秋の大会前夜、保健室の白いカーテンと支配の鼓動
九月中旬。校庭の木々から聞こえる蝉の声はすっかり途絶え、代わりに夕暮れ時になると涼しげな秋の虫の音が響くようになっていた。
だが、近づく秋季県大会へのプレッシャーからか、陸上部の練習メニューは日を追うごとに過酷さを増し、グラウンドには張り詰めた緊張感が漂っていた。
放課後。夕日が校舎の白い壁を血のような茜色に染め上げる頃、俺――真名依真は、静まり返った一階の廊下を歩き、保健室の前へと辿り着いていた。
連日の跳躍練習で太ももの筋肉に軽い張りを訴えていた藍庭鷗賀が、アイシングのために保健室へ向かったのを、俺の目は見逃していなかった。
ガラガラ、と引き戸を開けて中に入る。
室内には、特有の消毒液の匂いと、微かな薬品の香りが冷たい空気の中に漂っていた。保健医の姿はなく、机の上には「職員会議のため席を外します」と書かれた小さなメモが残されている。
「……あ、いつま。どうしたの?」
白いベッドを仕切る薄いカーテンの向こうから、アイシング用の氷の嚢を太ももに当てた鷗賀が顔を覗かせた。
体操着の短いクォーターパンツから伸びる、しなやかで美しい脚。走高跳のピットで見せるあの圧倒的な躍動感を秘めた四肢が、今はベッドの上で無防備に投げ出されている。
俺は何も言わず、引き戸を静かに閉めると、内側の鍵をカチャリと音を立てて施錠した。
「えっ……? い、いつま……? どうして鍵を閉めるの……っ?」
鷗賀の碧緑色の瞳が、緊張で小さく揺れる。
俺は彼女の問いには答えず、保健医の机の上に置かれていたスチール製の聴診器を指先で拾い上げると、ゆっくりと彼女の横たわるベッドへと近づいた。
シャーーッ、と音を立てて白いカーテンを閉め、外界からの視線を完全に遮断する。薄暗い布の中、二人だけの極小の密室が完成した。
「大会前だからな。お前の身体が、ちゃんと俺の管理下で健全に機能しているか、検診してやる」
「け、検診って……それ、保健医の先生の道具だよ……っ? いつま、何するつもり……っ」
ベッドの上に両手を付き、後退りしようとする鷗賀。
俺は彼女の細い足首を容赦なく掴むと、手前に引き寄せて彼女の身体を白いシーツの上に押し倒した。
「ひゃうんっ……! いつま、冷たいっ……!」
俺の手に握られた聴診器の金属チェストピースが、彼女の体操着の裾から滑り込み、露出した柔らかいお腹へと直接押し当てられた。
秋の冷気を含んだ金属の冷たさに、鷗賀の身体がビクンと大きく跳ね上がる。
「動くな。……ほう、随分と速いな。まだ何もしていないのに、心臓が壊れそうなほど脈打っているぞ」
「そんなの……っ、いつまがこんな急に乱暴にするから……っ、んあぁっ!」
俺は聴診器のイヤーピースを自分の耳に嵌め、彼女のブラウスのボタンを上から二つほど外すと、微かに汗ばんだ白い胸元、心長の位置へと冷たい金属を優しく、だけど深く押し付けた。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン――。
イヤホン越しに、彼女の引き締まった胸の奥から、狂おしいほどに激しく、そして情熱的に波打つ鼓動が俺の鼓膜へとダイレクトに伝わってくる。
他の誰にも聞かせることのない、彼女の生命の音。その純粋な響きが、俺の脳内の支配欲を狂気的なまでに刺激した。
「お前の心臓は、俺の手の中でこんなに怯えて、こんなに歓んでいる。陸上の記録なんてどうでもいい。お前を突き動かしているのは、大会への執着か? それとも、俺への依存か?」
「んぅ……っ、はぁ……っ、いつ……ま……っ。そんなの……分かってるくせに……っ!」
鷗賀は涙目で俺の制服の袖を強く握りしめ、胸を激しく上下させながら喘いだ。
放課後の学校、いつ誰が戻ってくるか分からない保健室のベッドの上。白いカーテン一枚に隔てられただけの禁忌の空間が、彼女の感性を極限まで狂わせていく。
「言葉にしろ、おうか。お前の心臓は、誰のために動いている?」
「いつま……っ、いつまのためだよ……っ! 私の心臓も……この身体も、全部いつまの檻の中でしか動かないの……っ! だから……お願い、早くキスして……っ!」
自ら降伏を宣言し、潤んだ瞳で唇を戦がせる我が小鳥。
俺は耳から聴診器を外してベッドの脇へと投げ捨てると、彼女の細い顎を強引に掬い上げ、その熟したイチゴのような唇へと深く、激しく自分の唇を叩きつけた。
「んむ……っ!? ――ん、はぁ……んぅ……っ!」
白いカーテンの闇の中、激しい唾液の音と、二人の荒い吐息だけが、消毒液の匂いに混ざり合って響き渡る。
鷗賀は俺の首に必死にしがみつき、シーツの上で身体を震わせながら、狂おしいほどの愛を込めて何度も、何度もキスを返してきた。
「んぅ……っ、いつ……ま……大好き……大好きだよ……っ」
学校のどんな場所にいようとも、お前が俺の支配から逃れることなど絶対にできない。
大会が始まろうとも、お前が高く跳べば跳ぶほど、その心臓を支配し、着地点を握っているのは世界中で俺一人だけなのだ。




