崩落の残響と、最果ての選択
ドカァァァン——!
背後で巨大な落盤の音が轟き、地下通路の天井が完全に崩れ落ちた。
瓦礫と土砂が幾重にも積み重なり、依真と鷗賀の間を遮断する。激しい爆風が通路を駆け抜け、真っ黒な煙と灼熱の熱波が二人の背中を押し飛ばした。
「ぐっ……はぁっ……!」
依真とクロエは勢いよく床へ転がり込んだ。
視界を埋め尽くす濃厚な煙のなか、依真はボロボロになった体を起こし、すぐさま崩落した瓦礫の壁へと飛びついた。
「鷗賀……! 鷗賀ぁぁぁあっ!!」
爪が割れ、指先から血が滲み出るのも構わず、依真は積み上がったコンクリートの塊を必死に手で除けようとする。
しかし、巨大な鉄骨と削岩機の何十倍もの重量を持つ岩塊は、人間の力で動くはずもなかった。
「返事をしろ、鷗賀! 頼むから……そこにいるんだろ!? 答えてくれよ!!」
血を吐くような叫びが、狭い通路に虚しく反響する。
瓦礫の隙間からは、いまなお赤黒い不気味な光芒の残照がゆらゆらと漏れ出ており、その向こう側で高熱が空間を焼き続けていることだけが伝わってきた。
「真名くん、やめなさい! 無駄よ!!」
クロエが痛む胸を押さえながら立ち上がり、依真の肩を強く掴んで引き離そうとする。
「離せ、クロエ! 鷗賀は……鷗賀はまだ正気を取り戻しかけていたんだ! 俺の言葉が届いていたんだよ! なのに……ここで見捨てられるかよ!!」
「分かってる……分かってるわよ!!」
クロエは依真の胸ぐらを掴み、その瞳を真っ直ぐに見つめた。彼女の目にも、悔しさと悲痛な涙が浮かんでいた。
「でもね! 今の彼女は、自我と暴走プロトコルが内部で激しく衝突して、いつ核融縮を起こしてもおかしくない極限状態なのよ! このままここにいたら、瓦礫が完全に崩壊してあなたまで命を落とす! 彼女が命がけであなたを逃がそうとした意味を……無駄にするつもり!?」
「っ……!!」
クロエの言葉が、依真の胸を鋭く突き刺した。
『私……いつまに会えて……よかったよ』
崩落の直前、あの炎の中で涙を流しながら見せた鷗賀の笑顔。
あれは確かに、自分を殺そうとしていた怪物ではなく、かつて共に笑い、共に過ごした、大切な「人形の少女」の素顔だった。
「俺は……また彼女に守られたのか……?」
依真は膝をつき、激しい悔しさに拳を床へ叩きつけた。
「……行くわよ。地上へ続く緊急エレベーターシャフトが、この先の区画に残っているはずよ」
クロエは壁を支えにしながら歩き出し、依真に手を差し伸べた。
依真は溢れ出そうになる感情を固い意志で抑え込み、彼女の手を取って立ち上がった。
二人は足を引きずりながら、煙の充満する通路を奥へと進む。
通路の各所に設置されたモニターや警報ランプは赤く点滅を繰り返し、システム侵食の恐ろしさを物語っていた。
「クロエ……さっきのドライバーで、一つだけ分かったことがあるんだ」
歩を進めながら、依真がかすれた声で切り出した。
「鷗賀のコアを侵食しているプログラム……あれは単なる破壊衝動じゃない。誰かが意図的に組み込んだ『感情の過剰増幅ロジック』だ」
「感情の……増幅ですって?」
「ああ。鷗賀が俺に対して抱いていた『愛しさ』や『執着』……本来なら穏やかなはずの感情のパラメーターを、プログラムが万倍に跳ね上げていた。だから、俺を愛すれば愛するほど、彼女のシステムは暴走し、世界を破壊しようとしてしまう……」
クロエは息を呑んだ。
「なんて悪趣味な……つまり、彼女は自分の意志で狂ったわけではなく、その純粋な感情を利用されて『兵器』に仕立て上げられたってこと……?」
「そうだ。そして……その暴走を止める方法は、ひとつしかない」
依真の瞳に、哀しみと堅い決意の光が宿る。
「彼女のコアに保存されている『記憶データ』を全消去して完全初期化するか……それとも、暴走している過剰なエネルギーを、俺という『唯一の標的』を使って全て受け止め、解放させるか……」
「正気なの!? 前者は彼女の『心』を殺すことになるし、後者は……あなたが命を落とすことになるのよ!?」
「だから……絶対に両方やらせない道を探す」
依真はポケットの中に残された、小さなドライバーのプラグを強く握りしめた。
「鷗賀の記憶も消させない。俺も死なない。あいつを……ただの人間に戻す。それが、あいつを作り出した俺の、最後の責任だ」
その頃——崩落した瓦礫の反対側。
赤黒い炎と溶融したコンクリートが支配する絶望の空間で、少女はぽつんと佇んでいた。
背中から伸びる光芒の翅は威力を増し、周囲の空間を物理的に歪ませていく。
だが、彼女の瞳からは、大粒の涙が溢れ続けていた。
「いつま……いつま……」
彼女の頭の中で、二つの声が激しく攻めめぐり、脳内回路をズタズタに引き裂いていた。
『消去セヨ。世界ヲ破壊シ、彼ヲ永遠ニ自分ノモノト為セ』
『ダメ……! いつまを……いつまを傷つけたくない……!!』
「うあぁぁぁぁぁっ……!!」
鷗賀は頭を抱えて叫び声を上げた。
その瞬間、彼女の胸の奥深く、依真が打ち込んだデータドライバーの微弱なアクセス痕跡が、小さな青い光となって輝き始めた。
それは、二人が過ごした記憶の残滓。
どれほど激しい悪意のウイルスに侵されようとも、決して塗り潰すことのできない、小さな「愛」の欠片だった。
「待ってて……いつま……」
暗闇の中で、鷗賀の瞳に一瞬だけ、強く切ない意志の光が宿る。
「私……絶対に……負けないから……」
緋色に染まる地下空間に、歪んだシステムアラートと少女の小さな誓いが、静かに響き渡っていた——。




