夜の静寂、濡れた髪と解けない縛り
浴室での長い儀式を終え、白く煙る洗面所へと足を踏み出す。全身を包む脱力感と、湯上がり特有の火照りが、藍庭鷗賀の肉体を内側からじわじわと痺れさせていた。濡れて束になった長い髪からぽたり、ぽたりと落ちる水滴が、白いバスタオルの表面に小さなシミを作っていく。
「……動くなと言ったはずだ。髪を乾かす前に濡れたまま歩き回るな」
真名依真は低い声でそう吐き捨てると、洗面台の鏡の前に鷗賀の体を強引に腰掛けさせた。ドライヤーのモーター音が静かな脱衣所にぐわんと響き渡り、暖かい温風がふたりの隙間を満たしていく。依真の長くしなやかな指先が、鷗賀の濡れた髪に滑り込み、頭皮を撫でるようにして優しく、だがどこか強引に乾かしていく。
鏡の中に映る二人の姿。大きなバスタオルを肩から羽織った鷗賀の首筋には、熱い湯によって血行が良くなり、鮮烈なまでに赤紫色へと腫れ上がった咬み痕が鮮明に浮かび上がっていた。鏡越しにその傷痕を見つめる依真の視線は、どこまでも冷酷で、同時に狂おしいほどの執着を孕んでいる。
「ん……ふぁ……いつまの手、気持ちいい……っ」
「黙れ。髪が絡まる。……お前は本当に、自分がどれだけ隙だらけか分かっていないようだな」
ドライヤーの熱風が首筋の傷痕に当たるたび、心地よい痺れと微かな痛みが脳髄を揺らす。鷗賀はうっとりと瞳を細め、後ろに立つ依真の腰元へと背中を預けた。依真の手が止まり、ドライヤーのスイッチが切られると、突如として訪れる濃密な静寂。
「あ……いつま……?」
依真の手が、乾き切った彼女の髪をかき分け、あからさまになった首筋の刻印へとそっと伸びた。爪の先で、一番大きく腫れ上がった中央の傷口を「ツっ……」と優しくなぞる。
「ひぅっ……!? あ、痛っ……っ」
「痛みを感じているな? 人形だった頃のお前には、こんな皮膚の痛みに震える機能などなかった。……俺がお前に血を通わせ、痛みを与え、感覚を教え込んでやったんだ」
「うん……っ、いつまが……私を人間に……いつまの所有物にしてくれたの……っ」
「なら、逃げられると思うなよ。たとえこの傷が癒えようと、俺は何度でもお前の皮膚を喰み、お前の全身を俺の印で塗り潰してやる」
依真の唇が、鏡の目の前で再び彼女の耳裏から首筋へと滑り落ちる。そっと触れるだけの優しさと、骨まで噛み砕かんとする強烈な支配欲。痛みの奥にある深い愛に浸りながら、鷗賀は自ら彼の腕の中に体を預け、二度と引き返せない歪んだ愛の底へと深く沈んでいくのだった——。




