部活動再開、密かなマーキングとグラウンドの視線
テスト期間の静寂が明けた土曜日の午後。冬の凛とした空気がグラウンド全体を包み込み、久々の部活動に励む運動部員たちの威勢の良い掛け声が澄み渡る空に響いていた。
陸上部の走高跳ピットの脇で、藍庭鷗賀はジャージの襟元を何度も気にしながら、入念にアキレス腱を伸ばしていた。立ち上がるたび、体を大きく反らすたびに、首筋から鎖骨にかけて刻まれた依真の激しい噛み痕がピリピリと熱い主張を繰り返す。
(……あうぅ、ハイネックのインナーを着てきてよかった……っ。もしこれがチラッとでも見えちゃったら……絶対部活のみんなに怪しまれちゃうよぉ……)
今朝、部活に出かける前、真名依真は彼女がインナーを着込む姿を後ろから冷徹な瞳で見つめながら、わざと首筋の傷痕を強く撫で回したのだ。『隠しても無駄だ。お前の皮膚の奥には俺の熱が残っている』――彼の残虐で甘い囁きが、練習中の今も脳裏に焼き付いて離れない。
「藍庭ー! 助走の確認から入るぞ! 踏み切り位置、少しバックした方がスムーズに背跳びに入れるんじゃないか?」
「は、はいっ! お願いします!」
顧問の先生の声に背筋を伸ばし、鷗賀は助走位置へとついた。助走の弧を描くラインを足先で確かめ、一歩一歩の歩幅を頭の中で計算する。跳躍に向かう瞬間は、唯一依真の強い支配から解放される――はずだった。
しかし、助走を開始し、踏み切り板へ向かって加速していく瞬間、体の軸を傾けると首筋の傷痕がひきつり、甘い痺れが走る。
(あ……っ! 踏み切りの時に背中を反らすと……いつまの噛み痕が引っ張られて……っ!)
「――踏み切り!」
踏み切り足で地面を強く蹴り上げ、空中へ身体を放り出す。バーの上で背中を反らせるアーチの体勢に入った瞬間、頸部を走る強い刺激に息が詰まった。「んくっ……!?」と声を漏らしそうになりながらも、なんとかバーをクリアしてマットの上に倒れ込む。
「おお、ナイスジャンプ! でも藍庭、最後少し首元にかたさがあったな。体調でも悪いのか?」
「えっ……!? あ、いえっ! 大丈夫です! ちょっとストレッチ不足で……っ!」
慌てて立ち上がり、マットの上で襟元をぐっと引っ張り上げて誤魔化す鷗賀。その時、グラウンドの端、防球ネットの影から視線を感じた。
振り向くと、そこには校舎の陰に身を潜めるようにしてグラウンドを見つめる依真の姿があった。黒いコートを羽織り、ポケットに手を突っ込んだまま、彼の漆黒の瞳は一直線に鷗賀の跳躍――そして彼女の首元だけを射抜いていた。
(い、いつま……!? どうしてグラウンドに……っ?)
依真は遠くからゆっくりと自分の首筋に指先を当て、挑発するように唇の端を歪めた。『お前がいくら跳ぼうと、誰の所有物であるかは変わらない』――言葉はなくとも、その冷酷な視線だけで彼の意図が痛いほど伝わってくる。
周囲の部員には見えない、二人だけの暗黙の視線劇。踏み切るたびに身体に刻まれた痛みが疼き、遠くからの彼の所有欲に晒されながら、鷗賀は心臓の鼓動を抑えきれなくなっていくのだった。




