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泥まみれの英雄たち  作者: 時雨
第一部 神童と喪失/第三章 破滅の吹雪と凡人の歩み
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第35話 それでも、生きていく

 十四歳の冬が来た。

 庭には薄く雪が積もり、昔、兄さんと地図を広げた窓辺にも冷たい光が差していた。

 僕は朝食を終えると、倉庫へ向かった。

 今日は北の見張り台への最後の荷を送り出す日だった。


 荷車の数を確かめ、積み忘れがないか帳面を見る。

 ゴードン爺さんは少し離れたところで、農夫たちと話していた。

 仕事が終わるころ、父さまが倉庫へ来た。


「春になったら、兵の補給係の仕事を見てみないか」


 父さまの袖には新しい墨がついていた。手には軍の印が押された封筒がある。僕が見つめると、父さまは外套の内側へしまった。

 僕は驚いた。


「僕が?」

「お前は地図と帳面をよく見るようになった。兵にもそういう者は必要だ」


 父さまはそこで言葉を切った。


「魔術は……今も戻らないのだな」

「うん」


 僕は答えた。

 以前なら、その質問をされるたび胸が苦しくなった。

 今も痛みがなくなったわけではない。

 でも、今日は顔を上げていられた。


「それでも、僕にできることを探したい」


 父さまはしばらく僕を見た。


「そうか」


 それだけ言って、倉庫を出ていった。

 夕方、書庫へ寄った。

 兄さんと見た古い地図は、まだ同じ引き出しに入っていた。

 紙は少し傷んでいて、角に小さな折り目がある。


 僕はそれを机へ広げた。

 帝都へ続く道。北の見張り台。雪で閉じる峠。

 昔の僕は、魔術で何でもできるようになると思っていた。

 今は、できないことの方がずっと多い。


 僕一人では橋も直せないし、馬車を動かすこともできない。

 それでも、誰かと話せば、少しずつ前へ進めることがある。

 あの夜のことを思い出そうとしても、思い出せるのは雪の音と曖昧な光だけだった。


 兄さんのことを考えると、今でも胸の奥がざわついた。

 どうして前のように話してくれなくなったのか、僕には分からない。

 また笑って話せる日が来るのかも分からない。


 でも、兄さんと過ごした日々まで、なかったことにはしたくなかった。

 机の端に、小さな帳面を置いた。

 ヴォルクにもらった帳面は、もう最後の頁に近づいている。


 最初の頃は、何もできなかった日ばかり書いていた。

 今は、どの道が通れたか、何を運べなかったか、誰に助けてもらったかで埋まっている。

 僕は今日の日付を書き、その下へ短く記した。


『北の見張り台への荷、送り終える。春から新しい仕事を見に行く』


 それで、今日は十分だった。

 窓の外から、兵士たちの声が聞こえた。

 僕は帳面を閉じ、書庫の灯りを消した。

 明日も朝から仕事がある。

 だから、今夜はよく眠ろうと思った。

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