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泥まみれの英雄たち  作者: 時雨
第一部 神童と喪失/第二章 家の序列と白百合の庭
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第23話 選別の知らせ

 帝都からの手紙が届いたのは、僕が九歳の秋だった。

 赤い封蝋には、見慣れない細かな模様が刻まれている。父さまは封筒を開いたあと、朝食を半分残して執務室へ戻ってしまった。

 昼過ぎ、僕と兄さんはそこへ呼ばれた。


「来年、アルヴィスは帝都で選別の儀を受ける」

「選別?」

「十歳になる貴族の子どもが、帝国に魔力の状態を届け出る儀式だ」


 父さまは説明しながら、地図を広げた。

 屋敷から帝都までは、僕が思っていたよりずっと遠い。


「兄さんも行く?」

「今回はお前が主役だ」


 僕が口を尖らせると、父さまは手紙の続きを読んだ。


「出発前に、帝都の監査官がこの領地へ来る。魔術の状態を確かめたいそうだ」


 ヴォルクの授業なら毎日受けている。なのに、知らない人に何を確かめられるのか、僕には分からなかった。

 執務室を出ると、兄さんが僕の隣に並んだ。


「帝都からの人が来る日、俺は兵舎にいると思う」

「どうして?」

「稽古を休む理由にはならないからな」

「僕は試験なのに、兄さんは剣なんだ」

「お前にはお前の稽古がある。俺には俺のがある」


 兄さんはそれだけ言って、兵舎へ向かった。

 僕は少し羨ましかった。兄さんは剣の稽古を続けているのに、僕は来年の儀式が決まっただけで落ち着かなくなっている。

 夕食のあと、兄さんに帝都はどんな街なのか聞いた。


「大きな橋があるらしいぞ」

「本当に?」

「帰ってきたら、どんな橋だったか教えてくれ」


 そう言って兄さんは地図を広げた。僕は帝都へ続く道を指でたどった。遠い街へ行くのが少し楽しみになった。


 ◇


 父さまの机の上には、帝都からの手紙のほかに、布や食糧を扱う商人の見積書まで積まれるようになった。

 僕が入ると、父さまは数字の並んだ紙を伏せた。


「勉強は順調か」

「うん。でも計算が難しい」

「なら、もっとよく習いなさい」


 いつもの答えだった。

 その日、ゴードン爺さんが倉庫へ来ていたので、僕は尋ねた。


「帝都へ行くのって、お金がたくさんいる?」

「護衛に馬、道中の宿、贈り物。安くはありませんな」

「僕が行かなかったら、節約できる?」


 爺さんは驚いたように目を丸くした。


「決まりですから、それは難しいでしょう」


 僕は少し考えた。


「でも、僕のためにたくさん使うんだね」

「……そうですな」


 爺さんは帳面を閉じた。


「旦那様は、坊ちゃんの力がこの領地を助ける日が来ると信じておられます」


 僕は嬉しくなかったわけではない。でも、村の橋を直すお金も足りないのに、帝都へ行くためには用意できるというのが不思議だった。

 夕方、父さまとブランドン家の使いの人が話していた。


 エレノアとの約束も、僕が帝都へ行くことを前提に進んでいるらしい。

 僕は扉を通り過ぎようとして、父さまの声を聞いた。


「才能が認められれば、ランカスターは変わる」


 僕は足を止めた。

 それが本当なら嬉しい。

 でも、才能が認められなかったら、どうなるのだろう。

 急にそのことが気になった。

 夜、兄さんに聞いた。


「僕が帝都で失敗したら、父さまは困るかな」

「何を失敗するんだ?」

「魔術とか」


 兄さんは少し考えた。


「お前がどんな結果でも、帰ってこられるように準備しておけばいい」

「父さまもそう思ってる?」

「……さあな」


 兄さんは正直に答えた。


「でも俺はそう思ってる」


 その返事を聞いて、僕は少し安心した。

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