期末テスト前の補習、二人きりの部屋と独占の解題刻印
十一月下旬。北風が校舎の窓枠をカタカタと揺らし、冬の寒さが一段と厳しさを増す頃、校内は目前に迫った二学期期末テストの重苦しい緊張感に支配されていた。廊下を飛び交う会話も、どこか余裕のない焦燥感を帯びている。
陸上部でのハードな冬季補強トレーニングを終えたばかりの藍庭鷗賀は、疲労で重くなった身体を引きずるようにして図書室の最奥にある閲覧席に座っていた。走高跳のバーを越えるための筋力トレーニングや踏み切りのフォーム矯正に全力を注いできた彼女にとって、机の上で繰り広げられる複雑な数学の証明問題と英語の長文読解は、到底越えられそうにない巨大な壁だった。
「うぅ……っ、全然頭に入ってこないよ……っ。この公式、さっき覚えたはずなのに、どうして符号がこうなっちゃうの……?」
濡れたような黒髪を指先でくしゃくしゃと掻きむしりながら、鷗賀は頭を抱えて消え入りそうな溜息をついた。もし今回の期末テストで一科目でも赤点を取ってしまえば、十二月に予定されている冬の強化合宿への参加が取り消されてしまう。それは、跳躍の記録を更新しようと日々努力を重ねてきた彼女にとって、絶望に等しい通告だった。
「赤点なんて取ったら……合宿に行けなくなっちゃう。練習についていけなくなったら、どうしよう……っ」
涙目になりながらシャープペンシルを握り直したその瞬間、彼女の背後からスッと冷たく巨大な影が覆いかぶさってきた。無造作に伸ばされた長くて細い指先が、彼女の開いていたノートを上からバサリと押さえつける。
「情けない声を出すな、おうか。図書室でそんなみっともない泣き言を撒き散らすな。雑音で周囲の集中を削ぐ気か」
耳元に響いたのは、低く冷ややかな、だが胸の奥を激しく揺さぶる聞き慣れた声――俺、真名依真の声だった。
「あ……っ、いつま……っ! び、びっくりした……っ。ポイント、本当にここが全然分からなくて……っ。何回解いても答えが合わないの……っ!」
すがるような視線を向けてくる鷗賀の眉間に寄った深い皺を、俺は冷酷な一瞥で見下ろした。周囲のテーブルに座っていた他校の男子生徒やクラスメートたちが、何事かとこちらに好奇の視線を向けてくる。だが、俺がそちらへ向けて冷刀のような視線を走らせると、彼らは青ざめて一瞬で目を逸らし、逃げるように席を立った。
「こんな雑多で、汚い虫どもが群がる場所で勉強効率など上がるはずがない。……立て、おうか。俺の部屋へ行く。お前の頭の中に、正解を直接叩き込んでやる」
「えっ……っ!? い、いつまの部屋……? ふ、二人きりで……っ!?」
顔を瞬時に真っ赤にして狼狽える彼女の返事を待つことなく、俺は彼女の細く冷え切った手首を強い力で掴み上げると、半ば引きずるような強引さで夕闇の迫る校舎を後にした。
――真名家の静まり返った俺の部屋。重い木製のドアが閉まり、カチリと金属的な音を立てて鍵が下りた瞬間、鷗賀の身体が跳ねるようにびくんと強張った。
外の冬風の冷気とは対照的に、エアコンの暖房が効いた密閉された室内。俺の部屋特有の匂気と、薄暗い照明がもたらす密室感が、一瞬にして彼女の全神経と呼吸を支配していく。
「さあ、机に問題集を広げろ。どこからが分からないのか見せてみろ」
「は、はい……っ! この……この二次関数の最大値と最小値を求める問題と、あとの英語の仮定法が……っ」
俺は彼女を学習机の椅子に座らせると、自分は彼女の背後に隙間なく密着するように立った。上から完全に覆いかぶさるような姿勢をとり、シャープペンシルを握る彼女の震える右手を、俺の大きな手で上から強引に包み込む。
「ひやっ……っ!? いつま……ち、近いよ……っ! 背中に胸が当たって……呼吸が苦しいよ……っ!」
「黙って集中しろと言ったはずだ。ほら、ここにこの公式を代入する。なぜここで符号がマイナスからプラスに変わる? 言ってみろ」
「あ……えっと……マイナスとマイナスを掛け合わせるから……プラス……っ? はぅっ……っ!?」
彼女が小さな声で正解を口にした瞬間、俺は彼女の白く細いうなじへ低く熱い息を吹きかけ、寒さで薄桃色に強張っていた柔らかい皮膚へと深く深く唇を寄せた。
「なっ……何するの、いつま……っ! 勉強……勉強中なのに、そんなところ噛んだりしたら……っ!」
「正解の報酬だ。……だが、少しでも集中が切れて手が止まれば、次はもっと深いお仕置きをする」
俺の吐息と手のひらから伝わる圧倒的な熱に晒され、鷗賀の顔は朱に染まり、耳たぶから首筋にかけて真っ赤に熱を帯びていく。背後から加わる俺の体重と圧迫感、そして全身を包み込む俺の匂いに翻弄されながらも、彼女は合宿に行きたい一心で必死にペンを動かそうとした。しかし、歓喜と恐怖に震える指先は思うように動いてくれない。
「んく……っ、ダメだよぉ……いつまの左手が……制服の裾から入ってきて、腰のあたりを撫でるから……集中なんて……できるわけないよぉ……っ!」
「言い訳だな。お前の頭の中を、無機質な公式ではなく、俺の存在と体温だけで満たしてほしいんだろう?」
俺は彼女の抵抗を無視し、制服のブラウスの胸元を少し押し開くと、白く滑らかな鎖骨のあたりに容赦なく強い吸い痕――他者の介入を拒絶する独占の刻印を深く深く刻みつけた。
「んあぁっ……っ!? ――やぁっ、痕……こんなに濃く残っちゃったら……っ! 明日の体育の着替えの時……みんなに見られちゃうよぉ……っ!」
「見られればいい。お前が誰の所有物か、誰の鎖に繋がれているのかを、学年中の雑虫どもに分からせてやるだけだ」
「いつまの意地悪……っ! でも……私、いつまに教えられたところ……全部解けたよ……っ! これで……赤点取らなくて済むかな……っ?」
涙目になりながらも、解き終えたノートを見せてくる鷗賀。その健気で従順な姿に、俺の胸の奥でドス黒い執着がさらに膨れ上がっていくのを感じた。俺は彼女の顎をすくい上げ、その震える唇を激しいキスで塞いだ。
密室の中で交わされる、指導という名の甘美な支配。赤点という現実の恐怖よりも遥かに深く重い俺の執着の鎖に全身を縛られながら、鷗賀は激しい鼓動とともに、俺の腕の中でどこまでも深く甘く痺れていくのだった。




