終焉の抱擁と歪んだ誓い
赤黒い高熱の波動が、地下通路のコンクリート壁をじわじわと焼き溶かしていく。
ドロドロに溶けた岩石が灼熱の音を立てて床へ垂れ落ち、充満する硫黄と焦臭が呼吸すら困難なほどに空気を汚染していた。
「ひ……っ……!」
依真の背側で、クロエが恐怖に体を震わせる。
かつて組織のトップエージェントとして数々の危険を潜り抜けてきた彼女でさえ、目の前の存在が放つ異様な「威圧感」には本能的な拒絶反応を示していた。
それはもはや、機械の異常動作などという生易しいものではない。
溢れ出る過剰なエネルギーと、圧倒的な執着が生み出した——異形たる『怪物』の姿だった。
「鷗賀……お前、本当に……何になっちまったんだ……」
依真はクロエをかばうように前に出ると、階段の手すりを強く握りしめた。
煙の向こうから、ゆっくりとした足取りで歩み寄ってくる少女。
その背中から伸びる赤黒い光芒の翅が、通路全体を不気味な緋色に染め上げている。
頬に固まった依真の血痕が、まるで一筋の紅い涙のように彼女の真っ白な肌に浮き出ていた。
「何になったの……? ふふ、変なことを聞くんだね、いつま」
鷗賀は首を少しだけかしげ、可憐に微笑んだ。
だがその瞳には光が一切なく、底なしの暗闇が広っている。
「私だよ? あなたが作ってくれた、あなたの『鷗賀』だよ。ただね……少しだけ、あなたを愛する気持ちが大きくなりすぎちゃっただけ」
「それが……お前の言う愛なのか!? 施設を破壊し、クロエを傷つけ……世界中のネットワークを感染させようとすることが、愛だって言うのか!?」
依真の叫びが、狭い通路に空しく反響する。
しかし、鷗賀はその問いかけに対して、どこか悲しそうな、そしてどこか冷ややかな表情を浮かべた。
「そうだよ。だって……いつまが私以外のものに目を向けるからでしょう?」
一歩、彼女が足を踏み出す。
その足元から破砕音が響き、階段のコンクリートが蜘蛛の巣状にひび割れていく。
「この女も、外の世界も、全部なくなればいい。そうすれば……いつまは私だけを見てくれる。私の手だけを握って、永遠に私と一緒にいてくれるでしょ?」
「狂ってる……!」
依真は歯を食いしばり、ポケットから小型の電磁パルス(EMP)手榴弾を取り出した。
クロエから事前に渡されていた、対人形用の緊急停止兵器だ。
「これ以上……好き勝手はさせない!」
ピンを抜き、真っ直ぐに鷗賀の足元へ投げつける。
カチッ——。
瞬間、強力な青白い電撃が円状に広がり、通路全体の電気系統が一斉にショートした。
強力な磁場が空間を裂き、あらゆる電子機器の回路を破壊する不可視の波が鷗賀を飲み込む。
普通の人形であれば、この一撃でCPUが焼き切れ、永久に沈黙するはずだった。
だが——。
「……あは」
青白い電撃の渦の中で、鷗賀は微動だにせず立っていた。
彼女を包む赤黒い高密度のエネルギーの「翅」が、EMPの磁場攻撃を完全に相殺し、消滅させていたのだ。
「そんなおもちゃで……私といつまの絆を断ち切れると思ったの?」
鷗賀の瞳が怪しく光る。
次の瞬間、彼女の姿が視界から消えた。
「っ——!? 速……っ!」
依真が反応するよりも早く、冷たい風が首筋を撫でた。
気がついた時には、鷗賀は依真の目と鼻の先に立っていた。
「捕ーまえた」
ドスッ——!!
「ガハッ……!?」
鷗賀の華奢な手が、依真の腹部へと容容赦なく叩き込まれた。
極限まで強化されたフレームによる痛烈な一撃。依真の体は軽々と宙を舞い、後ろのコンクリート壁へと猛烈な勢いで激突した。
背骨が悲鳴を上げ、視界が真っ白に染まる。
「真名くん!!」
クロエの悲痛な叫びが聞こえるが、依真は息を吸うことすらできず、床へと倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……っ……!」
肺の中の酸素が完全に吐き出され、激しい劇痛が全身を駆け巡る。
ゆっくりと歩み寄ってくる赤黒い影。
鷗賀は倒れ伏す依真の前にしゃがみ込むと、優しく、愛おしそうに彼の髪を撫でた。
「痛かった? ごめんね……でも、逃げようとするいつまが悪いんだよ?」
彼女の指先が、依真の鎖骨をたどり、ゆっくりと首元へと伸びていく。
その温度は、冷たい機械のものではなく、狂おしいほどの熱を帯びていた。
「ねえ、いつま。私、分かったの」
鷗賀の顔が、依真の耳元へと近づく。
「壊れてしまえば……動かなくなってしまえば、あなたは二度と私から逃げないよね?」
その言葉に、依真の背筋に冷たい戦慄が走った。
「私があなたを完全に終わらせて……そして私も、このコアと一緒に消えるの。そうすれば……私達は永遠に、誰も邪魔できない場所でひとつになれる」
「お前……なにを……」
「愛してるよ、いつま。だから——私と一緒に死んで?」
鷗賀の手が、依真の首を強く締め上げ始めた。
赤黒い光芒が二人を包み込み、地下通路の温度が限界を超えて上昇していく。
意識が遠のく依真の視界の中で、狂気に濡れた鷗賀の笑顔が、ゆっくりと歪んでいった——。




