか一つずつ確かめた。

 それから、橋の向こうへ渡った荷の一覧を書き直した。

 夕方になって、伝令が戻ってきた。


 砦の兵は二台分の食糧を受け取ったらしい。

 それでも足りない分が残っている。

 僕は小屋の戸口に立ち、濁った川を見た。

 予定を立てることと、予定が崩れたあとに立っていることは、まるで違った。


 ◇


 補給所へ戻ると、オルドは報告を聞き終えるまで一度も口を挟まなかった。

 僕は借りた馬車の積み荷、渡った二台、橋の状態を順番に話した。

 最後に、川が落ち着くまで待つべきだと伝えた。


「お前の判断じゃなく、見張り所の判断だな」

「はい」

「そこは分けて書け」


 僕は慌てて紙を直した。

 砦からの新しい伝令が来たのは、その夜だった。


『残りの食糧を至急送れ。到着の遅延は認められない』


 僕は紙を読んで、胸が詰まった。

 橋が使えないのに、どうやって送ればいいのだろう。


「命令だから、無理でも行くんですか」


 僕が尋ねると、オルドは伝令の顔を見た。


「砦の指揮官は橋が閉鎖されたことを知っているか」

「報告は送っています」

「返事が届く前に、この命令を書いた可能性があるな」


 オルドは机へ向かった。


「今の状況と、現実的な選択肢をもう一度送る。川を泳いで荷を渡せとは書いてないだろう」


 僕は少しだけ息を吐いた。



 翌日、ミラは旧街道を使う迂回案を出した。

 距離は長いが、荷車が通れる道だ。宿営場所も二つある。

 ロウに見せると、彼は首を振った。


「今は途中の峠に霧が出る。大きな荷を積んで下りるのは危ない」

「いつなら通れますか」

「天気次第だ」


 僕はまた数字を書き直した。

 早く着く道は危ない。安全な道は遅い。

 砦には食糧が必要だ。

 どの紙にも、間違いだと決められる線はなかった。

 その晩、僕はテオと倉庫の前で縄を巻いた。


「お前、今日ずっと難しい顔してるな」

「どうすればいいか分からなくて」

「分からないなら、今分かってることを一つずつやれよ」


 テオは縄を引き、きつく結んだ。


「俺たち、橋は直せない。でも荷は濡らさないようにできる」


 僕は縄の結び目を見た。

 今日できることが、何もないわけではなかった。


「明日、袋をもう一度点検しよう」

「最初からそのつもりだよ」


 テオは笑った。

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