秋晴れの屋上、栄光のレンズと水塔の陰の嫉妬
十月上旬。夏の残暑がすっかり影を潜め、澄み渡った秋空からは、どこか切なく冷たい秋風が校舎の屋上を吹き抜けていた。
秋季県大会での『一メートル五十』完跳と劇的な優勝から数日。
藍庭鷗賀の名は、瞬く間に校内に響き渡り、彼女は一躍、学校中の注目を集める「時の人」となっていた。
放課後。夕日が校舎を茜色に染め上げる時間帯、普段は立ち入り禁止となっている校舎の屋上に、賑やかな声が響いていた。新聞部と広報委員会の生徒たちが、県大会のヒーローである鷗賀の特集記事を作成するため、特別インタビューと写真撮影を行っていたのだ。
「藍庭さん、もう少し右向いて! うん、今の笑顔すごく良いよ!」
「陸上部のエースとして、次の全国大会への意気込みを一言もらえますか?」
「え、あはは……そんな大層なこと言われると照れちゃうよ……っ」
風に揺れるポニーテールと、夕日を浴びて輝く碧緑色の瞳。
新聞部員たちのカメラのフラッシュが焚かれるたび、彼女は少し恥ずかしそうに、だが眩しいほどの笑顔を咲かせていた。
だが、その賑やかな撮影風景から遠く離れた場所――屋上の大型給水塔の暗い陰の中に、周囲の熱気から完全に隔離された一人の少年が佇んでいた。
俺――真名依真は、ポケットに両手を突っ込んだまま、冷徹極まる視線でレンズに向けられる彼女の笑顔を凝視していた。
(……他人のレンズの前で、そんな顔を見せるな)
胸の奥で、黒くドロリとした凶暴な嫉妬が湧き上がる。
全校生徒が読む校内新聞に、あの微笑みが印刷され、無数の男どもの目に触れる。そう想像するだけで、視界が真っ赤に染まるほどの不快感が脳を支配した。
「――ありがとうございました! 最高の写真が撮れました!」
撮影が終わり、新聞部の部員たちが満足そうに機材をまとめて屋上から下りていく。
「ふぅ……すごく緊張したぁ……」
一人残された鷗賀が、安堵の息を吐きながらポニーテールを解いたその瞬間だった。
ガチャリ、と屋上の鉄扉が閉まり、内側から重い鍵が施錠される金属音が響いた。
「え……っ? 誰か残ってるの……っ!?」
驚いて振り返る鷗賀。
給水塔の陰から、足音もなく姿を現した俺の影が、夕暮れの床面に長く引き伸ばされていた。
「い、いつま……!? どうしてここに……っ? 新聞部のみんなはもう下りちゃったよ……っ」
俺は無言のまま彼女との距離を詰め、逃げようとする彼女の手首を掴むと、そのまま冷たいスチール製の給水塔の壁面へと強引に押し付けた。
「ひゃうんっ……!? ――い、いつま……っ! 痛いよぅ……っ!」
「随分と愛想が良いんだな、おうか。男どものカメラの前で、あんな無防備な笑顔を撒き散らして……何が『時の人』だ」
俺の低く地獄の底から響くような声に、鷗賀の身体が恐怖でビクンと跳ね上がった。
「ち、違うよ……っ! 新聞部の人に頼まれたから、上手く笑わなきゃって思っただけで……っ! 私、いつま以外の男の人に笑顔を見せたいなんて、これっぽっちも思ってないよ……っ!」
「口では何とでも言える。……お前は、少しちやほやされただけで、自分が誰の檻の中にいるのかを忘れるらしい」
俺は彼女の制服の胸元を乱暴に引っ張り、ブラウスのボタンを二つ弾き飛ばした。
露出した白くしなやかな胸元。そこには、数日前の県大会の際に俺が刻み込んだ「所有印」が、薄くなりながらも確かに残っていた。
「ひぁっ……!? や、いつま……っ! 屋上だよ……っ! 風が寒くて……誰か来ちゃう……っ!」
「鍵は閉めた。ここはお前と俺だけの、高さ三十メートルの密室だ」
俺は彼女の薄くなっていた痕跡に、容赦なく再び自分の深い歯立てを食い込ませた。
「っ~~~~~!? ――ん痛いっ……! やぁっ、いつま……噛まないで……っ、跡が残っちゃう……っ!」
涙目で悲鳴を上げる鷗賀。だが、その悲鳴は秋の冷たい強風にかき消され、誰の耳にも届くことはない。
「残すためにやっている。明日、その写真を回収して、お前の笑顔が写っているコマは全て俺が破り捨ててやる」
「いつま……っ、狂ってるよ……っ! でも……っ、そんなに私のこと……独り占めしたいの……っ?」
苦痛と背徳の快感に瞳を濡らしながら、鷗賀は自ら俺の首に細い腕を回してきた。
全校生徒のアイドルとして崇められながらも、この暗い給水塔の陰で俺の指先一つに翻弄され、甘い悲鳴を上げる自分。その狂気的な依存関係に、彼女自身の心も完全に浸食されていた。
「当たり前だ。お前の笑顔も、泣き顔も、呼吸も……全部俺だけのものだ。誰にも一瞬たりとも見せない」
俺は彼女の顎を指先で強く掬い上げると、夕日を浴びて赤く熟した彼女の唇へと、強暴なまでの愛を込めて自分の唇を深々と重ねた。
「んむ……っ!? ――ん、はぁ……んぅ……っ!」
秋風が吹き抜ける屋上で、二人の熱い唾液の音と荒い吐息が交錯する。
鷗賀は冷たい給水塔に背中を預けたまま、俺の制服を強く握り締め、狂おしいほどの愛を込めて何度も、何度も激しくキスを返してきた。
「んぅ……っ、いつ……ま……大好き……っ! 私を……私をいつまだけのものにして……っ!」
茜色の夕闇が街を包み込んでいく中、二人は誰にも見えない高い天頭の陰で、永遠に解けることのない背徳の誓いを深く刻み続けるのだった。




