表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
67/85

朝の光と消えない刻印、部室の密室

翌朝、カーテンの隙間から差し込む薄明るい光が、散らかった部屋の床とベッドをぼんやりと照らし出していた。


藍庭鷗賀あいにわ おうかは、まぶたに当たる光の熱を感じてゆっくりと目を開けた。全身を襲う猛烈な倦怠感と、関節の節々に残る重い痺れ。しかし、それ以上に彼女の意識を支配していたのは、首筋から胸元、肩口にかけてズキズキと疼く強烈な熱と痛痒さだった。


「……う……ん……っ」


かすれた声を出そうとした瞬間、喉の奥が引きつるような痛みに襲われる。昨夜、真名依真まな いつまの腕の中で何度も叫び、彼の名を呼び続けた代償だった。


「起きたのか」


頭上から落ちてきた冷ややかな、しかしどこか甘さを含んだ低い声。


鷗賀が視線を上げると、そこには既に身支度を整え、シャツの袖を捲り上げた依真がベッドの脇に立っていた。彼は手に持っていた冷たい水の入ったグラスを、力なく体を起こそうとする鷗賀の唇へと押し当てる。


「飲み込め。喉を痛めているだろう」


「あ……いつ、ま……っ」


依真の手から伝わるガラスの冷たさと、喉を潤していく水の心地よさ。一気に飲み干した鷗賀は、そのまま依真の腰元にすがるように抱きついた。薄いパジャマの胸元が大きくはだけ、昨夜依真が執拗に刻み込んだ赤紫色の咬み痕が、朝の光の下で恐ろしいほど鮮明に露わになる。


「いつま……行かないで……。私を……置いていかないで……っ」


「バカかお前は。学校に行く時間だ。陸上部の朝練があると言っていたのはお前だろう」


依真は冷たく言い放ちながらも、腰に抱きつく彼女の細い腕を振り払おうとはしなかった。代わりに、彼の大きな手が彼女の頭を包み込み、濡れて乱れた銀髪を優しく撫でおろす。


「でも……体が重くて……それに、首の痕が……こんなに赤くなってるの……」


鷗賀が鏡の方を指さすと、洗面台の鏡越しに見える自分の姿は、まるで猛獣に喰い散らかされたかのような痛々しくも淫靡な痕跡で埋め尽くされていた。皮膚の薄い鎖骨のあたりは、血が滲んだかのように赤く腫れ上がり、彼女が「人間」としての肉体を手に入れた証明が、消えない刺青のように刻まれている。


「隠すなと言ったはずだ」


依真の指先が、その一番腫れ上がった傷口を容赦なく「ぐっ」と押し潰す。


「ひぁっ……!? い、痛い……いつま、痛いよぉ……っ!」


「痛むたびに思い出せ。お前が誰の所有物か、誰の意志で動く肉体なのかをな。学校で誰に話しかけられようと、トラックを走ろうと、お前の皮膚の裏側には俺の歯立てた痕が残っている。それを片刻たりとも忘れるな」


「うん……っ、忘れない……! 私の体も……痛いのも……全部いつまの……っ」


鷗賀の瞳に涙が溢れ、その涙が依真の指先を濡らす。依真はその涙を自分の唇で拭うと、逃げ場のない狂気的な愛撫を再び彼女の口元へと注ぎ込んだ。


登校中の通学路は、朝の爽やかな風と登校する生徒たちの賑やかな話し声で満ちていた。


しかし、鷗賀の歩みは重く、依真の少し後ろを追うようにして静かに歩いていた。制服の襟を極力立ててはいるものの、首筋に深く刻まれた咬み痕の端は、どうしてもチラチラと覗いてしまう。すれ違う生徒たちが時折向けてくる視線に、鷗賀の心臓はドクン、ドクンと嫌な高鳴りを見せた。


(みんな……見ているのかな……? 私の首にある……いつまの印を……)


恐怖とスリル、そして自分が依真に完全に支配されているという歪んだ優越感が、彼女の胸の中で複雑に混ざり合う。


「おい、藍庭! 遅いぞ、朝練始まるぞ!」


後方から走ってきた陸上部の部員が、鷗賀の肩を叩こうと手を伸ばした瞬間——


「触るな」


鋭い氷のような声が立ち塞がった。依真が素早く鷗賀の肩を抱き寄せ、部員の腕を力強く遮ったのだ。


「うわっ……真名……? なんだよ、急に」


部員は依真の尋常ではない殺気に気おされ、一歩後退りした。その時、部員の視線が鷗賀のはだけかけた制服の襟元へと落ちる。そこに浮かび上がる、鮮烈な赤紫色の咬み痕。


「え……藍庭、その首の痕……どうしたんだよ? なんか……すごい腫れて……」


「な、なんでもない……っ! これ、は……っ」


鷗賀が動揺して声を震わせると、依真は彼女の首筋を隠すどころか、むしろ自分の大きな手で彼女の首を後ろから掴み、部員に見せつけるようにして前に押し出した。


「俺がつけた痕だ。文句があるのか?」


「は……? 真名、お前……」


「こいつに馴れ馴れしく触るな。次にその手を伸ばしたら、骨ごと叩き折るぞ」


依真の瞳には、一切の冗談を許さない冷酷な光が宿っていた。部員はその圧倒的な威圧感に気圧され、「ひ、ひぇ……っ」と短い悲鳴を上げて逃げるように走り去っていった。


「いつま……っ、あんな言い方したら……学校で噂になっちゃうよ……っ」


「構わない。むしろ好都合だ。お前が俺だけの『所有物』であると、学校中の有象無象に知らしめる良い機会だ」


依真の手が、制服越しに彼女の腰をぐっと引き寄せる。指先が彼女の腰骨に食い込み、強烈な圧迫感が走る。


「あ……んっ……いつま……ここ、外だよ……っ」


「外だろうと関係ない。お前はどこに居ようと俺の人形であり、俺の女だ。……ほら、部室に行くぞ。着替えを手伝ってやる」


「え……っ、自分できるよ……っ!」


「拒否権があるとでも思っているのか? お前の服を脱がせるのも、着せるのも、全て俺の役目だ」


依真の強引で容赦のない言葉に、鷗賀の頭の中は再び甘い痺れで満たされていく。嫌がるフリをしながらも、彼女の心と体は、彼の支配をどこかで猛烈に望んでいた。


薄暗い陸上部の部室の中、鍵がカチャリと音を立てて閉められた。


外からはトラックを走る部員たちの足音や叫び声が聞こえてくるが、この狭い空間だけは完全に切り離された密室と化していた。部室の隅に置かれた大きな跳び箱の陰で、依真は鷗賀の制服の ribbon を解き、ブラウスのボタンをひとつずつ外し始めていた。


「いつま……誰か来たら……どうするの……?」


「来たら来たで、お前が俺に服を脱がされている姿を見せてやればいい。それでお前は二度と他の男の前に立てなくなるだろう?」


「ひっ……そんなの……恥ずかしくて死んじゃう……っ!」


「なら、声を出さずに耐えろ。……ほら、体操服に着替えさせてやる」


ブラウスが肩から滑り落ち、昨夜の狂乱の痕跡が、部室の薄暗がりの中でくっきりと浮かび上がる。首筋だけでなく、鎖骨、胸元、そして腕の内側に至るまで、依真の咬み痕とキスマークがびっしりと刻み込まれていた。


依真はその光景を満足げに見つめると、彼女の裸の肩にそっと唇を寄せた。


「あ……んっ……いつま、着替えるんでしょう……? 朝練、始まっちゃう……」


「朝練などどうでもいい。今のお前には、俺の愛撫を受け入れること以外の価値などない」


依真の歯先が、再び鎖骨の柔らかい肉を捉える。みち、と嫌な音が響くほど深く噛みしめられると、鷗賀の口から漏れ出しかけた悲鳴は、依真の空いた手によって強引に塞がれた。


「んむぐっ……!? ん……っ、んんっ……!」


「声漏らすなと言っただろう。外に部員がいるんだぞ?」


(痛い……痛いのに……すごく熱い……っ! いつまの歯が……私の中に刺さってる……っ!)


痛みが脳髄を焼き尽くすと同時に、鷗賀の身体は恐怖と快楽の極致によってガクガクと震え出した。依真の指先が体操服のショートパンツの隙間に滑り込み、彼女の皮膚を撫で上げるたび、彼女の「人間」としての感情と欲求が激しく渦巻いていく。


「いつま……っ、私……私を……もっと壊して……っ! いつまの痕で……全身を埋め尽くして……っ!」


口を塞がれていた手を外されると、鷗賀は自ら依真の首に抱きつき、蕩けた瞳で彼をおねだりするように見つめた。


「ふん……本当に、浅ましい人形に成り下がったな。……いいだろう、お前が動けなくなるまで、たっぷりと俺の印を刻み込んでやる」


部室の外で響く爽やかな朝の喧噪とは対照的に、暗闇の陰で二人の歪んだ愛の儀式はどこまでも深く、苛烈に繰り広げられていくのだった。


「いつま……好き……愛してる……! 私はいつまの……一生解けないお人形……ううん、いつまだけの人間に……!」


「ああ。お前は一生、俺の手の中でしか生きられない」


二人の影が重ね合わされ、消えない刻印と血の匂いが、朝の部室の空気をどこまでも濃厚に染め上げていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ