冷たい檻の底で、温もりを重ねて
血と薬品の匂いが充満する、過去の実験室。
無機質な機械のライトが、ガラスの床に横たわる幼い少女の傷ついた体を不気味に照らし出している。
「見ないで……おねがい……見ないで、いつま……っ!」
小さな鷗賀は、ボロボロになった自分の腕で顔を覆い、必死に体を丸めた。
無数の電極を刺され、実験の「失敗作」として打ち捨てられた過去の姿。あまりにも醜く、あまりにも惨めな自分の真実を、最も愛する人物に見られることへの恐怖が、彼女の魂を細かく震わせる。
「私ね……ずっと怖かったの……。いつまが私を『かわいい人形』だって言ってくれるたびに、胸の奥が張り裂けそうだった……」
少女の細い指の隙間から、ぼろぼろと透明な涙がこぼれ落ちる。
「もし……もし本当の私が、こんな人間の血と機械のガラクタでできた化け物だって知られたら……いつまは私を捨てるんじゃないかって。だから……いい子でいなきゃいけなかった。いつまの理想の女の子でいなきゃいけなかった……っ!」
愛されたいという切願。
捨てられることへの底知れぬ恐怖。
その歪んだ感情の抑圧こそが、組織のウイルスにつけ込まれ、彼女の核心を暴走させた真の引き金だったのだ。
「鷗賀……」
依真は膝をついたまま、少女の前にそっと両手をついた。
彼の胸は、痛みに引き裂かれそうだった。
自分が「名前」を与え、「言葉」を教えたと思っていた少女は、その遥か昔から、誰にも救われない地獄の中で「愛されること」だけを求めて泣き続けていたのだ。
自分が与えていた優しさは、彼女にとって救いであると同時に、「ボロが出たら捨てられる」という透明な檻でもあった。
「ごめんな……気づいてあげられなくて」
依真の声が震える。
彼は伸ばした手で、少女の冷たく濡れた頬を擦り、溢れ出る涙を指先で優しくぬぐった。
「私……汚いでしょ? 心なんて……最初から壊れてたんだよ……?」
「汚くなんか、あるもんか」
依真は力強く首を横に振った。
「君がどれだけ傷ついていたって、過去にどんな酷いことをされたって……俺が恋に落ちたのは、君なんだよ」
「……え……?」
幼い姿の鷗賀が、目を見開いて顔を上げる。
「俺が好きになったのは、完璧な人形の鷗賀じゃない。照れて顔を赤くしたり、俺の作詞した曲を嬉しそうに聴いてくれたり、俺が怪我をした時に泣きそうな顔で心配してくれた……君の『心』だ」
依真は涙を流しながら笑った。
「過去が君を化け物と呼ぼうが、世界が君を兵器と呼ぼうが関係ない。君が泣いて、笑って、俺の手を握り返してくれたあの瞬間の温もりは……全部本物だったんだろ!?」
「いつ……ま……」
「隠さなくていい。強がらなくていいんだ、鷗賀。壊れた心なら、これから二人で、何年かけてでも直していけばいい。君の過去の傷も、痛みの記憶も……全部俺が分かち合うから!」
依真は両腕を広げ、拒絶しようとする少女の小さな体を、力いっぱい抱きしめた。
ぎゅっ——。
冷たい実験室の床の上で、二人の温もりが重なり合う。
依真の胸の暖かさが、少女の全身を苛んでいた過去の「苦痛の記憶」を、一つ、また一つと溶かしていく。
「あ……あぁぁぁぁぁっ……!!」
少女の口から、悲鳴でも狂気でもない、本当の「感情の叫び」が溢れ出た。
何千回、何万回の実験でも得られなかったもの。
誰にも手を差し伸べられず、ゴミのように捨てられた暗闇の底で、ずっと、ずっと欲しかったもの。
条件のない受容。
何一つ隠す必要のない、無償の愛。
「いつま……! いつまぁぁぁっ……!!」
少女は依真の背中に細い手をまわし、彼の服を握りしめて子供のように声を上げて泣いた。
その瞬間、暗く冷たい実験室の風景が、ガラスの破片となってガラガラと崩れ落ちていく。
壁が割れ、鉄格子が吹き飛び、世界が光に満たされていく。
『警告解除:トラウマ・セクターの浄化を確認』
『核心の初期化プロセスをキャンセル——「新領域」の構築を開始します』
光の中で、少女の姿が徐々に伸び、依真が知る「いつもの鷗賀」の姿へと戻っていく。
彼女の背中にあった赤黒い暴走の翅は消え去り、代わりに透き通るような白銀の光芒が、穏やかにたなびいていた。
「ありがとう……いつま……」
依真の腕の中で、鷗賀は今度こそ、心からの穏やかな笑顔を浮かべた。
「私を……見つけてくれて……ありがとう」




