期末テスト二日目、図書室の影と触発される独占欲
期末テスト二日目の放課後。冬の深まりを感じさせる冷気が校舎全体を覆い、茜色の夕暮れが廊下の床に長くて黒い影を落としていた。一日の緊張から解放された生徒たちの雑多な話し声が遠くで響く中、図書室の最奥にある古典資料コーナーは、まるで世界から切り離されたかのような静寂に包まれていた。
藍庭鷗賀は、高い書架に挟まれた狭い通路の前に立ち、明日の英語長文読解に備えて参考書を探していた。昨日から続く真名依真による容赦のない密室指導のせいで、彼女の体には未だに甘い疲労感と、首筋に残る熱い咬み痕の余熱が焦げ付いていた。
(……あうぅ、昨日の夜もいつまの部屋で遅くまで叩き込まれて……うたた寝しそうになっちゃった時に、耳元で『集中しろ』って咬みつかれて……。まだそこが熱くてピリピリするよ……)
制服の襟元を気にするように指先で何度も撫で下ろしながら、鷗賀は書架の上段にある厚手の単語辞典へと手を伸ばした。しかし、部活動のハードな冬季トレーニングで疲弊した腕は思うように上がらず、爪先立ちになってもあと数センチのところで届かない。
「うぅ……届かない……っ。あとちょっと……っ」
その時――背後から不意に伸びてきた細くしなやかな腕が、彼女の頭上からすっと辞典を抜き取った。
「はい、これだろ? 藍庭さん」
「え……っ?」
驚いて振り向くと、そこに立っていたのは同じ学年で陸上部の他種目のエースとして知られる男子生徒だった。彼は親しげな笑みを浮かべながら、手にした重厚な辞典を鷗賀へと差し出してくる。
「高いところの物は危ないよ。声をかけてくれれば取ってあげたのに。……それにしても、藍庭さんって本当に熱心だよね。部活でも跳躍のフォームを誰より研究してるし、テスト勉強もここまで張り切ってるなんて」
「あ……ありがと、助かっちゃった……っ」
頭を下げて辞書を受け取ろうとした鷗賀だったが、その男子生徒は辞書を渡そうとせず、少しだけ距離を詰めてきた。彼の視線が、ほんの少し乱れた鷗賀のブラウスの首元――そこから覗く薄桃色の熱を帯びた皮膚へと向けられる。
「そういえばさ、明日のテストが終わったら、陸上部の仲間で打ち上げに行こうって話が出てるんだ。藍庭さんも来ない? 走高跳のコツとか、もっと色々話してみたいと思ってたんだよね」
男子生徒の無邪気だがどこか距離感の近い誘い。鷗賀は困惑し、思わず後ずさりした。しかし背後は高い書架に行き当たってしまい、逃げ場を失ってしまう。
「えっ……と、打ち上げ……? でも私、明日はちょっと予定が……っ」
「そんなの断っちゃえばいいじゃん。たまには部活の仲間と息抜きしようよ。ねえ――」
男子生徒が踏み込み、親しげに鷗賀の細い肩へ手を伸ばそうとしたその瞬間――。
空間の温度が一瞬にして凍りつくような、冷たく狂暴な殺気が本棚の隙間から吹き抜けた。
バサリ、と乾いた音を立てて、男子生徒の手首が上から強い力で掴み取られる。長い指先が骨を砕かんばかりの力で食い込み、男子生徒は「痛っ……!?」と声を上げて顔を歪めた。
「――雑虫が。誰の所有物に馴々しく触れようとしている」
背後に立っていたのは、幽鬼のように冷徹な瞳を光らせた真名依真だった。
依真の全身から溢れ出るドス黒い圧力と執着のオーラに、図書室の空気全体が重く沈み込む。彼は掴んだ男子生徒の手首を叩きつけるように振り払うと、身じろぎもできない鷗賀の腰を引き寄せ、己の体に強引に密着させた。
「な、なんだよお前……! 離せよ、俺はただ藍庭さんと話してただけで――」
「失せろ」
依真の口から漏れたのは、低いが絶対に逆らえない死の宣告にも似た一言だった。彼の底知れない黒い瞳に見下ろされ、男子生徒は背筋に激痛のような恐怖を覚えて青ざめ、拾い上げた辞書を放り出すようにして逃げていった。
パタパタと足音が遠ざかり、再び静寂が二人を包み込む。書架の影の中、依真は腕の中に抱え込んだ鷗賀をさらに強く締め上げた。
「ひやっ……っ!? い、いつま……苦しいよぉ……っ!」
「黙れ」
依真の手が、粗暴に鷗賀の制服の襟元を押し開く。そこには昨日彼が深く深く刻みつけた、朱色の吸い痕が残っていた。しかし、他の男の視線に晒されたという事実が、依真の胸の奥にある独占欲を激しく狂わせる。
「他の男に気安く声をかけさせ、その汚い視線をお前の肌に晒したな。俺が与えた刻印だけでは足りなかったようだな、おうか」
「ち、違うよ……っ! 私はただ参考書を取ろうとしてただけで……打ち上げも断ろうとしてたんだよぉ……っ!」
「弁明など聞き飽きた」
依真は彼女の腕を頭の上に押しつけ、逃げ場を完全に奪うと、その白く震える首筋へ牙を立てるように深く強く噛みついた。
「んあぁぁっ……っ!? ――――んくぅっ……っ!!」
図書室の静寂を破るまいと、鷗賀は必死に自分の手背を噛んで悲鳴を殺した。首筋に走る激痛と、それに続いて押し寄せる甘い痺れ。依真の強い吸い痕が、昨日よりもさらに濃く、紫赤色に染まって皮膚に刻み込まれていく。
「お前を形作る思考も、お前の身体に刻まれる痛みも、すべて俺のものだ。他の奴にお前の欠片一つすら見せてやるものか」
「いつま……っ、やぁ……痕が……また大きくなっちゃう……っ! 明日のテスト……集中できなくなっちゃうよぉ……っ!」
「集中などしなくていい。俺の体温と、この痛みを思い出しながらペンを動かせ。お前が正解を出せるのは、俺に支配されている時だけだ」
依真の舌先が、熱を帯びた咬み痕をゆっくりとなぞり、そのまま震える彼女の唇を激しい吻で奪い去った。図書室の書架の影、誰かに見つかるかもしれないという背徳感と、依真の底なしの執着に包まれながら、鷗賀は頭の中が真っ白になり、彼の腕の中でただただ全身の力を抜いていくのだった。
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