日常の温もりと、二人で選ぶ未來
小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む柔らかい陽光。
依真が目を覚ました時、腕の中で伝わってくる確かな重みと體溫に、思わず口元が緩んだ。
胸元に顔をうずめて小さな寢息を立てている鷗賀。長かった幾重もの傷痕と過去の恐怖を乗り越え、いま彼女は一切の怯えもなく、穏やかに時を刻んでいる。
「……ん……いつ、ま……?」
依真の動いた氣配を察したのか、鷗賀の長いまつ毛が震え、翡翠色の瞳がゆっくりと開いた。
「おはよう、鷗賀」
「……おはよう、いつま」
彼女は照れくさそうに微笑むと、依真の胸にぎゅっと頭を擦り付けた。
かつてのような「マスター命令への応答」ではなく、愛しい存在へ向ける、自然体で甘やかな愛撫。
「體の調子は? どこか痛む場所はない?」
「うん、全然後格好……ううん、大丈夫。コアの違和感も、頭の中の雑音も……全部なくなっちゃった。すごく、體が軽いよ」
鷗賀は自分の手を開いたり閉じたりしながら、不思議そうに呟いた。
「これが……人間と同じ『感情』を持って生きる感覚なんだね。いつまと同じ世界を、同じ景色を見てる感じがする」
「そうだよ。これからは何にも縛られず、君の好きなように生きていいんだ」
依真は彼女の頭を優しく撫で、起き上がった。
午後になり、二人は傷の療養も兼ねて、久しぶりに街へと繰り出すことにした。
戦いでボロボロになった服を新調し、これからの生活に必要なものを買い揃えるためだ。
混雑する街頭で、鷗賀はどこかソワソワしながらも、依真の服の袖口を片時も離さずに歩いていた。
「混んでてすみません、いつま」
「いいんだよ。それに……袖じゃなくて、こっちにしておこう」
依真はすっと手を伸ばし、鷗賀の華奢な手甲を優しく包み込むように握り直した。指と指がしっかりと絡み合う。
「っ……!」
鷗賀の耳たぶまで一瞬で真っ赤に染まった。
「いつま……人前で、こんな……」
「ダメか?」
「ダメじゃない……っ! すごく……すごく嬉しい……」
照れ隠しに俯きながらも、鷗賀は握り返す力を強めた。
立ち寄った大型洋服店では、二人で新しい衣服を選ぶことになった。
「今までは俺が勝手に選んだ服ばかり着せてたからな。今日は鷗賀が自分で『着たい』と思う服を選んでごらん」
「私が……選ぶの?」
鷗賀は並べられた色鮮やかな服を前に、少し戸惑ったように目を泳がせた。
しかし、ゆっくりとハンガーを繰りながら、やがて一つの薄淡い水色のワンピースに手を止めた。
「これ……綺麗。夏休みに、いつまと一緒に海へ行く時に着たら……似合うかな?」
その言葉に、依真の胸が温かい愛しさで満たされる。
彼女はもう、「過去の傷」や「いつ失われるか分からない恐怖」ではなく、依真と共に過ごす『未來』を見つめているのだ。
「絶対に似合うよ。試着してみな」
「うん!」
試着室から出てきた鷗賀の姿は、思わず依真が息を呑むほど綺麗だった。
風に揺れる白い髪と、水色のドレス、そして何より、心から嬉しそうに咲く彼女の笑顔。
「どうかな……? いつま」
「すごく……可愛いよ。本当に、綺麗だ」
「ふふっ、いつまに褒められるのが、一番嬉しいや」
買い物を終え、夕暮れ時の公園のベンチに二人は並んで腰掛けた。
オレンジ色に染まる街並みを眺めながら、鷗賀は買ったばかりの荷物を抱え、依真の肩にそっと寄り添った。
「いつま」
「ん?」
「私ね、過去の記憶を思い出した時……自分が人間じゃないこと、あんなに酷い実験で作られたことが嫌で溜まらなかったの」
鷗賀の静かな声が、夕暮れの風に溶けていく。
「でもね……今は、この姿で生まれて良かったって思ってる」
「鷗賀……」
「じゃなきゃ……いつまに出会えなかったから。いつまに愛してもらえる『私』になれなかったから」
彼女は依真の顔を見上げ、その瞳に一筋の涙を浮かべながらも、世界で一番幸せそうな笑みを浮かべた。
「私を作ってくれて、ありがとう。私を見つけてくれて……好きになってくれて、ありがとう、いつま」
「俺の方こそ……俺の人生に来てくれて、ありがとう」
依真は彼女の腰を引き寄せ、夕日に包まれながら、静かに唇を重ね合わせた。
甘く、優しく、二人の永遠を誓う吻。
かつて「人形」だった少女と、「人間」の少年が紡ぐストーリーは、絶望の終わりを経て、かけがえのない最高の未来へと歩み始めた——。




