狂愛の暴走と破滅のコア
青白いコアの光が、地下空間の影を不気味に揺らしていた。
「いつま……逃がさないよ……」
鷗賀の唇から漏れたのは、低く、そして恐ろしいほどに透き通った声だった。
さっきまでの泣きじゃくり、縋り付いていた脆弱な姿はどこにもない。頬の腫れから流れる血を手の甲で無造作に拭い、彼女は虚ろな瞳のまま、一歩踏み出した。
「な……何よ、あの目……」
クロエが思わず半歩後退りし、不快そうに眉をひそめた。
「真名くん、早くシステムを起動して! あのノイズ、様子がおかしいわ!」
依真は振り向きもせず、淡々と端末のキーを叩き続けている。
「同調率95%……問題ない。システムが起動すれば、あの女の記憶も『人間としての異常な自我』もすべてフォーマットされる」
「フォーマット……? ふふ、あははは……!」
鷗賀は首を傾げ、狂気を含んだ笑い声を上げた。
「私の……いつまへの想いを『初期化』するって言うの? この首筋の痛みも、胸の苦しさも……いつまが私にくれた『人間』の証なのに……?」
彼女の足元から、異様な圧力が立ち上る。
「そんなの……許すわけないじゃない……!」
瞬間、鷗賀の体がしなやかに跳ねた。
人間離れした脚力と、かつて人形だった頃の無機質な精密さ。それが「人間としての情念」と融合し、信じられない速度の突進を生み出した。
「なっ……!?」
クロエが叫ぶ間もなく、鷗賀はクロエの目の前に肉薄していた。
「邪魔」
ドカッ——!!
鷗賀の容赦ない蹴りがクロエの腹部を捉えた。
「がはっ……!?」
華奢なクロエの体は吹き飛び、冷たいコンクリートの壁に激しく激突して崩れ落ちた。クリスタル盤の端末が床に落ち、甲高い音を立てて砕け散る。
「クロエ!」
初めて依真の顔に驚愕の色が走った。彼が振り向いた瞬間には、すでに鷗賀の冷たい指先が、依真の喉元へと伸びていた。
ギチ……と、強い力で首を締め上げられる。
「……っ……鷗賀……お前……!」
「ねえ、いつま。痛い?」
鷗賀はうっとりとした表情で、苦しむ依真の顔を見つめていた。首筋の傷から血を流しながら、歪んだ笑顔を浮かべるその姿は、美しくも恐ろしい「狂愛の悪魔」そのものだった。
「首を絞められると、苦しくて……頭が真っ白になるよね? 私ね、いつまに頬を叩かれた時、胸がそんな風に苦しかったの」
「ぐっ……離せ……っ」
依真が手を伸ばし、鷗賀の手腕を振り払おうとする。しかし、覚醒した鷗賀の力は強固で、微動だにしない。
「私を人形に戻したいなら、いいよ? でもね……それなら、いつまも一緒に来て」
鷗賀はもう片方の手で、依真の頬を優しく撫でた。血のついた指先が、依真の肌に赤い筋を描く。
「二人で……動かない人形になって、ずっとこの暗い地下で重なり合っていよう? そうすれば、誰にも邪魔されない。クロエにも……世界にも」
「狂って……いる……」
依真の掠れた声に、鷗賀は目を細めて嬉しそうに笑った。
「狂わせたのは、あなただよ? 私に『心』なんて教えるから……こんなにも汚くて、ドロドロした愛を教えるから……っ!」
その時、背後でコアが不気味な高鳴りを上げ始めた。
『警告:同調率異常。コアのオーバーヒートを確認』
壊れた端末から火花が散り、青白い結晶体が赤黒く変色していく。クロエの失神によって制御を失ったコアが、暴走を始めたのだ。
「きゃはは! ほら見て、いつま! 世界が壊れていくよ!」
暴風のようなエネルギーが地下空洞を吹き荒れ、天井から落石が相次ぐ。
「……くっ……!」
依真は力を振り絞り、鷗賀の隙を突いてその拘束を強引に解いた。激しく咳き込みながら、倒れているクロエの元へ駆け寄り、彼女の肩を担ぎ上げる。
「どこへ行くの……? いつま、私を置いて逃げるの……!?」
崩れ落ちる岩石の中、鷗賀が手を伸ばして追いかけてくる。その瞳には、一筋の光もない深淵のような執着だけが宿っていた。
「逃がさない……絶対に逃がさない……! 死んでも、壊れても……いつまは私のものなんだからぁぁぁっ!!」
赤黒い光と崩落するガレキが、二人の間を遮っていく。
依真は背後に迫る狂気の少女と、暴走するコアの光を背に、間一髪で地下の出口へと駆け出した。
——ガシャァァァン!!
重い鉄の扉が崩落によって塞がれる。
暗闇と爆風の中に残された鷗賀は、血に濡れた己の手を見つめ、静かに呟いた。
「待っててね、いつま……。私、すぐに行くから……」
狂気と執着を孕んだ「人間」の愛は、もはや誰にも止められない。物語は、惨劇と執着が交錯する次なる局面へと加速していく——。




