花火の余韻と、静寂の帰り道に刻む永遠の鎖
夜空を赤や青に焼き尽くしていた大輪の花火が終わり、鎮守の森を包んでいた爆音と歓声の嵐が、嘘のように遠ざかっていく。
神社を埋め尽くしていた群衆は、満足げな余韻に浸りながら一人、また一人と石段を下り、祭りあとの境内には打ち捨てられた紙くずと、仄暗い提燈の光だけがぽつんと残されていた。
夏祭りの喧騒が去ったあとの、特有の寂涼感と湿った熱気。
俺――真名依真は、古い朱色の鳥居の陰で、荒い息を吐きながら俺の胸にしがみついている藍庭鷗賀の華奢な身体を、ゆっくりと抱き起こした。
「はぁ……っ、はぁ……っ、いつま……っ」
鷗賀の碧緑色の瞳は、先ほどまでの激しいキスの余韻と背徳的な快感でとろけ、薄っすらと涙の膜を張っていた。
自分で頑張って着付けたという紺色の浴衣は、俺の強引な愛撫によって胸元が大きくはだけ、そこからは白くしなやかな鎖骨と、先ほど俺が深く吸い付いて付けたばかりの赤黒い「所有印」が、夜の月光に照らされて妖しく浮かび上がっていた。
「……立つんだ、おうか。もう人がいなくなる。帰るぞ」
「ん……っ、立ちたい……んだけど……っ」
鷗賀は下駄を履いた足を踏み出そうとしたが、膝が生まれたての小鹿のように生まれたてのようにガクガクと震え、そのまま前へと崩れ落ちそうになった。俺はすささっと手を伸ばし、彼女の細いウエストを抱きかかえるようにして支える。
「……力が入らないの……っ。いつまが……あんなところで……激しくするから……っ」
真っ赤になった顔を俺の胸に埋め、消え入りそうな声で抗議してくる鷗賀。
帯で締め付けられた胸元が、俺の体に押し付けられるたびに熱く脈打っているのが伝わってくる。
「お前が他の男どもを魅了するような姿で現れるからだ。自業自得だろ」
「もう……どこまでも意地悪なんだから……っ」
俺は小さく息を吐くと、彼女の前に背中を向け、低くかがんだ。
「乗れ。下駄のままじゃ、その足で家まで歩けるわけがない」
「え……っ? でも……いつま、重いよ……? 浴衣だし……」
「黙って乗れ。それとも、ここで朝まで俺にお仕置きされたいのか?」
「~っ! 乗る、乗ります……っ!」
慌てた鷗賀が、おそるおそる俺の背中にしがみついてくる。
俺は彼女の柔らかい太ももの裏側に手を回し、しっかりと持ち上げた。浴衣の生地越しに伝わる、彼女の柔らかな体温と、運動によって引き締まった筋肉の質感。結い上げられた黒髪から漂うヘアオイルの甘い香りと、首筋から立ち上る汗の香りが、俺の鼻腔をダイレクトに刺激する。
カラン、コロン……。
彼女が履いていた下駄を手に持ち、静まり返った境内の石段をゆっくりと下りていく。
街灯がぽつりぽつりと点在する深夜の住宅街。
昼間の灼熱が残るアスファルトの上を、二人の影が一つに重なり合いながら伸びていく。
「ねぇ……いつま……」
俺の首に細い腕をしっかりと回し、頬を俺の首筋に寄せていた鷗賀が、ぽつりと小さな声を漏らした。
「なんだ」
「今日の花火……すごく綺麗だったね……」
「そうか。俺はお前の顔と、崩れた浴衣のことしか覚えていない」
「もうっ……せっかくの浪漫チックな雰囲気が台無しだよ……っ」
背中で鷗賀が小さくふくれっ面をする気配が伝わってくる。だが、彼女はすぐにまた、いとおしそうに俺の首元へと顔を埋めてきた。
「でもね……嬉しかったよ」
「なにがだ」
「いつまが……あんなに嫉妬してくれたこと。私、いつまの『特別』なんだなって……ちゃんと伝わってきたから」
鷗賀の静かな、だけど深い愛に満ちた言葉が、夜の静寂に溶けていく。
彼女は俺の束縛や、病的なまでの独占欲を、恐怖しながらも全て受け入れ、それに甘やかな喜びすら感じ始めているのだ。俺が作り上げた「檻」の網目は、彼女の心まで完全に侵食しつくしていた。
「当たり前だ。お前は俺の所有物だ。他の誰にも渡さないし、見せもしない」
「ふふ……うん。『所有物』でもなんでもいいよ……。いつまが私を離さないでいてくれるなら……私、いつまの鎖に縛られたままでいい……」
耳元で囁かれる、降伏と永遠の愛の誓い。
俺は歩みを止め、背中の彼女を少しだけ抱き直すと、振り返るようにして彼女の熟した唇へと、柔らかく、だけど逃がさないように重厚なキスを落とした。
「んぅ……っ……いつま……っ」
「家に着くまで、ずっと俺だけを見ていろ。お前の視線も、吐息も、心臓の音も……全部俺だけのものだ」
「うん……っ。いつま……大好き……っ」
静かな夜道に、二人だけの呼吸と、甘い愛の囁きがどこまでも響き渡っていく。
夏祭りの夜が明けようとも、この深い支配と依存の絆が解けることは、永遠にないのだった。




