秋季大会の開幕、焦燥の控室と背徳のラストロック
九月下旬。秋季県大会当日、県営陸上競技場は、各校から集まった選手たちの熱気と、スタンドからの割れんばかりの歓声、そして競技開始を告げる無機質なアナウンスの音に包まれていた。
どこを見渡しても人、人、人。張り詰めた緊張感がスタジアムの空気そのものを希薄にさせている。
そんな中、俺――真名依真は、選手用ビブスを胸に下げた外部アシスタントの立場で、地下にある選手待機エリアの廊下にいた。
狙うは、女子走高跳の招集直前のタイミング。
藍庭鷗賀が、今日の目標である『一メートル五十』という自己ベスト更新の重圧に押しつぶされそうになりながら、一人で壁際に佇んでいるのを、俺の目は瞬時に捉えた。
「――はぁ、はぁ……っ」
鷗賀は胸元に手を当て、浅い呼吸を繰り返していた。
今日の彼女は、本番用の最も露出度の高い、紺色に一本の白いラインが走る公式セパレートユニフォーム姿だ。鍛え上げられたウエスト、しなやかな太もも、そして緊張でわずかに鳥肌の立った白い肌。
俺は何も言わず、彼女の手首を掴むと、人気のない体育館の最奥――使われていない備品用倉庫へと強引に引きずり込んだ。
ガチャリ。扉を閉め、内鍵をロックする。
外の歓声が一気に遠ざかり、古い跳び箱やマットのウレタンの匂いが立ち込める薄暗い空間。二人きりの背徳の密室だ。
「い、いつま……!? ダメだよ、もうすぐ招集がかかる時間なのに……っ!」
驚きと焦燥で碧緑色の瞳を揺らす鷗賀。その身体は、寒さではなくプレッシャーで小刻みに震えていた。
「緊張で足がすくんでいるな、おうか。そんな無様な姿で、俺の檻から飛び立とうなんて大違いだ」
「違うの……っ、足が……上手く動かなくて……一メートル五十の高さが、頭から離れなくて……っ」
俺は彼女の細い腰を強引に引き寄せ、古いウレタンマットの壁へと押し付けた。
「お前を動かすのは、そんなくだらない数字じゃないだろ。……お前を支配しているのは誰だ?」
俺は彼女のユニフォームの裾から、汗ばんだ冷たいお腹へと直接手を滑り込ませた。指先から伝わる彼女の緊張の脈動。
「ひゃうっ……!? ――いつま、触らないで……っ、今変になっちゃったら、本当に跳べなくなっちゃう……っ!」
「跳べなくなればいい。そうすれば、お前は一生、俺の目の届かない場所へ行くこともなくなる」
俺の冷酷で底知れぬ独占欲の言葉に、鷗賀の身体がビクンと大きく震えた。
外からは「女子走高跳、第一次招集を開始します」という館内放送が低く響いてくる。時間が無いという極限の状況が、彼女の脳内をパニックへと陥れていく。
「嫌……っ、私は跳びたい……! 跳んで、いつまに一番に褒めてもらいたいの……っ! だから……いつまの力で、私の緊張を壊して……っ!」
涙目で自ら降伏し、俺の支配を乞う我が小鳥。
俺は冷酷に微笑むと、彼女の細い顎を強く掬い上げ、本番直前のその熟した唇へと、深く、激しく自分の唇を叩きつけた。
「んむ……っ!? ――ん、はぁ……んぅ……っ!」
薄暗い倉庫の中、激しい唾液の音と、二人の荒い吐息が交錯する。
鷗賀は俺の首に必死にしがみつき、ユニフォームの擦れる音を立てながら、狂おしいほどの愛と依存を込めてキスを返してきた。
俺の舌が彼女の口内を蹂躙するたびに、彼女の身体から緊張の強張りが消え、代わりに俺への絶対的な従属の熱が宿っていく。
「ん、はぁ……っ、いつま……っ! 体が……熱いよ……っ。私、いつまのために跳ぶね……っ!」
「あぁ。お前のそのしなやかな身体も、跳躍も、全部俺のものだ。……行ってこい」
俺は鍵を開け、彼女の背中を強く押した。
眩しいスタジアムの光の中へと駆けていく彼女の首筋には、ユニフォームの襟で隠された、俺が新しく刻んだばかりの赤黒い『鎖のマーク』が、確かに息づいていた。




