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泥まみれの英雄たち  作者: 時雨
第二部 凡人の再起/第四章 西谷補給所と石門砦への道
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第40話 雨の日の報告書

 雨が弱まった朝、見張り台への配給が再開された。

 僕はミラと一緒に、出荷する荷の一覧を確かめた。

 干し肉、塩、麦、薬。

 番号のついた木札を袋へ結び、荷車へ載せる。


「間違えないように、行き先も声に出して読んで」


 ミラが言う。

 僕は一つずつ確認した。

 昼前、荷車が出ていった。

 僕は大きく息を吐いた。

 今日は昨日までより落ち着いて仕事ができたと思った。

 ところが夕方、見張り台から伝令が戻った。


「薬箱が一つ、足りません」


 オルドが僕とミラを呼んだ。


「荷札を確かめろ」


 僕はすぐ帳面を開いた。

 薬箱は確かに二つ載せたことになっている。

 でも、印をつけたのは僕だった。


「二つ、確認しました」

「実際に箱を見たか」


 オルドが尋ねた。

 僕は言葉に詰まった。


「木札を見ました」

「中身は?」

「……確認していません」


 ミラが倉庫を調べると、棚の奥に一つ残っていた。

 前日に空箱へ付け替えた木札が、そのまま別の箱にも使われていたらしい。

 僕は木札の数字を信用して、重さを確かめなかった。


「今から追いかければ」


 僕が言うと、オルドは首を振った。


「今夜の道は危ない。まず見張り台へ知らせる。薬が急ぎなら、近い砦から回せるか確認する」


 彼は伝令へ短い指示を書いた。

 僕はその横で立ち尽くしていた。

 数字は合っていた。なのに、荷は届いていない。

 ミラが隣に来て言った。


「間違えたところを一緒に見よう」

「僕が木札を見ただけだった」

「じゃあ、次は箱そのものも確かめる。あと、札を付け替えた人の記録も残さないと」


 彼女は紙へ二つの欄を書き足した。


『札の確認』『現物の確認』


 僕はそれを見つめた。


「僕、迷惑をかけたよね」

「かけたよ」


 ミラははっきり言った。


「でも、ここで止まってても明日の荷は正しくならない」


 僕は頷き、棚の薬箱を取り出した。

 今度は蓋を開け、中の包みを一つずつ確かめた。

 夜、オルドから伝令の返事を聞いた。

 足りなかった薬は、近い砦に予備があり、明朝までには届くらしい。


 僕は胸を撫で下ろした。

 でも、それで失敗が消えたわけではなかった。

 明日の朝、荷札のつけ方から見直さなければならない。


 ◇


 翌朝、僕はいつもより早く倉庫へ行った。

 ミラが来る前に、昨日の荷札を机へ並べる。

 番号は同じでも、結び方が違うものがある。中身を移したあと、札だけ付け替えたものだ。

 僕は帳面を開き、誰がいつ付け替えたのか聞いて回った。


 全員が覚えているわけではない。

 忙しいときに移した箱もあった。

 でも、理由を聞けば、ただの不注意だけではないと分かってきた。

 午前中、ミラが来た。


「もう始めてたんだ」

「昨日のことを、忘れないうちに」


 僕は紙を渡した。

 木札を使い回すときは、古い印を消すか、新しい札に取り替える。

 出荷するときは札と箱の両方を見る。

 確認した人の名前を残す。

 書きながら、手順が増えすぎていないか気になった。


「これ、面倒かな」

「全部を毎回やると、時間がかかるね」


 ミラは考え込んだ。


「薬だけは必ず現物を確かめる。麦袋は秤と木札。荷物の種類でやり方を変えた方がいい」


 僕は頷き、紙を書き直した。

 最初の案より、短くなった。

 昼、オルドへ報告書を出した。

 彼は最初から最後まで読み、赤い線を一本引いた。


「『確認した者』だけじゃ駄目だ。出荷を許可した者も書け」

「どうしてですか」

「確認しただけで荷が出ていいわけじゃない。責任を持つ者を決めておく」


 僕は赤い線の下へ書き足した。

 報告書を返してもらえると思ったが、オルドは机へ置いた。


「これで試してみる。次の便からな」


 それだけだった。

 夕方、テオが声を掛けてきた。


「明日の荷、俺が積む。お前は札を読むんだろ」

「うん。間違えないようにしたい」

「俺もだ」


 テオは肩をすくめた。


「昨日の薬箱、倉庫の奥へ押し込んだのは俺かもしれない」

「え?」

「忙しくて覚えてない。だから、俺の方も数え方を変える」


 僕は少し驚いた。

 自分だけが失敗したと思っていたからだ。

 でも、そうじゃないからといって、自分の失敗が軽くなるわけではない。


「じゃあ、二人で確認しよう」

「そうしよう」


 テオは笑った。

 夜、寝台で帳面を開いた。

 軍へ来てからの十日ほどの記録が並んでいる。

 麦袋の数を忘れたこと。橋が通れなかったこと。馬の休憩を考え忘れたこと。薬箱を積み間違えたこと。


 失敗ばかりだ。

 でも、そのたび誰かの名前が横に書いてある。

 テオ、ミラ、ロウ、オルド。

 僕は最後の行へ書いた。


『次の荷は、昨日より正しく送る』


 それから帳面を閉じた。

 明日の仕事は、まだ決まっていない。

 けれど朝になれば、きっと誰かが困っている。

 そのとき、僕もここにいて、できることを探したかった。

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