秘密の境界線と、昼休みの急襲
キーンコーンカーンコーン——。
四時間目の授業終了を告げるチャイムが校内に鳴り響いた瞬間、2年B組の教室はまるで爆発したかのような騒ぎに包まれた。
「真名さん! お弁当一緒に食べない!?」
「出身はどこなの? 海外ってどこの国にいたの!?」
「部活とか入る予定ある!? 陸上部とか興味ない!?」
教壇から先生が立ち去るや否や、鷗賀の席の周りには蜂の巣をつついたような人集りができた。
男子生徒も女子生徒も目を輝かせ、怒濤の勢いで質問の嵐を浴びせかけている。
「えっ、あの……えっと……!」
人間に近い心を得たとはいえ、これほど大人数の「生身の人間」に一気に囲まれた経験がない鷗賀は、翡翠色の瞳をパチパチさせて完全にフリーズしていた。
すぐ隣の席で自分の弁当箱を取り出そうとしていた依真は、冷や汗をダラダラと流しながらその光景を見守るしかない。
(やばいな……鷗賀、完全にテンパってる……)
助け舟を出してあげたいのは山々だったが、下手に手を出せば「なんで依真がそんなに真名さんと親しいんだ?」と余計な疑いを招いてしまう。
だが、クラスメイトたちの質問攻めは容赦なく核心へと迫っていった。
「そういえばさ、真名さんって『真名』でしょ? 依真と同じ苗字じゃん!」
「えっ、本当だ! この学校で『真名』って苗字、めちゃくちゃ珍しくない!?」
「まさか……二人生年月日も近かったりするの? 親戚とか……それとも、生き別れの兄弟!?」
クラスのムードメーカーである男子生徒・健太が、ニヤニヤしながら依真と鷗賀の顔を交互に見比べた。
その瞬間、鷗賀の体がピクッと強張った。
彼女の頭の中で、事前にクロエと依真から口をすっぱくして叩き込まれた「設定」が高速で回転し始める。
(設定設定設定……! 『遠い親戚で、両親の都合で依真の家に居候している』……! でも、あんまり詳しく話しちゃダメってクロエさんが……!)
「あ、あのね……! 私といつ……じゃなくて、依真くんは……!」
焦った鷗賀の口から、ついいつもの呼び方が飛び出しそうになる。
教室中の視線が集中する中、彼女は顔を真っ赤にしながら、思わず隣の依真の顔を助けを求めるようにじっと見つめてしまった。
その「あまりにも甘く、頼り切った視線」を見た女子生徒たちが、目敏く声を上げる。
『ちょっと待って……今の顔、ただの親戚の顔じゃなくない……!?』
『なにその親しそうな雰囲気! 二人、前から知り合いなの!?』
「あ、えっと……! その、私は……依真くんの……!」
追い詰められた鷗賀は、自分の胸元をぎゅっと握りしめ、パニックのあまりに心の底から溢れ出た「一番大事な言葉」をそのまま口にしてしまった。
「依真くんの……一番大切な人です……っ!!」
……静寂。
静まり返る教室。
時が止まったかのような数秒間の後——。
『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!???』
校舎を揺るがすほどの絶叫が教室中に響き渡った。
『大切な人!? それって彼女ってこと!?』
『マジかよ依真ぁぁぁっ! こんな超絶美少女とどういう関係なんだよ!!』
『許せん! 爆発しろ依真ぁぁぁっ!!』
「ち、ちが……っ! そういう意味じゃなくて……っ! いや、間違いではないんだけど……っ!」
今度は依真の方に男子生徒たちが一斉に飛びかかってきた。胸ぐらを掴まれ、詰め寄られ、依真はもはや絶体絶命のピンチに陥る。
一方の鷗賀は、自分が言った言葉の意味を遅れて理解したのか、耳の先端まで熟したトウガラシのように真っ赤になり、煙を吹きそうな勢いで机に突っ伏してしまった。
「言っちゃった……言っちゃったぁぁぁ……っ(泣)」
クラス中の大混乱の中、突っ伏した鷗賀のスキマから覗く翡翠色の瞳と、揉みくちゃにされる依真の目が合ってしまう。
恥ずかしさと申し訳なさで泣きそうになりながらも、どこか嬉しそうに唇をキュッと結ぶ鷗賀。
依真は溜息をつきつつも、そんな彼女の愛おしさに胸が熱くなり、男子生徒たちに胸ぐらを掴まれながらも腹を括った。
「隠してて悪かったよ! ……俺にとって、鷗賀は世界で一番大事な奴なんだ!」
開き直った依真の堂々たる宣言に、教室は再び悲鳴と大歓声の渦に包まれたのだった。
波乱に満ちた転校初日。
秘密を隠し通すつもりが、初日から大騒動になってしまった二人だったが……繋いだ心は、どんな噂や視線よりも強く、確かに結ばれていた——。




