期末テスト当日、教室内での密やかな視線と独占の余熱
静寂に包まれた早朝の教室。窓ガラスには寒気によって真っ白な結露が付き、外の景色をぼやけさせていた。二学期期末テスト第一日目。廊下を行き交う生徒たちの足音には、独特の緊張感と焦燥感が混じり合っている。
藍庭鷗賀は、自分の席に座りながら、制服のブラウスの襟元を何度も何度も手で引き上げていた。昨日、真名依真の部屋で繰り広げられた、あの甘く濃厚な「補習」。その時に鎖骨から首筋にかけて強烈に刻みつけられた、朱色のキスマーク――独占の刻印が、今もなお皮膚の奥でカツカツと熱を放っているように感じられたからだ。
(……どうしよう……っ。鏡で見たら、すごくハッキリ残っちゃってる……。体育の着替えの時はもちろんだけど、少しでも襟元が崩れたら、隣の席の人に見られちゃうよ……っ)
鷗賀は心臓を早警鐘のように打ち鳴らしながら、前髪の隙間から斜め後ろの席へと視線を向けた。そこに座る依真は、周囲のピリついた空気など露知らずといった様子で、肘をついて窓の外を眺めていた。その冷徹で美しい側顔は、昨日彼女の体を抱きしめ、鎖骨に咬み痕を残した人物と同一だとは到底思えないほど静寂に満ちていた。
だが、鷗賀が視線を送ったその瞬間、依真の黒い瞳がスッとこちらに向けられた。視線が交差する。依真は彼女の狼狽ぶりを嘲笑うかのように、薄い唇の端をわずかに押し上げた。そして、自分の首筋を指先でトントンと軽く叩く仕草を見せる。
(――隠すな、そのまま見せておけ、という意味だ)
その無言の圧力を感じ取った鷗賀は、顔を耳たぶまで真っ赤に染め上げ、慌てて視線を自分のデスクの上のシャープペンシルへと戻した。
「はい、全員着席しろ。これから数学Ⅰの解答用紙と問題用紙を配る。カバンは全員廊下の棚へ出せ」
試験監督の教師が重々しい声で告げ、教室内に紙の擦れ合う乾いた音が響き渡る。一気に緊張が高まり、鉛筆の芯を整える音や、深呼吸する声が聞こえてきた。
問題用紙が配られ、「始め」の合図とともに一斉にカリカリとペンを走らせる音が教室を満たす。鷗賀は緊張で震える指先でペンを握り締め、真っ白な解答用紙に向かい合った。昨夜までの彼女なら、最初の計算問題を見ただけで頭が真っ白になっていたはずだった。
しかし――問題文の数式を目にした瞬間、彼女の脳裏に昨夜の依真の声が、彼の息遣いが、背中越しに感じた強烈な体温とともに鮮明に蘇ってきた。
『ここに公式を代入する。なぜ符号が変わる? 言ってみろ』
『お前の頭の中を、公式ではなく俺の存在だけで満たしてほしいんだろう?』
(あ……っ。解ける……! いつまが昨日、私の手の上に手を重ねて、何度も叩き込んでくれた問題と……全く同じパターンだ……っ!)
鷗賀のペンが速い速度で滑り始める。依真に刻まれた首筋の熱さと、彼の支配的な言葉が、不思議なほど彼女の集中力を研ぎ澄ませていく。解法がすらすらと頭に浮かび、次々と余白が数式で埋まっていくのを感じた。
試験開始から三十分が経過した頃、依真はすでにすべての問題を解き終え、解答用紙を伏せて悠々と鉛筆を転がしていた。彼の視線は、ずっと前から前の席に座る鷗賀の背中に固定されている。首筋のブラウスから覗く、かすかに覗く赤紫色の痕。それが自分が刻みつけた「所有権の証」であることを確認するたび、依真の胸の奥で暗い愉悦が込み上げていた。
(そうだ、おうか。お前が合宿に行けるのも、正解を導き出せるのも、すべて俺のおかげだ。お前の思考も、身体も、未来も、すべて俺の手の中にある)
キーンコーンカーンコーン――。
終了を告げるチャイムが校内に鳴り響いた。教師が解答用紙を回収し、緊張の糸が切れた生徒たちから一斉に安堵と絶望の声が漏れ出す。
「うわー! 最後の問題全然分からなかった!」「赤点確定だわ……」
周りが騒がしくなる中、鷗賀は大きく息を吐き出し、ペンを置いた。全力を出し切った満足感と同時に、昨夜からの緊張が解けてどっと疲労が押し寄せてくる。
「……おうか」
背後から低く囁くような声が聞こえ、鷗賀の肩が跳ねた。振り向くと、依真が自分のデスクに身を乗り出し、彼女だけに聞こえる極小の声で話しかけていた。
「あ……いつま……っ」
「悪くない手応えだったようだな。俺が叩き込んでやった甲斐があった」
「うん……っ! いつまが教えてくれたところ、全部出たの……っ! 私、本当に解けたよ……っ!」
嬉しそうに瞳を輝かせる鷗賀に対し、依真は冷ややかな、だが底知れぬ執着を孕んだ瞳で彼女の首筋を見つめた。
「調子に乗るな。テストはまだ明日も続く。……今日の放課後も、当然俺の部屋に来るな?」
「えっ……っ!? き、今日も……? でも、今日はもう十分勉強したし……っ」
「拒否権があるとでも思っているのか? お前の身体に刻んだ答えが消えないうちに、次の教科も全身に教え込んでやる」
依真の長い指先が、デスクの下でそっと鷗賀の太ももに触れ、ゆっくりと撫で上げた。鷗賀は「ひやっ」と小さな悲鳴を噛み殺し、顔を真っ赤にして縮こまる。
試験の解放感など微塵も許さない、真名依真の絶対的な支配。二人の密やかな関係は、テスト期間という緊張感の中で、より一層深く、濃密に絡み合っていくのだった。
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